表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/119

聖騎士とコーラ

 

 返報性の原理という心理効果がある。人は他者から善意や好意を受けた際に、その見返りを渡さなければいけないという心理状態に陥る。


 なら他者から悪意を受ければどうなるか――


「よくも私を嵌めてくれたな! あのデュランとかいう冒険者め! ダンジョンから出たらアレクシア教の調査という名目で調べあげて、ぶっ飛ばしてやる!」


 この通り、報復をしなければいけないという心理状態に陥るらしい。


 *この心理状態には個人差があります。この聖騎士さんは単純であり、精神が著しく摩耗しておりますのでご注意を。


 泥の落とし穴から這い出た聖騎士は、見事四階層へといたる階段を見つけたのだ。……隣の通路で。


 それから聖騎士はこれまでの鬱憤を魔物にぶつけるかのように切り刻み進んでいく。


 魔物に散々おちょくられ罠に翻弄されて。


 そして、デュランの悪意によって泥の落とし穴に嵌まり、何度も泥に叩きつけられるという惨めさのせいで限界がきたらしい。


 前半部分はデュランが関与していないのだが、明確に怒りをぶつけられる目標ができてしまったのが最大の理由だろう。


『ギゥッ!?』


 横の通路から飛び出したゴブリン三匹が聖騎士に斬り捨てられる。


 俺にはその剣の軌道が全く見えなかった。聖騎士が剣に手をかけたと思うと、幾筋もの光が奔り、ゴブリン達は頭と胴体がおさらばしていたのだ。


 ドスドスとゴブリンの胴や頭が地面へと落ちていく中、悠然とした足取りで聖騎士が通路を進んでいく。


 先程まで泥にまみれて泣いていた女とは思えないな。


 聖騎士が歩を進ませると、スカイサーペント、イビルアイといった低階層にしては厄介な能力を持つ魔物が立ちはだかる。


 空中を泳ぐスカイサーペントは噛みつこうと口を開ける間もなく断ち切られた。


 味方であるスカイサーペントを斬る瞬間を狙って、イビルアイが目玉から光線を射出するが聖騎士は即座に反応して躱す。


 イビルアイの光線が虚しく石畳を焼いている間に、聖騎士が鋭く踏み込み空を浮くイビルアイを両断。


 聖騎士は両断されたイビルアイに一瞥すらくれず、次の目標であるイビルアイへと最短距離で攻めっていく。


 ディルクはゴブリンとイビルアイを相手に死闘を繰り広げていたというのに、何と一方的な戦いであろうか。


 低階層では厄介な相手と目されるイビルアイもレベル五十六の聖騎士が相手では赤子のようだ。


 理不尽なまでの剣速とパワーに叩き伏せられて、両断されていく魔物達。


 聖騎士が通る道には魔物の死骸が積み上げられる。


 絡め手で攻めなければ一から十までの階層は全てこのようになり、魔物達は根絶やしにされるであろうな。


 ボックルにタッチして来いとはいったけれども大丈夫であろうか?


 ボックルの現在のレベルは確か三十だったはずだ。それに比べて相手は五十六。しかも悪魔族の魔物にとって天敵の聖属性の技を使える聖騎士ときた。


 いくら強靭な身体能力を誇る魔物といえど、まともに戦えば負けてしまうであろう。


 まあ、人の嫌がる事が大好きなボックルが真正面から堂々と戦うとも思えないがな……。




 ◆



 四階層を奥へ進む聖騎士は小さなフロアに入ったところで立ち止まった。


「……宝箱か?」


 宝箱から三歩離れた場所で小首を傾げる聖騎士。


 小首を傾げているのは聖騎士だけではない。水晶を前にして座っている俺自身もそうだ。


 四階層のあんなところに宝箱なんかを設置した記憶が全くないからだ。


 さっきのゴーちゃんとのやり取りで、デュランが宝箱を弄っているとかどうとか言っていたが、あいつの仕業なのだろうか。


 俺が必死に考え抜いて設置した宝箱をあいつが、ルンルン気分で抜き取ったりしていると少し腹が立つな。


 とするとこの宝箱の中身は空っぽで、期待した冒険者が落胆するというオチだろうか。


 それは悪くない悪戯だが、どうせなら魔物部屋をクリアするなり階層主を倒した末に空の宝箱という演出にしてやりたい。強大な試練をやり遂げた時こそ、期待は最も大きくなるものなのだから、そこから落胆へと叩き落としてやりたい。


