聖騎士がやってきた理由
「それよりもだ! この淫らな絵はお前の仕業だな! 室内にべたべた貼り付けよってからに!」
聖騎士がビシッとボックルを指さす。
『そう言われるのは少し遺憾なのですが、まあ大体それで合っていますよ』
「私に変身して裸になるだけでは飽き足らず、このような絵まで描き上げて衆目に晒そうとするなど一体どこまで私を辱めるつもりなんだ……! そ、それに私の下着まで奪ったのだろう!? スースーするのだ! 返せ!」
『辱めについては貴方がダンジョンにいる限りですよ。……パンツに関しては知りません』
聖騎士のパンツなら、今洗濯機に放り込んで洗っているところだ。
綺麗に泥を落とした後に、一階層で奉るから期待して待っているといい。
『本当に知りませんよ』
「……本当か?」
『本当です』
聖騎士が鋭い眼差しでボックルを睨みつけるが、ボックルは表情を変えることなく嘘をついている。
「私の剣については?」
『それは知っています』
「どこだ!」
ボックルの答えに、聖騎士が声を大きくして叫ぶ。
聖騎士がそれを大事にしているのはわかっているのだ。
相手がもっとも欲しがる情報ほど隠したくなるものだ。
ボックルは中年神官の表情をぐにゃりと歪めて言い放つ。
『教えません』
ボックルの言葉に青筋を浮かべて固まる聖騎士。
一階層で中年神官に言い負かされた聖騎士からすれば怒りは倍増だろうな。
「……そうか。ならば痛めつけて吐かせることにしよう」
剣呑な空気を発しながら棍棒を構える聖騎士。
それなりに棍棒を扱ったせいか、妙に構え方が様になっている。どの武器でもそれなりに扱えるように訓練されていたのであろうな。
レベル差といい、属性の相性といい、圧倒的に不利な状況ではあるが、それを見越さないほど俺達はバカではない。
ボックルは足下にある石畳をズシリと踏み抜いた。
すると、部屋の中から光が集まり、ドンドンと異形の形を形成していく。
現れたのはゴブリン、コボルド、イビルアイを始めとする魔物達。
「なっ、魔物部屋か!?」
聖騎士が身構える中、ボックルは中年神官の姿から朧げな骸骨であるレイスへと変身する。
そして空中を浮遊しながら、
『貴方が後一歩でも踏み出せば、私はこのまま天井を通り抜けて一階層の大広間へと向かいます。そこで貴方の裸姿に変身して冒険者の周りを駆け回り、この写真をばら撒きますよ?』
「卑怯だぞ!? 魔物の癖に戦わないか!」
圧倒的有利な状況にいるというのに、そのアドバンテージを捨てて戦闘などバカのやることだからな。
いくらレベル差があるとはいえ、この数の魔物を倒してボックルを斬りつけるのは無理だ。
さすがにボックルが天井を通り抜けて逃げる方が速い。
聖騎士は棍棒を構えながら、じっとりとした汗を流す。
「……一体何が望みなんだ? これまでの戦闘からしてお前の望みは私を殺す事ではないのだろう?」
『ええ、ちょっとお願いがあるだけなのです。私はこのダンジョンが気に入っていましてね? そこで平和に冒険者をからかいながら過ごしていたのですが、ある日アレクシア教の聖騎士などという物騒な人間がきたではないですか! これは一体どうしてでしょう?』
まったくもってその通りだ。
俺とボックルはただこのダンジョンで冒険者に嫌がらせをして楽しく平和に暮らしていただけだ。アレクシア法国の聖騎士などという偉い人に目を付けられる謂れはない。
ボックルが情報目的だとわかった聖騎士は、命が目的ではないことにホッとした表情をしつつ、それを隠すように難しい表情をした。
こいつ絶対にトランプが弱いタイプだな。
「…………」
『答えないのなら私は上の階層に行ってまいりますが?』
情報の開示に渋る聖騎士に、ボックルが言い放つ。
こういう時は相手に考える時間を与えないのが鉄則だ。そうして相手から思考を奪ってやれば相手は楽な方に転がる。
