聖騎士、老後を心配する。
「こ、これは私か!? 私は裸になってこんな淫らなポーズをとった覚えはないぞ!? 一体どういうことなのだ!?」
わなわなと震えながら叫び声を上げる聖騎士。
遠くではボックル肩を震わせて喜んでいる。
先程まで散々写真の女性を罵倒していたんだ。それが自分だと知った時の気持ちといったらどんなものだろうか?
聖騎士の頬から汗が滴り、瞳孔が動揺で揺れ動くのがハッキリとわかる。
焦っている。焦っているぞ。
「落ち着け私。これが私だという確証はない。何故ならば、私はこのようなポーズをとって被写体にされたことはない。きっと私に似た娼婦の絵なのであろう」
ふーと心を静めるように息を吐く聖騎士。聖騎士はそれからじっくりと写真全体を眺める。
そして、くわっと目を見開いた。
「どうしてだ!? どうしてアレクシア教の聖騎士である徽章と剣が転がっているのだ!? これではアレクシア教の聖騎士、リオン=シルフィードだと証明しているようなものではないか!?」
しらばっくれる事ができないように、写真の中には鎧やら徽章やら剣やらを入れてあるからな。そこらへんは俺とボックルも抜かりない。
「私とそっくりな女性の淫らな絵が出回るというだけで被害を受けるというのに。……これでは言い逃れもできないではないか……」
敬虔なアレクシア教徒が、このような卑猥な絵を描かせて金を設けている。
権力の力が大いに物をいうこの世界では、あっという間にこのような噂が流れて聖騎士は放逐されそうだな。
そのような予想が自分でもできたのか聖騎士から物凄い勢いで負の感情が溢れている。焦り、絶望、怒り、諦め、羞恥。ごちゃ混ぜだな。
水晶に表示される負のゲージも大分溜まってきた。この分だとまた邪神に奉納することができそうだな。
「一体どうしてこのような物が……。この場所を見る限り絵を描いた場所はダンジョンか? 私はダンジョンで裸になった覚えなど…………あっ」
頭を抱えていた聖騎士が唐突に声を漏らす。
「あのドッペルゲンガーか!? あいつなのだな!? あいつ以外考えられん! どうせ下着もあいつの仕業なのだろう。やはりあいつを討伐することが私の希望だ!」
知らない間にパンツまでボックルの仕業にされている。念話ではボックルが『どれも違いますよ』などと楽しそうに笑っている。
それにしても聖騎士の思考が偏ってきたな。自分の身に悪いことが起きると冷静に吟味せずにボックルのせいにしている。
まあ、ボックルがやった事が事だけに疑うのは無理ないが、聖騎士からすればボックルを絶対悪として捉える事で希望を見出そうとしているのだろうな。
「良かったなボックル。お前に熱烈なファンができたぞ」
『私に執着して頂けると、それはそれで御しやすくなるので助かりますね』
まったくもってその通りだ。何かに執着するやつほど操りやすいものはないからな。
「画家に絵を描かせた以上に精密で美しい絵だが、私の裸だというのがマズい。これはこの場で処分させてもらう」
そう言いながら遠慮なく写真を破いていく聖騎士。
ビリビリと紙を破くような音が通路内に響く。
そんな光景を見て、俺は思う。
聖騎士の写真を分割して各階層に散りばめ、全てを集めると聖騎士の裸写真が完成するという遊びを。
ふむ、パズルを集めるような遊び心があり、美女の裸を拝めるというご褒美もある。冒険者達を誘導しやすくなったりして便利なのではないだろうか?
女性冒険者には男のアイドルグループ写真でも撒けば気に入る奴は出そうだな。
まあ、イケメンの写真は見ているだけでムカつくので程々にしよう。俺のダンジョンを男の写真で埋めたくはないしな。
「ふっ、このような絵が早くに見つかって助かった。後はドッペルゲンガーを探して討伐すれば解け――」
と、通路を歩き出す聖騎士の口と足が止まる。
何故ならば、聖騎士が進んだ先には転々と裸写真が張り付けられていたからだ。それは奥へ奥へと続いており、パッと見ただけで十枚以上あるのは確かだ。
「なっ!? ななななっ!? これ全部私の絵なのか!? これだけ精巧な絵を描くとなると最低でも一週間はかかるはずだ!? 私がダンジョンに来たのは今日だというのに、一体どういうことなのだ!?」
壁に飛びつかんばかりの勢いで聖騎士が写真に近付く。
確かに絵具などの道具で写真ほどのクオリティを再現しようと思えば、かなりの時間がかかることは確実だろうな。だから最初、聖騎士は一枚だけだと高をくくっていたのか。
残念ながら、この写真は俺の魔力がある限り無限に生産することができます。
俺だけの能力なのかはわからないが、現代日本技術を利用できるのは素晴らしいと思います。
俺は、聖騎士の裸写真十枚を扇代わりにして風を仰ぐ。他人の秘密である写真で仰ぐ風は格別だな。俺の体温だけでなく、心まで涼やかになって気持ちがいい。
