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その腕に残ったものは……

 

 とにかく一階層に向かうと決めた聖騎士は、その持ち前の身体能力を生かして四階層から三階層へと上がっていた。


 通路内を彷徨うゴブリンを蹴り飛ばし、棍棒を奪い取り、襲ってくる魔物や小部屋から飛び出してくる相手をぶん殴っていた。


「ふむ、これはこれで悪くないな……」


 銀色の鎧を装備した美女が、棍棒を振るう姿はとてもシュールだ。魔物を蹴散らす際に妙に力が入っているのは聖騎士自身のストレス解消を兼ねているのだろうな。


 聖騎士が三階層を突っ切って移動する中、俺は三階層に先回りさせたボックルに念話を送る。


「位置についたか?」


『はい、問題ありませんマスター』


 水晶を操作すると、水晶に聖騎士の姿に変身したボックルの姿が映し出された。


 ちなみにゴブリンから聖騎士へと変身したので姿は鎧姿だ。残念なが裸ではない。


 どうせなら声も女性の方にしてほしいが、ボックルは頑なに気味の悪い地声を使う。少しは主を喜ばせようとする思いはないのだろうか。


「よし、じゃあそこに剣を置け」


 内心複雑な思いを抱きながら命令すると、ボックルが腰に装備していた鞘から剣を抜き出して石畳の上に置いた。


「よし、じゃあ後は適当に隠れていていいぞ」


『ノフォフォフォフォ! 聖騎士がどのような反応をするか楽しみでございますね』


 独特な笑い声を上げながら聖騎士に変身したボックルが、剣を置いた場所から遠ざかる。


 そのまま角を曲がって顔を出し、剣が見える位置にボックルは隠れた。


 よし、これで餌は撒かれた。


 三階層の構造上、聖騎士が二階層へ向かうには必ずあの通路を通らなければならない。


 したがって聖騎士は、おのれの大切な剣が落ちていることに嫌でも気付くというわけだ。


 後は、おめでたい聖騎士がノコノコとやってくるのを待つのみである。


 それから水晶で聖騎士の様子と進路を確認することしばらく。聖騎士がついに仕掛けを施した通路にやってきた。


 静寂な階層内にガシャガシャと鎧の擦れる音や、靴音が鳴り響く。


「うん? 何か光っているぞ? 魔物か?」


 薄暗い通路の先に見える物体に気が付いたのか、聖騎士が目を細めながら呟く。


「いや、魔物の気配はないし、魔物にも見えない。あの輝きには見覚えがあるぞ?」


 少しペースを落としながらも聖騎士は確実に物体へと近付いていく。


 もうちょっと、もうちょっとだ。頑張れ聖騎士!


