ゴブリンとシャドーの脅威
『グギイッ!?』
『グギャアッ!?』
聖騎士の剣線によってゴブリン首が胴体と別れる。
聖騎士は四方をゴブリンに囲まれながらも流れるような剣捌きでゴブリン達を切り捨てる。
二体のゴブリンが斬られる瞬間に、他のゴブリンが足に棍棒を叩きつけようとしたが、聖騎士の回し蹴りによってまとめて吹き飛ばされた。
まるで背中に目があるかのような立ち回りである。
タイミングをずらして飛びかかってきたゴブリン達には、一番驚異がある者を即座に選別。最小の動きであり、次に繋げられるような動作で斬り伏せていく。
このゴブリンの多段階攻撃をやれば、普通の一人の冒険者ならタコ殴りにされるというのに。
相変わらず化け物の動きをする。
ゴブリン達を腕や足で弾き飛ばしていく聖騎士の姿を、俺は呆れたような目で見ていた。
二体、三体と次々と倒されていくゴブリン達。通常ならば剣で捉えられない限り死ぬことはないが、ステータスの差が大きいせいか聖騎士の蹴りや拳を食らい、壁に叩きつけられて死ぬ者も多かった。
ボックルはレイスとなって邪魔をしに行くが、あの剣には聖属性が付与されているらしく迂闊に近寄れないらしい。今では一番に警戒をされて効果はあまりなかった。
五階層の十字路にゴブリンの死体が積み上がり、聖騎士の泥に濁った鎧がゴブリンの血を浴びていく。
ボックルがこのまま何もできないままに見ているとは思えないので、奴が次に起こす行動が楽しみである。
俺がそんな事を思ってわくわくしていると、再びゴブリンが聖騎士に飛びかかった。
タイミングを遅らせたものの二体のゴブリンは、聖騎士にあっという間に撫で斬りにされ、もう一体は小手のついた拳で顔面を殴打された。
そして、最後の短剣を構えて飛びかかったゴブリンには聖騎士が頭を勝ち割らんばかりに剣を振り下ろす。
頭にさっくりと刀身が入り、胴体まで真っ二つにされるかと思いきや、そのゴブリンは空中で身体を器用に逸らして避けた。
「なにっ!?」
聖騎士の端正な表情が驚愕の色に染まる。
その間にゴブリンは空中のまま身を捻って、短剣を聖騎士に叩きつけた。
聖騎士は即座に剣を戻して、短剣を剣で受け止める。
薄暗い十字路に金属と金属の打ち付け合う甲高い音が鳴り響く。
五階層に入って初めて剣を交えたゴブリンだ。
「おお、ゴブリンなのにやるなー。暇な時にやらせている訓練が身を結んだか?」
俺はそのゴブリンを感心したように見つめていると、即座にゴブリンは次の行動へと移った。
その短剣を持ったゴブリンは迂闊に飛び上がるようなことはせずに、聖騎士の足へと執拗に短剣を振るう。
それも全部鎧と鎧の隙間を狙ってだ。
聖騎士は必死にそのゴブリン近付けまいと剣を小さく振るうが、ゴブリンは細かくステップ、直撃しそうになるものは器用に短剣を滑らせて受け流した。
そして、そのまま聖騎士の足を執拗に狙い続ける。
「……ふむ、ここまで強い個体がいるのか」
体格の大きな相手を足元から斬り崩すのは定石だが、攻撃を避けつつここまでできる奴がいるとは感心である。そのままゴブリンが聖騎士を崩し、隙をついてボックルがタッチさえすれば、こちらの勝ちは決定だな。
俺はゴブリンの成長を嬉しく思い、レイスとなったボックルのタイミングを今か今かと待ち続ける。
「くっ! つ、強いな」
小刻みに振るわれる足元からの攻撃に四苦八苦する聖騎士。
聖騎士はゴブリンを近付けまいと剣だけでなく、鞭のような蹴りを放つが全てステップで躱されている。
それでいて攻める時はいきなりスピードを上げて足元を動き回るのだから、大変やりづらいであろう。さらに四方の壁からはいつレイスが飛び出してくるかわからないのであるから。
戦闘の中の緩急を巧く使いこなしているな。
