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未知への渇望

 

『ノフォフォフォフォ! こっちですよー!』


「待てええええええええ! 本当に待ってくれ! 頼む! 私が人前に出られなくなってしまう」


 五階層の薄暗い廊下の中で、ボックルの楽しげな声と聖騎士の悲鳴が響き渡る。


 聖騎士をからかうのが楽しいのか、全裸で走り回るのが爽快なのか、ボックルの声音が随分と楽しそうである。


 それに対して聖騎士は顔を赤くして必死の表情でそれを追いかけていた。僅かに目元から水滴が出ているのは気のせいではないだろう。


 極上の羞恥の感情がダンジョンへと流れ込む。お陰で負のゲージは先程から増えまくりである。


 全裸となって走り回る自分を追いかけるのはどんな気持ちなのか。男でもこっぱずかしいというのに女性ならば尚更であろうな。


『待てと言われて待つのは犬くらいのものですよ』


 全裸の聖騎士となったボックルがそう言いながら、さらにスピードを上げて走っていく。


 それもわざと入り組んだ道を選んで右に左へ。階層内の地形を活かして聖騎士を撒く気であろう。何て素晴らしき戦法かな。


 しかし、聖騎士も己の尊厳がかかっているのだ。そうやすやすとボックルを見逃すはずがない。


 高レベル故のステータスを駆使して全力ダッシュでボックルへと肉薄する。


 このままでは捕まえられてしまうが、ボックルはバカではない。


『ノフォフォフォ! そーれ! トラップですよ!』


 走りながらも床にあるトラップをわざと踏み抜き、次々と罠を作動させていく。


「んなっ!?」


 聖騎士の横にある壁に穴が空き、そこから勢いよく炎が射出される。


 聖騎士はそれを跳躍することで飛び越えるが、着地するべき地点には泥の落とし穴が待ち構えていた。


「また泥穴なのかーっ!?」


 聖騎士はそのような叫び声を上げて、泥水の中へと派手に飛び込んだ。


 せっかく、前の泥が落ちてきたのに可哀想だな。再び服が泥水を浴びては走りにくいだろうに。ボックルってばそれを見越してやりやがったな。最高だな。


 あの壁から出た炎って本当に一瞬だけしか射出されないから、正しくは突っ切るのが正解だったんだよね。まあ、生物して生きている以上、炎には恐怖するわけで中々そんな判断はできないだろうな。高熱の炎で身を焼かれるかもしれないし。


 いつもは冒険者をビビらせて遊んだり、髪の毛を焦がして遊ぶ罠なんだけどね。


「はっ! あのドッペルゲンガーはどこにいった!」


 泥の落とし穴にはまっていた聖騎士が荒い呼吸をしながらも辺りを見回す。


 何回も落とし穴にはまっているせいか、脱出能力に磨きがかかってきたな。逞しい女だ。


 まあ、己の人生がかかっているというのもあるしな。


 一方、裸のボックルは四階層へと至る階段前広場へと到着していた。


 それから階段の一段目に足をかけたところで振り返り、大きく息を吸う。


『私はこっちですよー! 今から四階層に上がります!』


 聖騎士自身の声を使ってわざわざ煽るために呼びかけるボックル。


 壁に囲まれた階層内は反響がしやすいので、遠く離れた聖騎士にもばっちりと聞こえた。


「んなっ!? 待て! 上には行くな!」


 顔の泥を落とす暇すら惜しいとばかりに走り出す聖騎士。


『ノフォフォフォフォ!』


 ボックルは聖騎士の焦った声を聞いて、楽しげな笑い声を上げて階段を上っていく。


 ボックルが目指す四階層には、一組の冒険者を表す赤いマーカーが存在していた。




 ◆  ◆   ◆




 四階層に早速とばかりに冒険者が存在したので、俺は赤いマーカーをタッチして様子を見てみる。


 そこでは疲れ立てたような顔をしたスキンヘッドの戦士、眠そうな顔をした金髪の冒険者が見晴らしの良い廊下で座り込んでいた。


「あー、疲れたな。ちょいとここで休憩だ」


「ああ、そうでもしないとやってらんねえよ」


 肺から大きく息を吐きながら、壁を背にして座り込む二人。たった四階層だというのに二人の顔色は疲労が濃いように思えた。


 今は聖騎士に構っているのでそこまで冒険者に嫌がらせなんてしてないぞ? 精々、暇潰しに罠を作動させたり、爆竹を放り込むくらいだぞ?


