冒険者がやってきた
魔力というのは一日が立てば全部回復する。具体的には、魔力を使えばじょじょに回復していき、一日が立つと全快になる。魔力回復アイテムなるもの、マジックポーションを飲めば回復スピードを早める事はできるが、そこまで切羽詰まった状況ではないので使う気はさらさらない。
ちなみにマジックポーションの類、道具や、武器の類はダンジョンマスターの能力『道具倉庫』という所で一定の魔力を注げば手に入る。
これはダンジョンに置いておく宝箱につめる為の景品のための能力。いわゆる冒険物ホイホイのための能力だろう。
なんとこちらにも食糧庫同様に地球製品の物が。
これがダンジョンマスターのスタンダード能力なのか、と愕然としたが違う気がする。
いくらなんでも魔力があるからと言って、異世界の道具を作り出す事できるとは思えない。
恐らくこれは、地球から召喚された俺だからこそ魔力と対価にして得られる物なのであろう。それか、邪神様のお陰のどちらかだ。
早速昨晩はシャンプーや石鹸のお世話になりました。
やはり、危険がある場所にはそれなりの宝、魅力のある物が無ければ人はあまり来ないであろう。
そうであれば平和に違いないのであるが、俺としても面白くないし、邪神達との約束も果たせない。それは困る。主に前者の理由で。
武器の欄には聖剣とかあったけど絶対いらない。敵に塩をおくる真似などするはずがない。
そんなこんなで自分の能力を確認しながら、生活空間を整えていると三日がたった。
ファンタジー空間ぶち壊しな自分の空間なのだが、その機能についてはこの世界一であろう。
十分すぎるくらいだ、なのでそろそろダンジョンの改造に本腰を入れてみたいと思う。
いや、自分の部屋に拘るのは仕方がないと思うんだ。
どうせまだ誰も来ないし。
現在は水晶の近くの椅子に座り、ダンジョンの構成を考えているところだ。
ダンジョンコアがある部屋はダンジョンの最奥部になる事が決まりらしく、階層を追加する事に奥へ奥へと移動する。
つまり、それだけ俺と出会う事は困難になるという事だ。素晴らしい。
「さて……どうするか……あっ、やっぱりポテチと言えばコンソメ味だわ」
いかんいかん。ついポテチに夢中になっていた。
ダンジョンを強化しなければ。
うーん。やはり階層が深くなるごとに、魔物や罠が凶悪になるシステムでいいだろう。勿論、宝箱の中身も豪華にだ。
一階層から五階層は定番である魔物達、スライムやゴブリン、オーク、オーガでいいだろう。
水晶の『魔物配置』の項目をタッチしてすると、魔物の解説付きで名前がずらりと表示され隣には見た目や必要魔力値が表示される。
ゴブリン一匹 必要魔力五
流石はゴブリン。お手軽だな。
ゴブリンをタッチするとこれまで通りレベルや数を指定してくださいと表記される。
レベル二に必要な魔力は六。まあ最初だしそんなものだろう。
スライムキングとは格が違うのか、召喚に必要な魔力もレベルアップに必要な魔力の量も全く違う。
アイツは召喚に四百くらい必要だった気がする。
レベルアップも二にするために五〇はかかった。
まあ細かい事は面倒くさいので、とりあえず全員レベルを五にして一階層に二十匹、二階層にはレベルを七くらいにして三〇匹ばら撒いて配置しておいた。
多少必要魔力に違いはあったが俺からしたら、一か二くらいの違いにしか思えないので流れ作業でドンドンと魔物を同様に配置していく。
「あ、何だコイツ可愛いな」
まんまるとした身体に、二つの尻尾。
いわゆる猫又のような魔物であろうか。顔立ちは太った猫のようで何とも愛嬌がある奴だ。
逐一監視するにも、こういう可愛げなペット感覚で眺められる魔物もいた方がいい。
凶悪なゴブリンやオークばかり見ていても面白くないであろう。
べコタだったら暇なときにでもモフモフしにいってやる事もできる。
との理由で、べコタとかいう太った猫みたいな魔物も追加しておいた。
さて、これで五階層くらいまでは魔物を十分に配置することが出来た。
次は罠だな罠。
もうこれ大好き。多分ダンジョン改造の中で一番楽しい物はこれだと思うんだ。
定番では落とし穴だろ、矢が飛んでくるだろ、ミミックに、転移陣に魔物部屋と考えるだけでもワクワクするじゃないか。
ここでは悪戯をしても怒られる事はない。思う存分に人に迷惑行為や嫌がらせやをしてやって煽る事ができる。
