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聖騎士またもや騙される

期間が空いてしまい申し訳ないです。

 

「いやー、助かった。私一人では四階層への階段を見つけることができなくてな」


『まあ、このダンジョンは結構広いからな』


「まったくだ。それにここにいる魔物は妙に脚が速くて追いかけるにも一苦労。同じような壁が続くせいか、走り回ったら自分がどこにいるのか把握できなくなる。厄介なダンジョンだ」


 聖騎士とデュランが横に並びながら三階層を進む。


 聖騎士は久しぶりに人と出会えたのが嬉しいのか、今までの苦労を聞いて欲しいというように言葉を吐いていく。


 それを聞いているデュランはさも真摯に聞き入っているかのように頷いたりしている。


 恐らくこの聖騎士がどのような罠に嵌っていたり、どのような思考をしているか分析しているだけであろう。相手がどんな考えをしているか分かれば、これから相手を罠に嵌めるのが簡単になるしな。


 そんな親身のような態度の中にどす黒い悪意があるとは知らず、どこか嬉しそうにデュランに話し続ける聖騎士。滑稽だ。


 デュランも、この聖騎士は大して分析するまでもなく単純なヤツだとわかったであろう。


 時折、デュランが聖騎士を励ましたり明るくさせるかのような笑い声は、本気の嘲笑だろう。


 俺には豪快な笑い声の後に「そんな簡単な罠にも気付かなかったのかよ」という声が響いている。というかさっきからひっきりなしに念話で届いている。


 何だろう。遠巻きに腹黒い女子の会話を聞いている気分だ。


 奴等は常に言葉に裏の意味を込めて、悪意という名のジャブを繰り出す格闘選手である。


 そのジャブの良さは誰もがピカ一で、とてつもない破壊力を秘めているのだ。


 しかもそれが相手に気取られないように、巧妙に隠して放つときた。とんでもない奴等である。


 その腹黒い精神には時折、俺も驚かされて見習わなければと思う程だ。


「ところで四階層へと降りる階段はどこに隠されているのだろうか? 私は数時間うろついても見つからなかったのだが……」


 聖騎士の話題がダンジョンの話に戻り、デュランが得意げに話す。


『そりゃそうだ。四階層への階段は普通に探しても見つからねえからな』


 まあ、現在進行形で壁ゴーレムが階段前を塞いでおりますからねぇ。


「どういうことだ?」


『この階層には今までのように奥に階段がある造りじゃないからな』


「なに!? だったらどこにあるんだ!?」


 デュランの話す驚くべき事実に聖騎士が詰め寄る。


 俺もそんな話は聞いたことがない。


『この通路を真っすぐに進むと微妙に色の違った石畳がある。それを踏めば落とし穴の罠が起動する。それを回避せずにわざと落ちれば……』


「そこに四階層へと至る階段があるというわけかっ!?」


 おめでたい。おめでたいぞ聖騎士。


「……くっ! 何という悪辣な仕掛けなんだ。今まで散々落とし穴の罠を使い警戒させてこれとは……。ここのダンジョンマスターはやはり狡猾な奴だ」


 拳を握りしめて悔しそうに呟く聖騎士。


 知恵が回る、機転が利くと言って欲しい。


『まあ、後は真っすぐ進むだけだから行けるよな?』


「ああ、ありがとう! 本当に助かった! 次にあった時は飯でも奢らせてくれ」


『おう! 期待しているぜ!』


 優しい案内に感激した聖騎士は、デュランの手を握ってから軽やかな足取りで駆け出した。


 これで長い間彷徨っていた三階層から抜け出せるという淡い希望を抱いて。


 美しい金髪の髪をなびかせて走る聖騎士の表情は、今までで一番輝いていた。


 希望という名の光を見つけた人の笑顔は美しい。と何かの本で書いていた気がするがそれは同感だ。だってそれは希望から絶望へと陥れられた時の表情を一層艶やかに、滑稽に彩ってくれるからだ。