 お前の成し遂げた事は、何の価値のないものなのだと叩きつけてやりた……おっと、話が逸れてしまった。


「ミミックじゃないだろうな?」


 ミミックという宝箱に擬態する魔物を警戒しているのだろうか。


 聖騎士がしきりに剣で宝箱をつついてみるが宝箱は反応しない。


 残念ながらそれは普通の宝箱だ。魔物であれば俺の水晶に常時表示されているマップに青い点として表示されるので間違いない。


 けれど、ただの宝箱を前にしてレベル五十六の聖騎士がへっぴり腰になっている様は見ていて面白い。人の無知をあざ笑うのは大変面白い事ざます。


 尤も、ミミックであったとしてもこの聖騎士なら襲いかかってきた瞬間にバッサリと斬ってしまえるのがつまらないところだ。


 ディルクであれば不機嫌そうな面に、さらに深い皺を刻んで悪戦苦闘するはずなのに。


「宝を目当てにしているわけではないが、一応開けてみるか」


 己の腕に自信があるが故に、好奇心から宝箱へと手をつける聖騎士。


 そして宝箱をゆっくりと開ける。


 空っぽだと思っていた宝箱の中には、何故か瓶のコーラが入っていた。


 …………何故にコーラ? 意味がわからない。


 俺は宝箱にコーラを入れたことなど一度もないぞ。


 まあ、コーラといえば俺も普段この部屋で飲むジュースだ。考えられるとしたらデュランが俺のコーラを勝手に宝箱の中身とすり替えたという事くらいか?


 まったく、俺の召喚した魔物達の手癖が悪すぎる。今度説教しなければいかんな。


 でも、面白そうなので見守ってみよう。


「これはポーションか? いや、それにしては色が随分と違う。黒いポーションなんて物は聞いたことがないぞ?」


 それはただのコーラです。飲むとシュワシュワして美味しいです。


「何か文字らしきものが書いてあるが全く読めないな。随分と精巧な造りの瓶なのだが……」


 うんうんと唸りながら瓶を様々な角度から観察する聖騎士。


 当然、この世界の文字ではないためにコーラなどと読み取ることは不可能だろう。


 俺が紙に書いてエルフに送りつけた文字は、この世界の文字なので通じたのだ。


 曲りなりにも神に召喚されたのだ。きちんと俺がこの世界の言語に苦労しないように配慮されているのだろう。


「うーむ、ポーションでないのなら飲み物か? それとも毒薬か? いや、ダンジョンは人々を誘き出すために宝箱にアイテムを入れるのだ。そんな物に毒薬を入れるはずがない」


 そんな情報を聞いたら毒薬を入れてあげたくなるじゃないか。


 今度エルフが来たら毒薬入りの宝箱を進呈しよう。


「……どうする少しだけ舐めてみるか? いや、万が一の事もあるしそれは危険だ。持ち帰って改めて調べることにしよう」


 と冷静な判断を下す聖騎士。ここにいる男の冒険者連中なら度胸試しとか馬鹿な事を言い出して飲んでくれるのにな。面白くない。


「しかし、綺麗な瓶だな。いくら傾けても中の水が零れない。よほど腕のある技師が造ったのであろう」


 瓶を上下に振ったり、傾けたりを繰り返す聖騎士。炭酸の入った瓶をそんなに振り回したら……。


 キュポンッ!


 予想通り瓶の蓋が弾けてコーラが噴き出した。


「うなあっ! め、めめ、目がああああああああああああああっ!?」


 瓶から飛び出たコーラは聖騎士の顔面へと直撃。コーラが目に入ったのか聖騎士がゴロゴロとのたうち回る。


「目が熱い!? それに舌が……っ! 舌が痛いぞ! まるで何かに噛みつかれているようだ!」


 とても初々しい反応をありがとうございます。まあ、コーラを初めて飲む人はそう感じるであろうな。


「くっ! これは毒だ! 早く解毒剤を飲まなければ……っ!」


 くっ! とか言うから「くっ! 殺せ!」を聞けるかと思ったじゃないか。期待外れ。


 それにしてもコーラ一つで毒だなんだのと騒ぐ聖騎士を見ていると、とても愉快な人だと改めて思える。


 コーラ一つでこんな醜態をさらすとは。取りあえずコーラで悶える聖騎士が愉快なのでスクリーンショットをしておく。


 今であればボックルが近付いてタッチできるチャンスだというのに勿体ないなぁ。


『マスター、聖騎士はまだ四階層にいるので?』


 ちょうどそんな事を思っていると、ボックルから念話が届いた。


「今、コーラが顔にかかって毒だなんだと騒いでいるからもう少し時間がかかりそうだ」


『ああ、デュランが細工していた宝箱のお陰で随分と愉快な事になっていますね』


「お前も知ってんのかよ!? お前までも俺の物パクったりしていないよな!?」


『では、私は準備があるので』


「うおいっ!?」


 何を盗った!? 何を盗ったんだ!?





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