バカな子ほど可愛い
「……騎士の誇りである剣が取られてしまった。あれはアレクシア教の聖騎士の証でもある大事な剣なのに……どうしよう」
四階層の石造りの廊下にて、座り込んだ聖騎士の悲しげな声が響き渡る。
俺は酷く落ち込んだ聖騎士の様子を水晶越しに見て、さすがに罪悪感が――
「ざまあああああああああ! そんな大事な物を持ち歩く方が悪いんだよ! はっはー!」
湧くことなく、聖騎士を指さして高笑いしていた。
人様の物を盗る行為は大変愉快なものだ。それがその人にとって大事な物であるほど悲しみは大きく、盗んだ側は大いに満足するものなのだ。
「よくやったな、イビルウルフ」
『ウォフン!』
転移陣でダンジョンマスターのルームに戻ってきたイビルウルフの頭を撫でてやると、嬉しそうに尻尾を振っていた。
前と比べて毛の質が少し硬くなったが、このボリューム感あるモフモフを堪能するのも悪くない。
俺が頭を撫でると、もっと撫でとばかりに身体を擦りつけるイビルウルフ。意外と撫でられるのが好きなやつらしい。
「おお、可愛い奴よ。どこかの猫とは大違いだな」
イビルウルフを撫でながらソファーを一匹で占拠するべこ太に視線をやると、片目だけ薄く開けてこちらを一瞥。
そして、それがどうかしたのかと言わんばかりに欠伸をかまして目を閉じた。
まあ、あの巨体でのしかかってきても困るから、あいつはあのままでいいか。
そんな事を思いながらイビルウルフを満足いくまで撫でてやり、戦利品である聖騎士の剣を受け取る。
「うわっ、何か不気味なオーラがするなー。聖属性が付与されているからか?」
邪神様の加護があるせいだろうか。聖騎士の剣に酷く嫌悪感を覚える。俺の中にある本能が今すぐ叩き折ってしまえと囁いているようだ。
本能に比較的忠実な俺でもあるがそんな無粋なことはしない。
これは聖騎士の大事な剣なのだ。普通に壊してしまっては勿体ないだろ? 聖騎士をおびき寄せる餌として使うなり、レプリカを返してやって喜ぶ様子を眺めたり、目の前でへし折ってやったり……色々使えるじゃない?
剣を奪われてショックを受けている聖騎士の映像を見ながら、俺は奪った剣をどのように使ってやるか思考を巡らせる。
聖騎士のすすり泣く声をBGMに楽しい考えをしていると、彼女は立ち直ったのか、すくっと立ち上がった。
「……奪われてしまった物は仕方がない。いや、仕方がないで済む代物ではないが、今はおいておこう。今は剣よりもドッペルゲンガーを退治してやることが大事だ。何せ、あの魔物は今も裸で走り回っているだろうし。……あれ? 私ってば裸をそこら中の男に見られそうになっているし、聖騎士の
証である剣を奪われているし……相当、社会的に不味くないか?」
……今更気付いたのか? まあ、元よりこちらはお前を破滅させようとしているのだから当然だが。社会的に破滅させて弱みを握って追い返し、二度と足を踏み入れないようにさせるつもりだった。
だったのだが、このくらいバカなら、いいリピーターになってくれるので社会的に殺して、一冒険者として歓迎してあげようと思う。
エルフやディルクとパーティーでも組めば面白いことになるのではないだろうか?
アレクシア教の聖騎士として来るのはお断りだが、ただの冒険者としてなら歓迎してやらんこともない。
「まずいぞ! まずはドッペルゲンガーを探さないと! だが、どこにいるのかわからない! どうすればいい!」
頭を抱えながら一人叫ぶ聖騎士。こいつもこのダンジョンに潜るようになってから大分独り言が増えるようになったものだ。
とりあえず、お前が不安になる度に負のエネルギーが吸収されるから、そのまま不安に苛まれているといい。ダンジョンにエネルギーが溜まるし、見てる俺も楽しいから一石二鳥だ。
頭を掻きむしりながら真剣に焦っている聖騎士をニマニマと眺める。
「ええい、とにかく動け! 一階層まで上がるのだ! そこに到着していなければ下って探していけばいいのだ。まず防ぐことは、一階層でパンツを拝めている変態達に見られることだけは避けなければいけない!」
ようやく、まともな案を見つけることができた聖騎士。
そこに考え付くまでが遅すぎる。
愉快な生物を見る目で眺めていると、聖騎士が一階層に上がるために行動に出た。
バカな子ほど可愛いという名言は、少しだけ同意できる気がする。
何せバカな子ほど簡単な罠に引っ掛かって屈辱的な顔をしてくれるのだから、可愛いことこの上ない。女性の一番魅力的な顔は屈辱的な表情なのだから、よってバカな子ほど可愛いのだ。
まあ、自分を賢いと思っている女をコケにするのも最高だけどね。
それはさておき、聖騎士は三階層に至る階段目がけて猛スピードで走る。
『ギイィッ!』
「今はお前達に構っている暇はない!」
通路内を歩くゴブリンを無視して、猛スピードで聖騎士は三階層に向かう。
俺の予想が正しければ、このゴブリンは……。
半ば確信しながら聖騎士に無視されたゴブリンをタッチ。
【ゴブリン(ドッペルゲンガー ボックル)レベル三十】
「やっぱりお前なのな。絶対そうすると思ったよ」
俺がボックルに念話を送ると、水晶に映し出されたゴブリンが肩を震わせる。
『ノフォフォフォフォ! せっかく目の前に現れてあげたというの勿体ないことをです!』
先程の聖騎士がよっぽど滑稽に見えたらしく、ボックルの大きな笑い声が響き渡る。
が、遠く離れた場所にいる聖騎士の耳に入ることはなかった。
「それにしてもさすがはボックルだ。隠れて相手をコケにすることにかけては一級品だな。そんで、俺のエロ本返せよ」
『ノフォフォフォフォ! マスターほどではありませんよ。エロ本については断固拒否します』
「なんでだよ!?」
きっぱりと告げるボックルに、俺は思わず叫ぶ。
『あれは何かと使えそうなので持っておきたいんです』
「そうは言いつつ、実はお前が興味あるんじゃ――」
『まさか! 私はマスターのように夜中に本を開いてゴソゴソするなど――』
「使えそうとはこういうことなのか? マスターの性的趣向を把握して脅すとは悪魔か!?」
『ノフォフォフォ! 悪魔ですが何か?』
そうだった。こいつは悪魔だった。
しかし、召喚主を脅す魔物ってどうなのよ? 一応、俺ってば魔王であり、魔物達が信仰する邪神の加護を施された偉い人なのだけれど?
デュランといい、スライムキングといい、不死王といい、俺が召喚する魔物はアクが強い奴ばっかりだな。
せめてもの現実逃避とばかりに、俺は傍にいるイビルウルフをモフモフする。
「まあ、そんな事はいいから三階層に行ってこい。聖騎士に次の罠に嵌めてやるから」
『ノフォフォフォ! そろそろ聖騎士を追い出すための仕上げですか?』
楽しげな声を上げるボックルに、俺はハッキリと言ってやる。
「ああ、俺の事を変態呼ばわりした罰だ。そのパンツを剥ぎ取って一階層の大広間に奉ってやる!」
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