 俺は心の中でエールを送りながら、足を進める聖騎士を見守る。


 もう少しでお前が求めて止まない物が手に入るんだぞ。


「……あれは剣? あの大きさに形、透き通るような刀身はまさか……!」


 薄い光に反射する銀色の剣に近付くにつれて、聖騎士の表情が晴れやかなものになる。


 聖騎士がダンジョンに潜り始めて、久しぶりに見る笑顔だ。


 聖騎士が見るからに嬉しそうにする姿には腹が立つが、これから起こり得る絶望のためだと思えば我慢できる。


「……四階層で狼の魔物に奪われた私の剣か!?」


 青い瞳を潤ませながら聖騎士が歓喜の声を上げ、見るからに足の周りが早くなる。


 そう、そのまさか! 貴女の誇りであり、心の拠り所である剣ですよ。


 もはや前しか見えていない聖騎士は、視線を床に固定しながら一直線に走り出す。


 罠に嵌められ、魔物におちょくられ、脅され、大切な剣を奪われる。先程まで辛いことばかりあったせいか、目の前の希望を何一つ疑うことなく信じて突き進む。


 絶望や不安が大きかったせいで希望に縋りたかったのだろう。


 俺は剣へ向かって走り寄る聖騎士を見て嗤う。


 ――さあ、懺悔の時だ。俺を侮辱した罪を贖うがいい。


「よかった! 私の剣がここにあって!」


 聖騎士が石畳に置かれている剣を拾った瞬間、足下にある石畳から魔法陣が広がり、光が迸る。


 罠がしっかりと発動する様を見た俺は、思わずガッツポーズをとる。相手がどんなに愚かでバカな相手でも、罠に嵌めた瞬間はとても気持ちがいいものだ。


 聖騎士の何が何だかわからないといった呆けた面が、また面白い。


「なっ!? 何だ!? この魔法陣は!? まさか転移の罠か!?」


 聖騎士が驚きの声を上げる間に、魔法陣は複雑な模様を広げ、眩い光を放って聖騎士を包み込んだ。


 聖騎士ができたことはただ一つだけ。もう己の大事な剣を失わないために必死に抱きしめるだけだ。


 相手の持ち物を一つ奪う罠。前回のエルフの時は一発でパンツが盗れたが今回はどうであろうか。


 いや、考える間でもないな。あの魔法陣が奪ってくれるのはパンツだ。俺の直感がそう告げている。


 よくわからないが確かな確信を抱いている間に、俺のいる部屋の水晶の傍にポトリと何かが落ちてきた。


『ウォフ?』


 突然部屋に何かが落ちてきたことで、床に寝転んでいたイビルウルフが不思議そうな声を上げる。


 この軽い布のような落ちる音は……。


 半ば確信しながら俺は落ちてきた物体の下へと歩み寄る。


「ビンゴ! パンツだ!」


 聖騎士から見事に奪い取ったパンツを室内の灯りにかざすように広げて見せる。


 思い通りの品を奪い取れたことに歓喜したが、俺はとある重要なことに気付いて表情を青くした。落とし穴に何度も落として、泥で茶色く変色していたせいか気付かなかった。


 そう、聖騎士のはいていたパンツはピンク色だったということに。


 これはマズい。これはマズいぞ。このまま一階層の大広間に奉ろうものならば、大広間で毎日祈りを捧げる信者達に騒ぎが起こる。


 どうする? 下手をすればあの信者達の間で内部分裂を起こすんじゃ……。


 女性のパンツの中で何が一番かと言われれば、俺こと黒木幸助も大変迷う。


 あの穢れなき純白さを表す白も勿論素晴らしいが、女性のイメージ色と柔らかさ、そして仄かな甘い香りを連想させるピンクも捨てがたい。


 どこか可愛らしさを表す水玉や、肉体の凹凸を表す縞々模様も捨てがたいし、他のパンツの種類なんかも含めると……絞り込めない。


 一般人である俺でさえ、これほどの迷いを見せるというのに、パンツに並々ならぬ欲望――神聖視している彼らにこれを見せればどうなるかは想像がつく。


 これは荒れる。一階層が荒れるぞ。


 そのような思いを抱きながら、水晶の前にある椅子に座る。


「……あれ? ここはさっきと同じ場所か? さっきの罠は転移ではなかったのか?」


 俺がピンク色のパンツを人差し指に引っ掛けてぶん回していると、聖騎士がゆっくりと目を開いて周囲を見回した。


 それからハッと我に返り、おのれの胸の中にある剣を目にしてホッとする。


 余程剣と離れ離れになるのが怖くなったのだろう。


 聖騎士は愛剣を指でスッと撫でた後に、ゆっくりと立ち上がる。


「ん? 何か股の辺りがスース―するような? 下にはいていたインナーがずれたのか?」


 ピタッと動きを止めて訝しげな声を上げる聖騎士。太ももを擦り合わせるようにモジモジさせて、インナー部分を確かめるように手を差し込む。


「――っ!?」


 聖騎士の訝しげな表情が驚愕のものに変わる。そんなバカな! という台詞が顔に書いてあるかのような表情だ。


 聖騎士の慌てる様を俺は笑う。


「無い。無いぞ!? 私の下着が! 一体どうしてだ!? まさか今の罠で私の下着だけが転移されたとでも言うのか?」


 そんな高尚な罠じゃありませんよ。ただ相手の装備品をランダムで奪い取る罠です。今のところ奪い取るのは百パーセント下着だけど。


 おのれの股部分を気が済むまでまさぐった聖騎士は、呆然とした表情で呟く。


「無いぞ」


 そりゃ、そうだ。お前がついさっきまではいていたパンツは俺の手の中にあるからな。


 にしても、やっぱり茶色くなっているな。早く汚れを落とすために洗濯しておかないとなぁ。


 呑気にパンツを回しながらそんな事を考えていると、聖騎士が剣を撫でながら複雑そうな表情で言う。


「……何だろう。色欲の悪魔と取引でもしてしまったのだろうか。まるでパンツを代価に剣をもらったかのような……」


「誰が色欲の悪魔か!」


 聖騎士のあまりな物言いに俺は思わず突っ込む。


『ノフォフォ! 聖騎士の方も案外上手い事をおっしゃる』


 そして、それに便乗して念話を送ってくるボックル。


「黙れ、本物の悪魔。さっさと変身しろ」


『ノフォフォフォフォ! 了解です! では、変身!』


 俺は苛立ち紛れにボックルに変身するように命令をする。


 これでこの作戦は最後の仕上げへと移る。


 ボックルが見目麗しい聖騎士から、中年神官の姿へと変身する。


 それと同時に聖騎士が悲痛な叫び声を上げた。


「うわああああああああああああっ!? 私の剣が!? 剣が!? 一体どうして消えるんだ!?」


 ボックルの変身に伴い、聖騎士の腕の中にあった剣が黒く染まり、形を崩して虚空へと儚く消えていく。


 そう、あの剣はボックルが聖騎士に変身したことで得られたものだ。ボックルの能力はあくまで変身なだけであって物質の完全なる創造ではない。


 それはボックルが変身している間姿を得ているだけで、ボックルが他の対称に変身するなりすれば消えてなくなるのである。


 今回はそれを餌にして、聖騎士からパンツを奪い取らせてもらった。


 つまり、聖騎士は偽物の剣を餌にパンツを剥がれたのである。


 剣という希望がおのれの腕の中に舞い戻ってきただけあって、その絶望はかなり大きいだろう。人の絶望の感情は上げてから落とすと、より質の良い負の感情が得られるからな。


 ざまあみろ!


 俺がほくそ笑みながら呆然自失となっている聖騎士を眺めていると、彼女の肩が震え出し、


「うっ、ううっ、うあああああああああああああああああっ! 何なのだこのダンジョンは! もう嫌だ! 帰りたいいいいいいいいい!」


 聖騎士が大声で泣き出した。


 来るものは嫌がらせでもって歓迎、去る者は泣こうが喚こうが全力で追い打ち。それが俺の経営するダンジョンである。




ついにやりましたよ。とってやりました!

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