 物事には対比をするからこそ美しいものがある。


 元気よく駆け出す聖騎士の背中姿を眺めているデュランは、意地の悪い鼻息を鳴らす。


 それから俺は水晶の映像を落とし穴の地点へと切り替える。


 一生懸命に舌の石畳の色の違いを探しながら、通路を突っ切る聖騎士。


「これだな!」


 そして、色の少し薄い石畳を見つけて表情に花を開かせた。それからデュークの言葉を微塵も疑わず聖騎士は石畳の上へと着地した。


 石畳がグッと沈み、床に大きな穴が空く。


「……ぬっ? ちょっ! これは泥水ってぬわぁぁぁあああああああっつ!?」


 通路内に聖騎士の悲鳴と粘着質のある水の音が響き渡った。


 やはり希望から絶望へと突き落とされた人の表情は美しく、面白い。




 ◆



 三階層の通路内で女性の唸り声のようなものが響き渡る。


「階段なんてどこにもないではないかああああああああああああっ!?」


 身体中ドロドロになった聖騎士が雄叫びを上げる。


 女性のものとは思えない獣じみた絶叫に、見ている俺も少しドン引きだ。


 聖騎士の美しく艶のある金髪は、今となっては大量の泥にまみれて茶色く変色。


 白銀の輝きを見せた甲冑も見る影もなく、汚い泥を滴らせてみすぼらしいものとなっていた。


 今のこの姿を見れば、誰もこいつがアレクシア教の聖騎士だとは思うまい。精々が、どこかの戦争で破れた敗残兵といったところであろうか。


「デュランとかいう冒険者は私を騙したのだな!? 私の話をさも自分の事にように親身に聞いてくれる優しさと剛毅さ持ち合わせる良い冒険者だと思っていたのに何故だっ!? 私は彼に恨まれるような事をしたであろうか!?」


 己の手が泥まみれであるというのにも関わらず、頭を掻きむしる聖騎士。


 恨みとかそんな感情なんてない。ちょっかいをかけるのが面白いからやったのだと思う。


 聖騎士を嘘の情報を教えて泥の落とし穴の中に突っ込ませた本人は、満足そうに壁ゴーレムを引き連れて四階層に隠してある転移陣へと向かっている。


「いや、待て! ただ単に泥で隠れているだけで本当は階段が隠されているのでは……っ!」


 自分は騙されていない。そんな事実はなく、これは卑劣なダンジョンマスターの仕掛けなのだと言い聞かせるように呟く聖騎士。


 現実逃避をした聖騎士は、のっそのっそと絡みつく泥に足を取られそうになりながら辺りの壁をペチペチと叩く。


 それから四方の壁に泥の手形を散々作った後。


「だ、騙された……」


 ついに現実を見た聖騎士が力無く項垂れた。


 それから一分ほど呆然としていた聖騎士は、復活したのかようやく動き出した。


「くよくよしていてどうする。前に進まなければ。これくらいの汚れなど雨の日の訓練で経験しているじゃないか。問題ない」


 そう自分を叱咤するようにのっそのっそと壁に向かって歩き出す聖騎士。


 泥の落とし穴は閉じ込めるタイプの落とし穴ではないので、他人にロープで引っ張り上げなくても頑張れば自力で登れる仕組みになっている。


 なぜ絶壁にして一人では脱出できないようにしないかって? 


 だってそれだと助けがくるまでずっと閉じ込められて退屈だろう?


 この頑張れば自力で登れるというところがキモなのだ。


 人は正常ならば泥水に浸かりたい、浸かっていたいなどと思うだろうか? それはほとんどの人が否であり、一刻も早くこの不快な場所から脱出しようとするはずだ。


 そんな時に壁に窪みやとっかかり、果てには足場があれば人はどう思うだろうか。


 よし、これを使って自分で登ってやろうと思うだろう。


「……ふむ、これなら一人でも登れそうだな……」


 自分ならできると意気込んで。それがこの罠の第二段階特性である。


「まずはここに足を置いて――んなあっ!?」


 ちょうどいい高さにある出っ張りに足をかけた聖騎士だが、出っ張りが途中で折れてしまいバランスを崩した。


 ステータスも高く、訓練を積んでいる普段の聖騎士ならばこれくらい持ちこたえることができたであろう。


 しかし、ここは泥水の中。それにあえて粘度を上げるように少量のセメントやヘドロを混ぜ込んでいるために、上手くバランスを取ることができなく――


 結果、綺麗に背中から倒れ込んだ。


 盛大に泥しぶきを上げて倒れ込む聖騎士。


 うはははははは! 実に愉快愉快! 今すぐ聖騎士の傍へと駆けつけて囁いてやりたい。


 何度も泥水に倒れ込む気分はどんな気分か。


 惨めであろう惨めであろう。何度も臭くて冷たい泥水に塗れるのは。


 自分の身体が汚されていくようであり、プライドや精神がゴリゴリと減っていくであろう。


 そう、これこそが泥水落とし穴の第二形態だ。


 あえて一人で登れるようにするが、泥で滑り何度も泥水に塗れることになるのが狙いだ。


 ちなみに最初に聖騎士が目を付けた出っ張りは、わざと登りやすい位置に設置しているがかなり脆いので、体重をかければ絶対に折れる仕組みだ。


 さて、聖騎士はこれからどうするのかと期待して見守っていると。


「…………もう、帰りたい。惨めだ……」


 両手で顔を覆ってわっと泣き出した。


 頑張れ。あと三回泥水に塗れたら多分出られるだろうから。





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