そのような気分を味わいながら、必死になって壁から写真を剥がしている聖騎士を肴にキンキンに冷えたコーラを飲む。
ああ、堪らない。
「くそっ! 何だこれ! 剥がれないぞ!?」
聖騎士が苛立たしそうな声を上げて写真を剥がそうとしている。
『ところどころ瞬間接着剤で張り付けておりますので、手だけで剥がすのは難しいでしょう。ノフォフォ! まあ、破くなりすればいいのですけどね』
俺が何だと思いながら見ていると、ボックルが丁寧に念話で解説をしてくれた。
「なるほど、それはまた意地の悪い事だな。そんなの視野が狭くなっていて焦っている聖騎士からすれば最高に腹立たしい事じゃないか! ハハハハ!」
『ノフォフォフォフォ!』
聖騎士が爪を使ってペリペリしている間に、俺とボックルは楽しく嗤う。
聖騎士は一分ほど写真と格闘し、写真が爪で破けた事によって剥がすのでなく、破けばいいという考えに気が付いたようだ。
ビリビリと写真を破いていく。
「……くっ! 淫らな絵とはいえ、これほどの絵を破くのは心が痛むぞ。もっとマシな絵であれば金貨百枚以上の値段がついたであろうに」
あまり科学が発達していないであろう、この世界からするとそれほどの価値があるのだな。
「……これだけでちょっとした資産だな。老後に備えて一枚くらい持っておくか? 歳をとると皺が増えるというし、自分の若かりし頃の絵を持っておくだけでも十分心が潤う――いやいやいや! ダメだダメだ!そんな考えはアレクシア教の聖騎士として許されない! 第一、このような危険物を持っていては危なっかしくて敵わないからな!」
お金や歳を老いた時の心配をしている聖騎士が酷く人間臭い。歳をとった時の事を心配するのは、現代日本であろうと異世界だろうと変わらないようだ。
聖騎士は己の迷いを振り払うかのように写真を引き裂いていく。
先程よりも悲哀の感情が多く漏れ出しているな。何だかんだ欲しかったのだろうな。
写真をネコババしないかと見張ってみるも、聖騎士は写真を懐に入れることはしなかった。
何だかんだ言っても、やはり心は高潔なる騎士らしい。
聖騎士は無心で壁に貼ってある写真を破いていく。引き剥がした写真も魔法で焼き払うという徹底ぶりだ。その意思の強さはある意味驚嘆ものだ。
冒険者だったら銀行強盗が袋に札束をしまっていくがごとく回収していただろうな。
「それにしても一体何枚あるのだ。もう三十枚は処分したはずだが……」
あと、六十枚ってところだな。ちなみにボックルから追加で欲しいとの要望があり新しく現像したので百枚は増えた。
聖騎士の知らない所でとんでもない物が増えていくな。
聖騎士は写真を見つける度に剥がしていく。
それは二階層の端へ端へと進み、周囲に冒険者はいない。当然だ。
ボックルが聖騎士と話すために邪魔は入ってほしくないのだから。奴にはここに来た理由を聞き出さなければならない。
俺ってば冒険者を苛めてはいるが、アレクシア教にご迷惑をかけた事はないはずだけどなぁ。
「ボックル、そろそろおびき出してやれ」
『了解です、マスター』
聖騎士を誘い出す場所の水晶で映し出すと、中年神官姿のボックルが壁一面に写真を張っていた。中年オヤジが、壁一面に女性の裸写真を貼り付ける行為は、もはや変態としか言いようがない。
盗撮魔もビックリな室内でボックルは恭しく返事をし、『ノフォフォフォフォ!』と聖騎士に聞こえるように甲高い声を上げた。
案の定、単純な聖騎士は「この声はまさか……っ!」と叫びながらガシャガシャと通路を走ってきた。
『ノフォフォフォフォ! お久しぶりでございますね!』
「お前は一階層にいた女性下着を崇拝していた神官! まさか、あの時からお前は私に接触していたのか!?」
『あっ、いえ、あれは正真正銘、純粋な人間で彼自身の意思なので関係ありません。ただ姿を借りているだけですよ』
さすがにあの神官と同じとは思われたくなかったのか、ボックルがキッパリと否定する。
「そ、そうか。疑って悪かった」
聖騎士もそれは声音から理解しているらしく、あっさりと謝った。
知らない間に全ての黒幕にされていた中年神官の様子をチェックする。一階層を調べてみると当たり前のように彼はそこにいる。
「そう、ここに新たな神が舞い降りたのです。あの穢れなき純白な姿こそが、我々の崇拝する神に相応しいと思いませんか?」
一階層の大広間にて、光り輝くパンツを背に冒険者達に白色パンツの良さを演説していた。
俺は何故か胸に響く彼の言葉に危うさを感じて、慌てて水晶の映像を聖騎士の方へ戻した。
恐ろしい。あれが宗教の力か。
『転生して田舎でスローライフをおくりたい』三巻が6月24日に発売。
『俺はデュラハン。首を探している』一巻が6月23日に発売です。
Amazonで予約が開始されておりますので、よければどうぞ。