「わ、わかった。言うからそれだけは止めてくれ!」
ちょろい。聖騎士ちょろい。
『貴方がここに来た理由は?』
「そ、それはレベル上げと経験を積むためだ。ここのダンジョンは多種多様な魔物と罠が多いと評判だからな!」
『レベル五十を超えている聖騎士がですか? 平均レベル十の初心者向けダンジョンに? それほどまでにアレクシア法国は暇なのですか?』
三十階層を過ぎると平均レベルが五十以上なのは秘密だが、ボスを除外すると一階層から十階層は概ねそんな感じである。
「なっ!? どうして私のレベルまで知っている!?」
『そんな事はどうでもいいのです。次、私が満足いかない答えですと本当にやりますよ? 一階層どころか近くの街にまで出て走り回ります』
「ま、待ってくれ! 言うから!」
ボックルの凄みをきかせた声に、聖騎士が焦る。
これ以上下手な嘘を吐いたら社会的に死亡、聖騎士解雇コースだな。
『ええ、聞かせてください』
ボックルが柔らかい声を出しながら、中年神官に変身して黄色く眼光を輝かせた。
すると聖騎士はポツリポツリと語り出す。
魔王勢力と争うアレクシア法国の勇者、藤島勇仁が魔王エルザガン討伐遠征に失敗したと。
それと同時に各地で魔物が凶暴化、いくつもの群れと成して村落を壊滅させたのだと。
外の世界について全く知らなかった俺は、それを耳にして異世界の生活は大変だなと他人事のように思う。だって他人事だし。
人間勢力が猛威を振るい優勢であったはずが、それらの事件のせいで一気に魔王勢力が優勢になっていると。
まるで狙いすましたかのような異変を訝しんでいると、アレクシア法国にいる巫女が女神アレクシアから信託を受けたらしい。
――アレクシア法国と魔族大陸の境にあるダンジョンを調べよ。そこに諸悪の根源の影があるらしいと。
『信託を受けて、怪しく思ったのでここにやってきたのですね?』
「ああ、そうだ」
なぜにもっと具体的に伝えなかったのかと様々な疑問はあるが、ともかく女神アレクシアが俺のダンジョンを睨んでいるのはわかった。
というかこの聖騎士は良く喋るな。こういう時は嘘を織り交ぜて話せばいいのだが、脳筋だから気付かないのか?
俺はやけに無表情な聖騎士が気になって覗き込むと、聖騎士の瞳はどこか虚ろであった。
「……おい、ボックル。この聖騎士何か様子が変じゃないか?」
『ノフォフォフォ! ちょっとした黒魔法をかけて素直にしていますので仕方がありません』
「んなっ! そんな便利な能力があったのか!?」
それならその魔法で相手から情報を吐かせて、悪用しまくりじゃないか。
『私は相手に変身するドッペルゲンガーですよ? 相手の情報なくしては成りすます事はできません。まあ、相手のレベル差や精神が弱っていない状況でないと効きづらいなどの制約はあるのですけどね。ノフォフォ!』
どこか得意げに笑うボックル。
まあ、ボックルと聖騎士のレベル差は二十以上あるが、心の方なら皆でズタボロにしてきたからな。精神に干渉する魔法が効きやすかったのだろう。
とにかくこれで聖騎士の吐く言葉を疑わなくて済むな。魔法で無理矢理吐かせた言葉ならほとんどが真実であろう。
『というかマスターも使えると思いますよ? 毎日ダンジョンの把握に努めるのもよいですが、自分の能力も把握しておいた方がいいのでは?』
まったく持って耳が痛い。
まさか、ボックルに真面目に諭されるとは思わなかった。
俺ってば魔王なのにレベル一だし、ダンジョンがあるからと自分の能力だって把握していない。これは些か自分を見つめなおす必要があるな。
いや、人格の方じゃないよ? 人格についてはこれ以上ないほどにパーフェクトだから見直す必要はない。
話は逸れてしまったが、ここらで俺のダンジョンが狙われている話に戻そう。
恐らく、久し振りにエネルギーを得た邪神達の事だから水を得た魚のように元気になり、早速この世界をかき回すために力を使ったのだろうな。