……それにしてもおかしいな。とても十レベル前後のゴブリンの動きに思えないのだが……。
気になったので水晶に映し出された短剣を持つゴブリンをタッチしてみる。
【ゴブリン(ドッペルゲンガー ボックル) レベル三十】
「お前かよ!」
俺は思わず自分の部屋で叫んだ。
ゴブリンの成長ぶりに感心していた俺の気持ちを返してほしい。
どうりでさっきからレイスの姿が見えないと思ったよ。
それでも聖騎士は目の前のゴブリンがドッペルゲンガーとは知らないので、レイスは潜伏していると考えるだろうな。
いるはずのない者を警戒して、戦いの中で視線を四方に向けている聖騎士が少し滑稽だな。
ちょっと低レベルでもいいから、低階層にレイスを導入したいくらいだ。
足元で緩急をつけながら動き回るボックルを俺は応援する。
「いけ! いけ! 触るだけでいいんだ! 触ったら勝ちなんだ!」
俺のそんなエールに応えるようにボックルが聖騎士の足に触れようとするが、サッと足を引かれてしまう。
触るだけで勝ちだというのに、それができないのがもどかしい。
まあ、俺が相手だとしてもゴブリンが触りに来たら全力で避けるからな。爪とかに毒とかありそうだし、魔物が戦闘中に触ってこようとしたら絶対何かあると思うから。
俺がもどかしく思いながらゴブリン(ボックル)と聖騎士の戦闘を眺めていると、ゴブリンが聖騎士に蹴り飛ばされた。
そして、ゴブリンは積み上げられたゴブリンの死体へと激突した。
ゴブリンの死体が崩れ落ちて、ゴブリンとなったボックルの姿を隠す。
「おお! 触ったか!」
思わずボックルに念話を飛ばして尋ねる。
実は聖騎士に蹴られる瞬間にボックルは足に手を伸ばしていたのだ。
ちなみに声が嬉しそうになったのはボックルが蹴られる姿が面白かったからである。
『……残念ながら、触れたのは鎧部分でした。薄い服くらいなら問題ありませんが、分厚い鎧の上だと無理です』
しかし、返って来た言葉は失敗であった。
ボックルのタッチにも色々な制約があるのだなと俺は知った。
「なら次だな。ボールのように何回も蹴られてもいいから行ってこい」
『私は嫌ですよ』
もう一回蹴られる姿が見たいので、突っ込めというが断られてしまった。残念である。
『ギギイッ!』
ゴブリンの姿になったボックルは、周りにいるゴブリンに何かを命令し、自身は形状をドロリと変えてレイスへと変身した。
朧げな骸骨となったボックルはレイスの透過能力で地面へと埋もれる。
なるほど、手練れのゴブリンを演じ、仲間に命令することで存在を主張。
聖騎士の警戒心をゴブリンに大きく向けたところで、レイスとなって強襲か。悪くない案だな。
俺が感心していると一時的に下がっていたゴブリンが突撃しだした。
四体のゴブリンが棍棒やチョッパーを以って聖騎士へと襲いかかる。
先程の短剣ゴブリンとは違うと装備や動きがまったく違うが、聖騎士は油断することなく剣を構える。
それから聖騎士は一歩踏み出し、一刀で首を落とし、続く二体目の胴体を切り裂いた。それから剣を薙いで三体目の首を落とし、空中にいる四体目には跳ねさせるような動きで剣を上げた瞬間、股下の床からレイスとなったボックルが現れた。
「ホーリー!」
聖騎士の体を中心にして白い光が広がる。
それは勢いよく円形に広がり、強い光量を放ちながら悪魔族であるボックル焼く――のではなく、決定的瞬間を見逃さまいと水晶を凝視していた俺の目を焼いた。
「ぎゃああああああああああっ!? またか! またなのかああああああああああっ!?」
椅子から転げ落ちてのたうち回る俺。
眼球が光に晒されたお陰かズキズキと痛む。
本当にこれは何とかならんのか!? 音量に調整にスクリーンショットなんていう機能まであるのに、なぜ強い光を遮断する機能がないんだ!