なんて楽しいのであろうか。
あ、ここには偽の看板を設置しておこう。
多分脳金な連中とかは引っかかってくれるはずだから。
案内の先は行き止まりなんだけどね。
そして次の階では看板の案内通りに進めば、正しい道へと進めるようにしておこう。
恐らく最初に引っかかった奴は次の看板を見ると、疑ってまず信用することはないだろう。
そして、そのままその階層全てを彷徨い歩く事となるだろう。
うんうん。引っかかって屈辱に塗れる顔を早く見たいものだ。
同じ罠に踊らされたと理解した時に、どんな声を上げるのだろうか。
× × ×
ダンジョンマスターになって四日目。
ついに記念すべき一組目の冒険者が現れた。
男二人女二人のいかにもかけ出しの冒険者といった感じだな。それにしても男と女がダンジョンに潜るとか弊害しかないだろ。第一、トイレとかどうするんだよ。
異性がいるパーティーはそれだけで色々もめ事が起こるというのに馬鹿な奴等だ。
いや、別に羨ましいとかそんなんじゃ無いからな? 俺はただ客観的にそう指摘しただけであってだな。
まあいい。とにかくさっそくあのパーティーを観察しますか。
俺は水晶へと手をかざすとダンジョンに入ってきた冒険者の情報が浮かび上がった。
名前 ジーク
種族 人間
性別 男性
年齢 十七
職業 剣士
レベル 七
称号 なし
名前 メルナ
種族 人間
性別 女性
年齢 十七
職業 魔法使い
レベル 五
称号 なし
名前 シェーラ
種族 人間
性別 女性
年齢 十七
職業 盗賊
レベル 六
称号 なし
名前 ドレッド
種族 人間
性別 男性
年齢 十七
職業 騎士
レベル 七
称号 なし
この水晶は俺のダンジョンに入った侵入者のステータスをこのように教えてくれる。
剣士に魔法使いに盗賊に騎士か。まあバランスはとれていそうなパーティーだ。
安っぽい革の装備品から、かけ出し冒険者という俺の推測は間違ってはいなかったようだ。
レベルも平均六くらいだし、一階層でさえ厳しそうなんだけど。
確かゴブリンに武器を持たせてレベル五で二〇匹くらい配置した気がする。
他にもオークとかも配置したし。
いきなり殺しちゃったら困るので、魔物達に命まではとらないように命令をしておこう。
とりあえず、ここから生還してこのダンジョンの事を広めてくれなきゃ俺が暇で暇で。
とにかく冒険者を殺すつもりはない。だって死なせるより、リピーターになって貰った方がいっぱい負のエネルギーを集められるじゃん。
殺すことでどのくらいの負のエネルギーを得られるのかは分からない。いずれわかる時がくると思う。いくら手加減の命令をしたところで当たり所が悪かったら人間なんてあっという間に死んでしまう。
それはダンジョンに潜る上で覚悟してもらう事だ。仕方がない。
けど最初は、このダンジョンンの広告塔になってもらいたいから意地でも死なせないからね。
君達は本当にラッキーだよ。命が保証されて経験値がもらえるのだから。
俺がとても親切な命令を魔物にしていると、冒険者達が丁度一階層の扉を開いた。
さて、彼らがどういう反応をするか楽しみだ。
水晶にアップに映し出された彼らの顔を眺めながら、操作して音声を拾う。
「よっしゃ。行くか」
「ここでレベルアップして強くなるぜ!」
「援護は任せてね!」
「罠はあたしに任せて!」
金髪の剣士が声を上げると、続いて仲間たちがそれぞれ元気な声を上げる。
いきなり大声を上げるとか、魔物に自分達の存在を教えるだけな気がするが……。
男達は簡単に声をかけ合うと、剣士、盗賊、魔法使い、騎士の順番で真っすぐに進みだした。
「ここって苔のダンジョンって呼ばれているくらい苔が多いはずじゃなかった?」
え? なにそれ。苔だけにコケにされている感じがして嫌だ。
金髪の剣士が疑問の声を上げると、盗賊のネコ目が印象的な女性が元気よく声をだす。
「あたしも先輩からそう聞いた。でも何か苔なんか全くないよね?」
「誰かが焼き払ったのかしら?」
「こんな初心者ダンジョンで、わざわざ苔を焼き払いにくる奴がいるかよ」
「それもそうだな」
違和感は覚えているようだが、四人とも大して気にはしていないようだ。
まあ、苔なんて俺がダンジョンマスターになった日に全て除去しましたけどね。
基本一階層から五階層まではこれまで通りの広さと石造りで作られているが、六階層からはガラリと雰囲気が変わる。
