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イビルウルフは鼻で嗤う

お久しぶりです、皆さんのコメントに答えて更新です。

 

「くそっ! あいつは三階層に上ったのか!? しかし、あの言葉が嘘で実は四階層に隠れていることもあり得る」


 四階層の幾重にも道が分かれた通路で、聖騎士は髪を振り乱しながら叫び声を上げている。


「どうすればいいんだ!」


 頭をバリバリと掻きむしりながら、聖騎士が右往左往して通路内を走り回る。


 その度に漏れる苛立ちの声は本気そのもの。形の整った眉は八の字になってたり、持ち上がったりと不安と怒りが行ったりきたりだ。


 他人が不幸せな場面に陥っている姿を見るのは実に楽しいものだ。


 聖騎士の頭の中でも今でもこの階層を探していていいのか、上の階層に上がらなくていいのかという疑問が渦巻いているだろうな。


 早く上に上がらねばボックルが男性冒険者の前に躍り出てしまう。しかし、上に向かったとしてもいなければ聖騎士はボックルの手がかりを完全に失ってしまう。


 ボックルは聖騎士の弱みともいえる部分を握っている魔物だ。手がかりを放置するのはかなり恐ろしいだろうな。


 何せ相手は千変万化のドッペルゲンガー。少しでも気配や足跡が残っているうちにこの階層を調べたいと思うのも無理はないだろう。


 内心では上の階層に上がりたくて仕方がないだろうに。くくく……。


 そんな時に魔物や罠で足止めをされたら怒るだろうなー。


 真剣になっている人の邪魔をするというのはとても愉快である。


 それが、その人にとって大事であればあるほど相手の怒りは大きくなるというものだ。


 聖騎士が激昂する様を想像するだけで楽しいし、普段よりも質の高い負のエネルギーが得られる。まさにいいことずくめだな。


 イビルウルフの活躍に是非とも期待したいところである。


 俺がイビルウルフの登場にワクワクしていると、通路の奥を横切る黒い影が見えた。


 早速イビルウルフのお出ましである。


「――ッ!? 今、黒い何かが通り過ぎたな。もしかしてドッペルゲンガーか!?」


 黒い影を認識したらしい聖騎士が急ブレーキをかけて、黒い影が見えた場所へと走っていく。


 残念、ボックルは元の姿を見られるのが嫌いなので黒い姿と言うのはあり得ない。まあ、普通の人間がそのような情報を知る由もないが。


 人は絶望に陥ると、自分にとって都合のいい解釈をしようとするものだしな。


 聖騎士を見ながらせせら笑っていると、イビルウルフが途中で止まった。


 どうやら聖騎士を向かい討つことにしたらしい。


 てっきり罠とかを駆使して攻撃をしていくのだと思ったが意外だな。


「見つけたぞ! ドッペル――」


 角を曲がり黒い影を補足した聖騎士が嬉しそうに言葉を言うが、それは途中で止まる。


 幅五メートルくらいの石造りの廊下の中で相対する、聖騎士とイビルウルフ。


「……そのふてぶてしい顔つきは、三階層で私を散々侮辱したワインドウルフのリーダーだな?」


『ウォフン』


 まさにその通りだと言わんばかりに吠えるイビルウルフ。


 その相手を見下し、せせら笑うかのような表情はイビルウルフになっても健在だ。


「なぜ、お前はこうも私の都合の悪い時に出てくるのだ? それに随分と魔物としての格が上がって進化しているような? ブラックウルフ? いや、目の色が違うし、魔力の量も桁違いだ。私の知らない魔物か? 一体、この短時間でお前に何があったのだ?」


 つい、さっきまで善良な生徒だったのに、ちょっと目を離したらとんでもない不良生徒になっていたような言い方をする聖騎士が少し面白い。幸助手帳にプラス一点だ。


 ちょっと目を離したうちに、レベル九のワインドウルフからレベル二十のイビルウルフ亜種に進化していたもんな。驚きもする。


 聖騎士はイビルウルフを警戒するように視線を送ってから、


「まあいい。お前は絶対討伐してやろうと心に決めていたのだ。覚悟するといい。私を散々弄んだ罪は重いぞ?」


 何か台詞が男に弄ばれた女みたいだな。まあ、現在進行形で弄ばれているんだけれど。


『グルルルルルル……』


 不敵な笑みを浮かべて剣を構える聖騎士に対して、イビルウルフは身を低くして唸り声を上げる。


 ワインドウルフとは違った迫力に聖騎士が、警戒の目を向ける。


 ……………………。


 ……こいつはバカなのだろうか? 