『おっとっと、掠ってしまいましたか』
「貴様! 悪魔族のドッペルゲンガーか!」
『いえ、違います。ただのシャドーです』
「う、嘘をつくな! シャドーは言葉を話すことができないからな!?」
ボックルと聖騎士が会話をしているのが気になって、俺は這うようにしながら椅子へと座りなおす。
必死に目を開けて映像を見ようとするもチカチカしていてロクに見えない。
ただ青い光と赤い光が見えるだけだ。俺の目玉ってば本当に使えない。
視界の回復を待っていると、チカチカするが大分見えるようになってきた。
「あの黒い影のような体はドッペルゲンガーだ。大体闇属性のシャドーが私のホーリーを掠って生きていられるはずがないだろ。さっきの妙に素早い動きのレイスも貴様だろう?」
『…………』
「まだシャドーのふりをするのか!?」
俺の視界が奪われている間にボックルがドッペルゲンガーだとバレてしまったらしい。
会話だけを聞いて推測すると、レイスなって聖騎士の真下から強襲したボックルだが、聖騎士にホーリーとかいう魔法のせいで失敗したらしい。
ホーリーを全力で回避したボックルだが、間に合わず魔法に被弾。
それによってボックルの変身が解けたのだろう。前に、聖属性の魔法を受ければ変身が解けるって聞いていたしな。
おっと、少し視界がチカチカするがようやく鮮明に見えるようになってきた。
ボックルの姿はゴブリンやレイスではない。ドッペルゲンガーとは対照的に鋭角的なフォルムをした攻撃的な魔物、シャドーだ。腕が異様に長く、その手の先は鉤爪のように尖っており、影から影へと移動する能力を持つ厄介なやつだ。
九階層の嫌われ者筆頭である。
冒険者は嫌がっても無関係な俺は大歓迎だ。人の嫌な事をするがうちのダンジョンの行動指針なのだから。
「ふざけた魔物め! ホーリースラッシュ!」
聖騎士の刀身に光が宿り、白い斬撃が飛び出した。
シャドーに化けたボックルは、即座に影へと潜ってそれを回避。
白い斬撃が積み上がったゴブリンの死体をさらに刻んだ。
影移動便利だなー。これはやはり嫌がらせに使える。
良い事を思いついた俺は、ニヤリと笑ってボックルに念話で策を授けた。
『……マスターが言うならば面白くなりそうなので構いませんよ』
ボックルはそう素直に答えて地表へと上がる。
「……影移動とは厄介な」
『ノフォフォ! 便利な能力でしょ? 次はこちらから参りますよ?』
ずぶりと己の影に沈みながら言うボックル。
「……来い!」
ボックルの不穏な空気を嗅ぎ取った聖騎士は、己の足元の影を警戒するように剣を構える。
それからボックルが影に沈むと、十字路には聖騎士だけがポツリと残された。
大勢いたゴブリン達は、俺が視界を奪われていた時にボックルが退却させたのか、奥の方からひっそりと覗いている程度である。
聖騎士は己の影を最大限に警戒しながら、ゆっくりと周囲へと視線を向ける。
聖騎士の周りにはゴブリン達の死体が溢れているが、どれも結構な距離があるために影に潜って接近してきても効果的とは言えないだろう。
一番近くのゴブリンの死体の影から襲いかかっても、聖騎士は十分に反応して斬り伏せる。
となると、やはり一番有効的な場所は聖騎士自身の影。
聖騎士はそう思ったのか、先ほど執拗に股下を狙ってきたレイスを思い出したのか、露骨に自分の股下の影を警戒しだした。
分かりやすい単純な奴め。
俺が失笑していると、ボックルが指示通りのタイミングで声を響かせた。
『後ろががら空きですよ?』
「後ろか!」
ボックルの声が響くと同時に聖騎士が振り返りながら剣を薙いだ。
しかし、そこは何もない空間であり、剣によってボックルが真っ二つになることはなかった。
「しまった! やはり股下か!?」
焦りの表情で股下へと剣を構える聖騎士。
しかし、そこからシャドーとなったボックルが出てくることはなかった。ただただ変わることのない影が存在しているのみである。
そして、恐る恐る聖騎士が顔を上げると、真正面にあるゴブリン死体の傍からじーっと見つめているボックルがいた。
『…………』
頭部にある赤い瞳が、聖騎士に憐みの視線を送る。
一人で叫んで、何もない空間を切り裂いていたことに気付いた聖騎士は、カッと顔を赤く染めて俯いた。
「……もう、魔物なんて大っ嫌いだ」




