聖騎士、自分に説教を垂れる
本作品が第五回ネット小説大賞、二次選考を通過しました。
5月27日のなろうラジオで最終発表ですね。それで書籍になるのか、ならないのかが決まります。
私、なろうラジオに出演するので、それを間近で目撃するわけですが、コメントにて落ちたなど嘲笑しないでくださいね?
「……ぐすっ」
聖騎士がすすり泣きながら、二階層への階段を上がる。
白銀の鎧は泥に塗れ、絹のような金髪は茶色く変色してカチカチだ。腰に差していたご立派そうな剣はなく、右手にはゴブリンから奪った棍棒を手にしていた。
自身に満ち溢れていた強い眼差しは涙に濡れており、ピンと伸びていた背筋は丸くなって歩みも自信がなさげだ。
最初にここを降りていた時の気高き姿は一体どこにいったというのやら。
「ははは! 見ろよボックル。聖騎士がすすり泣いてやんの! 最初に偉そうな口調と態度で階段を降りていた時とはえらい違いだな!」
『ノフォフォフォ! 自信に満ち溢れていた最初の姿は微塵も感じられませんね。ええ、そのギャップがたまりません』
そんな風に俺とボックルは、ダンジョンマスタールームで、泣きべそをかく聖騎士をここぞとばかりに指さして笑う。
自信に満ち溢れていた女子高生がクラスメイトからの誹謗中傷に心を傷めて、トイレで泣いているかのような。
自信という名の仮面を脱いで、弱みを露わにしているこの瞬間。普段纏っている仮面が頑丈なほど、受けてしまうダメージというものは大きいのであろうな。
あー、俺が一体一で聖騎士を倒せるほどの強さがあれば、目の前に行って哄笑してやれるというのに。勿体ない。
ダンジョンマスターであり、魔王という肩書を持つ自分の腰の重さに嘆息していると、階段の前方から冒険者の一団が現れた。
それに気付いた聖騎士は、急いで涙を拭って何気ない風を装う。
しかし、聖騎士の目元は大きく腫れており、先程まで泣いていたであろう事はすぐにわかるほどであった。
「……おい、あんた大丈夫か?」
「泥の落とし穴に落ちた上に武器を奪われたようだな。大変だったろうに」
「大丈夫か? 辛いなら俺達が一階層まで送ってやろうか?」
聖騎士の泥まみれの姿を見て、何が起こったかを察した冒険者達が口々に憐みの言葉をかける。
同じ苦い経験をしたからであろう気遣いではあるが、レベルと経歴共にエリートである聖騎士からすれば、それは中々の屈辱であったようだ。
水晶に表示される負のエネルギーがドンドンと増えていくのがわかる。
ふむ、時に純粋な優しさは人を傷付けるものなのだな。
これからは俺もタイミングを見計らって優しげな言葉をかけて、相手を意図的に傷付けていこうと思う。上っ面はどう見ても善人だから、心置きなく相手を愚弄できるのがいいな。
まあ、同情なんてものは所詮、ああ、あの人は俺達よりも下で可哀想な奴なのだと見下して安心しているようなものだからな。
「……ああ、大丈夫だ。ここまでくれば問題ない。気遣いに感謝する」
聖騎士は僅かに拳を握り締めながら、そう言って冒険者の横を通り過ぎた。
最初にデュランに頼って裏切られたし、レベル五十を超えている聖騎士だと知られたら笑い物だしな。
冒険者が曖昧な表情で見送る中、聖騎士は先程よりも歩みの早いスピードで階段を上がる。
この気まずい空気の中、階段滑りのトラップを発動してご対面をさせてあげたいが自重することにする。
アレクシア教の聖騎士が何故ここに来たのかを問いたださなければいけないからな。
「さて、ボックル」
『ノフォ! 階段滑りの罠を発動して、聖騎士と冒険者の気まずいご対面をさせてあげますか?』
「いや、それは俺も是非ともやってやりたかったが今は違う事を優先する」
『となると、アレクシア教の聖騎士がこのダンジョンにやってきた理由ですかな?』
相変わらずボックルは話が早いので助かる。
俺は水晶を操作して、スクリーンショットで今まで撮った写真を表示。その中から聖騎士があられもない姿をしているのを表示。
裸で仁王立ち、裸で扇情的なポーズ。どれも酷い写真ばかりだ。舌を出してだらしない表情で犬走りしている写真が一番酷い。これは見せられたら一発で社会的に死亡だろうな。
『……ちなみに、この写真のポーズはマスターお気に入りの本を真似てみました』
「お前本当にやめろよな! でも、ちょっと嬉しかったです。ありがとうございます」
いい加減ボックルにからかわれるのも慣れてきた。
まあ、趣味を覗かれることは恥ずかしいが、俺の好み通りのポーズをとってくれることによって相殺だ。むしろ、プラスかもしれない。