多分、魔王エルザガンの覚醒とか魔物の凶暴化とか全部邪神の仕業だろうな。
あいつらなら『力が欲しいか?』とか魔王に囁き、力を与え、信仰心を得ようとか考えてやりそうだ。
それを女神に辿られてしまって、負のエネルギーを邪神に奉納しているこのダンジョンが諸悪の根源だとみなされたと。
…………何だか妙にしっくりきそうな俺の推測だな。
そうだとしたら完全にとばっちりだ。
邪神達が派手にやらかしたせいで俺が標的にされている。
もし、呑気にダンジョン経営をしていたらレベル五十六の聖騎士にしょっ引かれているところだ! あぶねえ! 真面目に冒険者を苛めていて良かった。
そのうち勇者やら兵士やらがやってきて、俺のダンジョンを潰そうとするに違いない。
『どうして一人でやってこられたのです?』
「……最初は勇者を派遣するつもりだったが、今は魔王エルザガンや各地で暴れている魔物で手がいっぱいでな。法国の守護に飽きていた私が名乗りを挙げたんだ。私なら勇者にも引けをとらない」
というかいきなり勇者派遣コースだったのか。
というか聖騎士ってば真面目だけど案外俗っぽかったんだな。
とにかく、これはいい情報だな。どうやら勇者は手一杯の状況らしい。
今の内に自分のレベルを上げて、ダンジョンを強化するのが俺の一番の生き残れる道だな。
あと負のエネルギーを欠かさず奉納して、邪神達に世界各地を掻き回してもらわなければ。
そうしないと勇者が押し寄せてくるからな。
もう、暴れるなら暴れるで派手にやって俺のための時間を稼いでくれ。
それが邪神のためにもなることだから悪い事ではないはずだ。
そう考えると、このダンジョンのシステムってよくできているな。こう循環しているというか。さすがは邪神達、考える事が狡猾だ。
それからボックルは勇者の情報、法国の事情といった細々とした質問を繰り返して情報を集めていく。
『はい、もう結構ですよ』
ボックルがそう言って手を叩くと、黄色く輝いていた眼光がスッと消えていく。
恐らく目を媒介にして仕掛ける魔法なのだろうな。
「はっ! 私は今何を言っていたんだ?」
『もう帰っていただいて結構ですよ。ああ、それと国に帰ってダンジョンの事を悪く伝えるのは止めてくださいね。もし、貴方から告げ口をされて法国が動き出すような事があれば、私は遠慮なく貴方の裸姿で走り回ります』
我に返って、何が何だかわからない聖騎士にボックルは言葉を浴びせていく。見事なほど相手から時間を奪わせて思考を単純化させる話術だ。
「そ、そんな無茶な!?」
『従わなければ、貴方の姿に変身して巫女に斬りかかってもいいのですよ? そうなったら貴方は大罪人として人々から追われますね?』
「それだけはやめてくれ!」
ふーむ、こうやって殺すとか、政治事情に関わるのはまっぴらなのだが、脅しに使うくらいなら問題ないだろう。こいつってば、強さの割に単純だから利用しやすいし殺すなんてもったいない。
というかドッペルゲンガーに変身されるとここまで酷い事になるんだなぁ。改めて悪魔族の凶悪さを認識したよ。
「わ、私はどうすればいいんだ……」
ボックルに既に生殺与奪の権利を握られていると把握した聖騎士は、ガクガク身体を震わせて涙を流す。もはや、先程のような戦意は一切感じられない。
『ふーむ、そうですね……』
ボックルはニヤニヤと聖騎士を眺めながら考え込むようなフリをする。勿論、俺とボックルで聖騎士をどう利用するかは決めてあるので、これは単に苛めているだけだ。
こうやって聖騎士に長い時間、不安と絶望を抱かせ事で負のエネルギーがたくさん集まるからな。
まあ、そんな事情は二の次で、聖騎士を苛めるのが楽しいだけだけどね。
『まずは――』
ボックルは涙を流して身体を震わせる聖騎士に、これからやってもらべき事を告げた。
なんやかんやで世界観が広がった気がします。