まあこいつらが、そこまでたどり着けるわけが無いから今回はお披露目にならないけどね。
何事もなく進むと、突然盗賊の女性が静止の声を上げた。
「皆! 敵だよ。あたしの気配察知に反応が引っかかった」
「数は?」
「五だと思う」
「ギルドの情報だと一階層はスライム系ばかりだから、スライムだろう」
「なら楽勝だな!」
「もし取りつかれたら、私が魔法で焼いてあげるからね」
「スライムよりもメルナの魔法の方がよっぽど怖えよ」
「どういう事かしら?」
「どういう事もねえよ。そういう事だよ」
「こらこら二人とも」
魔法使いのメルナと騎士のドレッドがにらみ合う中、剣士のジークが声を挟んだその時、盗賊のシェーラが鋭い声を上げた。
「皆構えて! 多分これスライムじゃないよ」
シェーラの真剣な声に、ジークたちは急いで武器を構えだす。
「スライムじゃないのか?」
「……スライムにしては気配の移動が早いの」
「ならゴブリンかしら」
「どっちでも大丈夫だろ?」
「前からくるよ!」
シェーラのその声と同時に前方の曲がり角から、五匹のゴブリンが飛び出した。
「ゴブリンか!」
「ちょっと待って! こいつら武器持ちだよ!」
「やべえ! アイツ弓持っているぞ!」
「後衛のゴブリンは任せて!」
ジークたちが狼狽える中、メルナは弓を持ったゴブリンをしとめるべく呪文を唱えだす。
「ファイヤーボール!」
メルナの掲げた杖に炎の力が集り、小さな炎となって矢をつがえたゴブリンへと飛んでいく。
しかし、それは盾を持ったゴブリンが受け止めた。
「げっ! コイツ俺よりいい盾を持っていやがる! 意味がわからねえ! ここ一階層だろ?」
とりあえず、武器は全て鉄製です。
「ちょ、ちょっと、このゴブリンあたしより短刀の扱いが上手い気がするん―――きゃっ!」
暇な時は訓練でもしておくように命令しておきました。魔力を上げるって言ったら嬉々として訓練し出したよ。
「くっ! このゴブリン強い。レベルはいくらなんだ!」
えっと、多分五のはず。あ、でも一階層はスライムが多いって言っていたけどスライムの反応が無いんだが。まさかゴブリン達に狩られた?
ダンジョンの一階層の情報を見ると、たくさんいたスライムが一匹たりとも表示されていない。
これはゴブリンが倒してしまったのだろう。
だとしたら、レベル一〇くらいはありそうだな。それはコイツらじゃ勝てないわ。
もしかしたら、二階層でも同じような事が起きているかもしれない。
オーガを配置している所とか大丈夫であろうか。
「痛え! 肩に矢が刺さった!」
ダンジョン情報を確認している間にドレッドとかいう男が苦悶の声を上げた。どうやら、ゴブリンに矢を当てられたらしい。
すると、前衛のドレッドの動きが途端に悪くなり、パーティーはいっそう厳しくなり防戦一方となる。
「撤退だ。メルナ! 目くらまし頼む!」
「ええっ! 分かったわ」
ジークが撤退の指示をだし、メルナがポーチから何やら球体のようなものを取り出した。
それを凝視していたのがいけなかった。
「皆! 目をつぶって!」
メルナが球体を掲げてそう叫ぶと、仲間たちはゴブリンから距離をとり、目をつぶる。
そしてそれを地面へと投げた瞬間に、視界が激しい光に包まれた!
「ぎゃああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ! め、め、目がああああああっ!」
水晶を近くで凝視していた俺はもろに、眼球を光にさらされた。
「め、目があああ。焼ける、焼けるうぅ!」
俺は思わず椅子から転げ落ち、無様に転がる。
ちくしょう、水晶め! 無駄に高性能なグラフィックを発揮しやがって。
おかげで俺にまでダメージがきてしまったじゃないか。
未だ視界ががちかちかとする中。俺は椅子へと這うように戻り、座る。
見ればゴブリン達も俺と同様、いや、至近距離であった分俺以上に悶え苦しんでいる。
その間に、冒険者たちはせっせと扉近くまでダッシュしていた。
くそう、この俺が最後にしてやられるとは。
冒険者め。新人であっても侮れないな。
俺はボロボロに逃げる冒険者たちを睨みながら、ダンジョンをもっと強化することを心に決めたのであった。
あと、水晶も何とかならないのか。
これがあっては、ゆっくりと冒険者を見る事ができん。