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次なる一手のために

 

『マスター、今回は特にねちっこく聖騎士を苛め抜いておりますね』


 聖騎士が泥水にまみれてしくしくと泣いている頃。後ろに控えているボックルが足変わらずむさ苦しい中年神官の格好をしていた。


「まあ、相手はレベル五十六の聖騎士だからな。負のエネルギーを回収した後は、心臓に悪いからさっさと帰ってもらいたいんだ」


 この部屋まで到達すれば俺が殺されるのは当然の事だしな。だって俺ってば一応魔王だし。人類の敵じゃないか。見つかれば絶対にロクでもないことが起きる。


 かといって放置しておけば、浅い階層は聖騎士に蹂躙されてとんでもない量の魔力ポイントを消費するはめになるだろう。


 なので、負のエネルギーだけを絞って、さっさとお帰り頂くのが一番なのである。


 幸いこの聖騎士の知能はエルフとどっこいどっこいなので美味しいっちゃ美味しいのだけどね。


「……ところでお前。その姿は何とかならんのか?」


「この姿ですか?」


 俺は椅子の背もたれに深く腰を預けて、後ろにいる中年オヤジを見上げる。


 銀色の髪をオールバックにした掘り深い顔立ちをした男性。


 黒の神父服を纏い、その上に白のローブを着込んでいる。


 一応は神官としてダンジョンに潜る冒険者なのか、体つきは意外と筋肉質で体格も良い。


 ドッペルゲンガーとしての本能で、他人の身体に変身しておきたい気持ちはわかるが……。


「どうして男なんだっ!? どうせなら女性に変身していてくれよ! むさ苦しいおっさんが近くにいるよりも女性が近くに侍っていてくれた方が断然いいんだが!?」


『……ふむ、女性ですか?』


 椅子から立ち上がりボックルへと熱弁すると、奴は顎に手を当てて考え込む仕草をする。


 それから中年神官の男の姿が一瞬崩れ、瞬く間に体型が変化していく。


 健康的な褐色の肌が現れ、女性特有の曲線美が浮かび上がる。


 身長はすらりと伸びており俺よりも遥かに大きい。


 胸にはパンパンに膨れ上がった胸筋が存在を主張し、その手足は俺の胴体よりも大きい魅力的な――


「――って違う! そんなムキムキ女じゃない! もっとスタンダードな女性にしてくれよ!」


 そんな女冒険者にいつ出会ってタッチしてきたんだよ。俺なら怖くて近づけないぞ。


『マスターが女性に変身しろというからそうしたんですよ?』


「お前、わかっていてやっているよな? わざとだろ?」


『まったく、しょうがないですね』


 やれやれというように溜息を吐いた後に、再び姿を変えるボックル。


 すると、ムキムキ女が幻想であったかのように崩れ、そこには紫色の髪をした色っぽい魔法使いナタリアの姿がそこにあった。


『これでいいですか?』


 言葉遣いはボックルそのものだが、どこかハスキーでねっとりとしたこの声はナタリアのものであった。


「うむ、やはりむさ苦しいオヤジよりも綺麗なお姉さんを見ている方がずっといいな」


 綺麗なお姉さんがいるだけでいつもの部屋が華やかに感じられる。


 ボックルがソファーに座ったり、歩き回るだけの事であっても絵的に美しい。


 中年のオヤジが座っていて身じろぎするよりも、綺麗なお姉さんが足を組み替えたり身じろぎしてくれる方が断然嬉しい。


 声も本人そのものだし、中身がボックルだという事を考えなければ心のオアシスになるだろう。


 しかし、このナタリアとかいうお姉さんの身体はエロイな。


 出るところは出て、引っ込むべきところは引っ込んでいる。


 それでいて肉付きは程よく、どこかムチッとしており四肢はすらっと伸びているのだ。


 貧乳のクルネが突っかかるのも無理はないな。


 今度エルフやクルネが来たら、ナタリアに変身したボックルに煽ってもらって怒らせるか。


 その方向で攻めるのもありだが、これはもっとド派手に使えるな。


 裸になってダンジョンを走り回ったりしてもらうだけで、十分な攻撃力になりそうだ。


「おい、ボックル」


『脱ぎませんよ?』


 俺がちょっと声をかけただけだというのに、ボックルは己の身体を抱きしめるように下がる。


「ち、違うわ! お前は俺をどういう風に思っているんだ!」


 ボックルにすげなく断られた事に対して、心の中で落ち込んでいる俺がいるのも確かだけど、こんな奴に脱いでくださいと頼むのも、命令するのも嫌だ。


『マスターなら、裸になっていやらしい命令を平気でしそうです』


 この野郎! お仕置きと見せかけてそのでかい胸を引きちぎってやろうか。


 それならばお仕置きという大義名分があるので、やましい気持ちなどこれっぽっちもないはずだ。そんな考えが脳裏をよぎったのだが、相手はボックル。


 瞬時にむさ苦しい中年オヤジに変身し、俺がトラウマ級の大ダメージを負う事になる。


 ここは堪えて機を窺うんだ。


『では、何を言おうとしたのです?』


「とりあえず聖騎士にタッチしてこい。それで――」


『聖騎士となった私をひん剝いて欲望の限りを尽くすと?』


「違う!」


 それは実に素晴らしい案だが違う! 


 こいつは俺を性獣か何かだと思っているのだろうか。レベルダウンさせてシバき回してやろうか。


『では聖騎士に変身してどうするので?』


「……決まっている。全裸になってダンジョン内を駆け回るんだ」


『本当に外道な作戦ですね。あの聖騎士の女としての尊厳を砕き、社会的に殺すつもりですか? あの聖騎士に何か恨みがあるので?』


「恨みは特にないけど、あえて言うならばアレクシア教徒だからかな? クソ女神が崇拝されているアレクシア教の聖騎士だし。高レベルで怖いから弱みを握っておきたいんだ。俺達の一番の敵は勇者を擁するアレクシア教だろ? 魔王を打ち倒すような勇者が来てもらっては敵わん。できれば聖騎士を揺すれるだ

 け揺すって、機密情報を頂きたい」


 相手が人間である以上、社会的な対面というものがあるのだ。


 それは誰しもが抱える弱点であるのだから、存分に突いてやればいい。


 相手の弱点を攻めるのは立派な戦略だ。


 こんな弱肉強食の異世界のダンジョンの中で、卑怯だ何だのと抜かす奴があまっちょろいのだ。


 弱点を突くのは常識。むしろ相手を舐めて、それをやらないのは強者の高慢だといえる。


 物語の英雄や勇者でさえ相手の弱点を突き、地形や道具を利用して戦っているのだ。何が悪い? 勇気と知恵とはいいように言い換えたものだ。


『……確かに、我々にとって一番恐ろしいのは勇者ですからね。力を蓄えるにしろ、勇者やアレクシア教の情報を集めるのは必要な事ですしね』


「ああ、聖騎士も追い払えるし、勇者やアレクシア教についてもわかる。一石二鳥だ。そして何より――」


『私達が楽しい!』


「俺達が楽しい!」


 まるで示し合わせたかのように俺達は笑い合う。


 そう、そういう事。楽しまなくては損じゃないか。自分の手を汚さず、安全な位置から嫌がらせをする事の何と楽しい事か。ダンジョンマスターとは世界で一番愉快な遊戯ではなかろうか。





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