「…………はっ! また時間稼ぎだな!? お前の魂胆など丸わかりだ。こちらから攻めてやれば問題ない!」


 そう叫んだ聖騎士が、剣を右手にイビルウルフに突撃する。


『ウォフッ』


 突撃してくる聖騎士を見たイビルウルフは、相手を鼻で笑ってから後方に跳躍。


 着地して床にあるトラップを意図的に踏み抜いた。


 すると、聖騎士の足元にあった石畳が飛び出し、聖騎士の股間目がけて起き上がった。


「――っ!?」


 タイミングはバッチリだったはずだが、聖騎士は持ち前の身体能力によるステップで回避。


 以前九階層でエルフのパートナーである騎士ハンスを撃沈した罠であったが、聖騎士には通用しないか。非常に残念。


 しかし、女性に股間叩きの罠を発動させるとは考えもしなかった。女性のあそこを強かに叩きつけると、やはり痛いのだろうか? ちょっと好奇心が湧いてくる。


「お、おおっ! お前っ! 乙女である私に何という下劣な罠を向けるのだ!?」


『ウォッフン?』


 乙女に大してあまりな罠だったせいか、聖騎士が顔を真っ赤にしながら立ち止まりイビルウルフに指を突きつける。


 それをした犯人は、まるで何が悪いんだ? 言わんばかりの態度だ。


「やはり、お前は性根が腐っているな!」


 聖騎士がそのような事を言う間に、イビルウルフは横にある壁に手を触れる。


「くっ! また罠か! ちょっとは自分の力で戦ってはどうなんだ!?」


 聖騎士が文句を言いながらも警戒するが、何も起きない。


「…………おい? 何も起きないぞ?」


 七秒くらいう経ったところで、聖騎士が不思議そうに言葉を発する。


 そりゃ、そうだ。だって、イビルウルフはただ壁を触っただけだから。


『ウォフフフ』


「……あっ、お前! ただ壁を触っただけか!? ややこしいではないか!?」


 イビルウルフが笑ったことで、ようやく状況を理解したのか聖騎士が怒声を上げる。


 ボックルとか罠を利用して攻撃しまくったし、ついさっきも罠で股間叩きをされたからな。


 地味だが中々巧妙な嫌がらせをする奴である。


 さすがは俺の見込んだ魔物。駆け引きが抜群に上手いな!


「いかんいかん、あいつのペースに呑まれている。あいつを相手にする時は、こちらが仕掛けなければいけないのだ! しっかりしろ、私!」


 しかし、聖騎士もイビルウルフと二回目なせいか少しずつではあるが学習しているようだ。


「今度こそ覚悟しろ!」


 聖騎士は自分を叱咤すると、再びイビルウルフへと走り出した。


『ウォフーン』


 走り出す聖騎士を見たイビルウルフは、いかにもつまらないと言った声音を発しながら、身体の周りに黒い球を四つ浮かべる。


 イビルウルフになってから手に入れた闇魔法の力だろう。多分、あれはダークボールだ。


 イビルウルフは闇色の球体を聖騎士に向かって全弾発射する。


「新しく手に入れた力かは知らないが無駄だ! 私の剣には聖属性が付与されているからな! そこらにある剣とは格が違うぞ!」


 得意げな声を上げながら球体を切断する聖騎士。


 イビルウルフは少し戸惑いながらも聖騎士の薙ぎ払いを回避。


 壁を使って跳躍しながら聖騎士の後ろに回る。


「くっ、ちょこまかと!」


 レベル差的に、突撃されるのが一番敵わないだろうからな。イビルウルフはあの動きを見るに交戦の意思はないのだろうな。俺だってそうする。だって、あれってば闇属性と相性の悪い聖属性らしいし。