そんな俺の反応が気に食わなかったのか、ボックルが中年神官の姿で神妙な表情をする。
「とりあえずはこれを現像だな」
スクリーンショットができるので、もしかしたら現像もできるのでは? と調べてみたら現像ができる事がわかったのである。さすがに無料とはいかず、少量の魔力を払わなければいけないのだが、それくらい今の俺からすれば問題ない。
水晶に魔力を注いで、とりあえず百枚くらい現像しておく。
水晶が仄かな闇色の光を帯びて輝く。そして、しばらく見守ると水晶から見事に百枚の写真が出てきた。
ふむふむ、これなら悪くない。
裸の美女の写真が百枚もあると凄いな。視界の中は肌色だらけだ。
現代日本にいたころでも、こんなにたくさんの肌色写真は見たことがなかったぞ。いや、見た事無い方が普通か。
きっと盗撮魔も喝采を送るほどの量と種類であろうな。
『……マスター、写真に興味津々なのはわかりますが、早くしないと聖騎士が一階層に辿り着いてしまいますよ?』
「わかってる。変な写真が紛れ込んでいないかチェックしていただけだ!」
決して聖騎士の裸に見惚れていたというわけではない。
『百枚も現像してどうするつもりなのです?』
「これだけあれば聖騎士を誘導することができるだろ?」
『なるほど、わかりました。後はこれと聖剣をちらつかせて脅すだけですね』
俺の意図を察したボックルは聖騎士の裸写真九十枚を手にして転移陣へと移動し、二階層へと転移した。
……何だろう。この気の遣われ方は。
まるで俺にはこの写真が必要なのだろう? と言われたような気分だ。
何ともいえない思いをしながら俺は残った十枚の写真をしげしげと眺める。
あっ、何かディルクの写真まで混ざっているぞ。まあ、これはこれで挑発に使えそうだから保存しておくか。
◆
二階層にボックルが転移すると、ちょうど聖騎士が二階層へとたどり着いた。
階段を上り終えた聖騎士は激しい戦闘をしたでもないのに、心なしかげっそりとしている気がする。
「……あと、一階層なんだ。頑張れ私……」
あと一階層と呟くと、聖騎士は少し元気が出たのか背筋を伸ばして歩き出した。
人間明確な目標があるのとないのとでは精神の持ちようが段違いだからな。
もっとも、魔物にからかわれて、ズタボロにされて入り口を目指している時点で情けないのだがな。心の奥では気付いているとは思うが、それにはわざと気付かないフリをしているのだろう。
カツカツと足音を立てて、石造りの通路を歩いていく聖騎士。
そこを目指す先にあるのは、奪われた聖剣が落ちていたり、失くしたパンツが見つかったり、偶然ドッペルゲンガーと出会って討伐できるなどといった都合のいい希望ではない。ここからがお前にとっての地獄であろうな。
俺はボックルに念話で聖騎士が通る道筋を伝える。
すると、ボックルは速やかに聖騎士が通る通路に先回りして、地面や壁に写真を張り付けていく。まるで掲示板に広告や必要な情報を張っていくような、そんな自然な手つきだ。
通路内の燐光がある辺りに写真を張ってあげる辺り、ボックルは優しいな。
……いや、違う。よく見れば反対の壁の足下に写真が目立たないように張り付けられていた。あれでは燐光に照らされた写真や、その先に続く写真に気を取られて絶対に気が付かないだろうな。
……まあ、いいか。
あれはあれで、ダンジョンを探索する冒険者達のご褒美になりそうなので残しておくか。
程なくして、ボックルが写真を張り付けた場所に聖騎士がやってくる。
「んっ? 何だ?」
案の定、聖騎士は燐光によって照らされた写真の下に近付いていく。反対側にある写真などまったく視界に入っていない。
「……裸の女性の絵か? まったくけしからん。ダンジョンの壁にそのような卑猥なものがあるとは。やはりここの主はロクな奴ではないな」
どうしよう、今すぐにあそこに行って聖騎士をぶん殴ってやりたい。
沸々と怒りが湧いてくるが、これから起きるであろう聖騎士の事を思うと、すっと怒りは収まった。
「……卑猥なポーズをとらせて。金持ちの道楽貴族が金に物を言わせて描かせたのか? まったくこんな淫らなポーズをとる女も女だ。いくらお金のためとはいえ、こんなポーズをとるだなんて恥ずかしくないの――」
写真に説教を垂れていた聖騎士が、ふと固まる。
「……待て待て待て。この女性には凄く見覚えがあるのだが気のせいか?」
呆然と呟いた聖騎士は目を瞑って、頭を横に振ってからもう一度目を開く。
そこには相も変わらず、四つん這いになって大きな胸を突き出している聖騎士の裸の写真があった。
次の話もすぐに更新できるかもしれません。