「ここのダンジョンってよお、致死性の高い罠や魔物が少ないのは嬉しいけど質が悪いよな。何だよさっきの戦闘中の罠。俺が斬り込んだ瞬間都合良く地面が沈みやがって」


「ああ、あれは面白……運が悪かったな」


「今面白かったって言おうとしただろ?」


「してないぞ。きっとそういう仕掛けか、床が脆くなっていただけだろう。そこをお前が体重を込めて踏みぬいちまっただけだって」


 残念。息がいい冒険者を見つけたから転かしてみたくなったので、俺が罠を作動させました。反省はしていない。楽しかった。


「まあ、それはいいんだけどさあ!? 何だよさっきのワインドウルフ達は!? 俺が目の前で転んだのにあいつら襲わずに唾をかけて鼻で笑ったんだぜ? おかしいだろ?」


「あんなに舐め腐った態度をとる魔物なんて初めてだったから新鮮だったぞ」


「それはお前がやられてないからそう言えるんだ!」


 フッと鼻で笑う金髪に、落ちている小石を投げつけるスキンヘッド。


 多分、唾をかけたのは俺の傍にいるワインドウルフの仲間であろうな。あいつら聖騎士をからかってからというもの、人を侮辱するのに喜びを覚えたようだから。良い兆候である。きっと彼らはいい魔物に進化するだろう。


「まあ、噛み殺されなくて良かったじゃないか。普通のワインドウルフが相手なら今頃お前はこの世にいないぞ」


「そうなんだけどよお……。何か納得できねえ」


 禿頭をかきつつ、歯切れが悪そうに呟くスキンヘッド。


 まあ、命を頂く代わりにプライドを頂いたのだから中々割り切れないだろうな。


 特にエルフとかここら辺が割り切れないお子ちゃまなので弄びがいがあるんだよ。


 こう鬱憤を溜め込んでむっつりするディルクのようなタイプも好きだよ? どれだけストレスを溜め込ませれば爆発するのか、ドキドキハラハラしつつ挑戦したくなるんだよ。


「それによう! 俺がちょっと気分よく鼻歌歌っていた時のあれは何だよ!?」


「ああ、パンパン音が鳴って煙が出たやつだな。あれには驚いた」


「意味わかんねえよ! 何だよあれ!? いつまたあの音が鳴るかわからないから怖いんだよ! 心臓に悪い!」


 まあ、音と言えば人間の本能から恐怖を想起させるからな。銃などでわざと音を抑えない理由とかもそれに関係するほどだからな。


 ……音かあ。単純な分、結構使い勝手がいいかもなあ。ちょっとここは工夫して試してみるべきだな。


「……あのパンパン音が鳴るやつって何なんだろな?」


 金髪が虚空を見つめながら呟く。


「知るか」


「……見たことないやつだったよな。もう一回見てみたいな」


「相変わらずお前は変な物が好きだよな?」


「未知の物に興味を示すのが冒険者だろ?」


 いや、爆竹を確かめるだけなのに、そんな風に語られても困る。いい話みたいにもっていかないでくれ。


 金髪とスキンヘッドはしばし見つめ合ってからフッと笑い合う。


「いんや、俺はそんなものよりも極上の女を見てえよ。裸ならなお良し!」


「お前こそ相変わらず女が好きだなー」


「へへ、男なら当然よ。何だかんだ言ってお前も――」


 鼻を得意げに触りながら話すスキンヘッドだが、それは金髪の真剣な声に遮られた。


「極上の美女が裸で走ってる!」


「馬鹿言え。ダンジョンの中を裸で走る奴が――いるじゃねえか!? おい!?」


 二人が視線を向ける廊下の先では、聖騎士に化けたボックルが全裸で走って来ていた。


 二人は瞬きすらも惜しまないというように目を見開いて、それをただただジッと眺める。


 そして裸の美女はあっという間に二人の目の前を通り過ぎた。


「どえらい上玉だったな!」


「ああ、見たことがないくらいの美女だが、どっかで見た気がするぞ?」


 スキンヘッドが興奮した様子で話す中、金髪は思い当たる節があるのか小首を傾げる。


「んなことどうでもいいだろう!?」


「ああ、そうだな。今は未知なる女体を求めて冒険あるのみだ」


 ああ、なんて酷い冒険……。だけど、その気持ちは痛いほどわかる。


「「追いかけるぞ!」」


 二人は顔を見合わせて立ち上がる。


 そして、駆け出そうとしたところで遅れてやってきた聖騎士が声をかけた。


「おい、貴様ら! さっきここを全裸の――」


「「あー! もう服を着ちまったのか!?」」


 服や鎧をきちんと装備している本物の聖騎士を見て、この世の終わりのような顔をする二人。


「その台詞だけで十分だ。忘れろ!」


「美女に襲われるのは本望だが、コレは違うぞ!?」




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