 ……聖属性か。そこいらにある剣とは格が違う剣か……。


 ふむ、そう言うからには聖騎士にとってさぞ大事なものなのだろうな……。


 よし、あれを奪っておくか。


「イビルウルフ、聖騎士の持っている剣を奪えるか?」


『ウォッフン!』


 俺が念話でそのように尋ねると、勿論というような意思が感じられた。何故だろう。人間の言葉でもないのに凄く頼りになる言い方だった。


「俺が手伝わなくても大丈夫か?」


『ウォフ!』


 俺の手はいらないと。


「なら、適当にあの剣を奪って戻ってこい」


 そう言って、俺は念話を切る。水晶に映るイビルウルフには先程とは違った、決意に満ちた表情をしていた。


「……何だ? 急に覇気が出てきたな」


 目の前にいた聖騎士は、イビルウルフの雰囲気の変化を感じ取ったらしい。


 言葉を投げかけるが、イビルウルフが何も答えないので聖騎士は一層警戒心を上げたようだ。


 イビルウルフはどうやって聖騎士から剣を奪うのだろうか?


 接近戦か? いや、レベル差的にも接近戦は鬼門だぞ。


 多分、交戦すればすぐに斬られてしまうだろう。一体どうやって奪うのか……。


 イビルウルフの得意分野は駆け引きだと思うし、多分、勝負は一瞬でつくのではないだろうか。そんな気がする。


 イビルウルフは大変見どころがある奴なのでできれば死なせたくはないな。ケチケチせずにもっとレベル上げれば良かった。


 俺がそのような後悔の念を抱いていると、イビルウルフの表情に動きが出た。


 ……何だろう。先程までかなり真剣な表情をしていたのに。


 聖騎士の奥に何かがあって気になっている、そんな表情だ。目を細めて訝しそうにしている。


「……?」


 不思議そうな顔つきで奥を見るイビルウルフの視線を不思議に思ったのか、聖騎士がごく自然な動作で振り返る。


 次の瞬間、イビルウルフが目のも止まらぬ速さで突進。


「んっ? あああっ!? おまっ――ぐぼへっつ!?」


 聖騎士の手に持つ剣を即座に叩き落とし、ダークボールを瞬時に発動して鳩尾にお見舞いした。


 聖騎士は見事に奥に吹っ飛び、イビルウルフが落ちた剣を少し嫌そうに咥えて走り去る。


 手癖の悪い猿もビックリの所業である。


 すげえ、お前ってばあんなに速く動けたんだな! 


「げはっ、ごはっ! ま、待て! 剣は騎士の誇りなんだ! 剣まで取られたら、私の心の拠り所がなくなってしまう!」


 闇属性に強い鎧をしているのか、聖騎士が悲痛な叫び声を上げながらイビルウルフに追いすがる。


 ふむ、ならばその心の拠り所とやらをなくして心をへし折ってやろう。


「ほら、イビルウルフ! 頑張って戻ってこい! 追いつかれるぞ!?」


 剣を咥えて逃げ去るイビルウルフに応援の念話を送る。


 このままではマジモードな聖騎士に追い付けれてしまいそうだ。


『ウォフン!』


 イビルウルフは問題ないとばかりに返事をする。


 何か策があるのかと疑問に思っていると、イビルウルフの身体が闇色に覆われた。


 それから、真っ黒になったイビルウルフの輪郭がボケた瞬間、スーッと隣に新たなイビルウルフが現れた。


 そして、新たに増えた個体がまた黒く染まり、またスーッと新たな個体が現れる。 


「なっ!?」


 イビルウルフが増えた? 影分身のような能力だろうか?


 俺が推測をしている間にも、イビルウルフはドンドンと増殖していき、それぞれの道に別れて逃走しだす。


「なっ、なななっ!? どうなっているんだ!? 急に増えたぞ!?」


 驚きながらも聖騎士は、とりあえず追いついた個体を殴りつける。


 殴られた個体は外れだったのか、サーっと体が崩れて消えていった。


 それに伴い聖騎士の表情もサーっと青ざめる。


「こ、ここ、これはマズい。本物がどれかわからないぞ! おい、待ってくれお前達! お願いだ! 待ってくれえええええええええええええええっ!」


 そんな聖騎士の悲痛な叫びの返事は、階層内からどことなく聞こえる『ウォフン』という鼻で笑うものだった。




この作品、地味に第五回ネット小説大賞の一次選考に通っているようです。まあ、応援してあげてください。


皆様のコメント、励みになっております。こんな作品を読んでくださってありがとうございます!

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