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聖騎士は三階層を彷徨う

題名を見ても、ダンジョンものだとわからないので、わかりやすいように変えてみました。


ご指摘を受けました、聖騎士の名前の方を修正いたしました。リオン=シルフィードです。シルフォードではございません。シツレイいたしました。

「……よ、ようやく出られた」


 穴から這い出た聖騎士が、ダンジョン内の僅かな灯りに目を細める。


 一時間もの間、落とし穴に嵌っていたので僅かな光でも眩しく感じてしまうのだろう。


 道を引き返した聖騎士は、看板の指す道とは反対に足を進めたところで落とし穴にかかったのだ。


 一時間という既定の束縛時間を終えて、空いていた穴が自動で閉まる。


 それを見て聖騎士がどこか死んだ目をしながら呟いていた。


「……致死性の危険はなかったが故の巧妙さなのか。閉じ込められるだけで時間が経てば解放される。人間の心を削りにきている悪辣な罠だ」


 悪辣とは失礼な。効率的で知性溢れる罠と言え。


 穴が完全に閉まるのを見送ると、聖騎士は気怠そうに通路を進みだす。


 罠にかかり、暗くて狭い落とし穴の中で一時間もの間を不安に過ごしたのだ。


 憔悴もするだろう。


 見れば聖騎士はこの一時間で少し老け込んだような気がする。


 金色の波打つような髪はほつれ、身体中は砂埃にまみれていた。


 ここから出られるのか。息は続くのか、助けはくるのか。上から魔物は降ってこないかなどと様々なマイナスのイメージが浮かんだだろう。


 人間とは本能的に闇を恐れる生き物だ。短時間でも聖騎士にかかったストレスは大きなものであっただろう。


「もう帰ってしまおうかな……っていかんいかん! 私はアレクシア様のお告げを達成するためにここへとやってきたのだ! 一階層で逃げ帰ってどうする!」


 一瞬弱々しい言葉を吐いた聖騎士だが、ハッと我に返る。


 そして自らの頬を両手でペチペチと叩き、己を叱咤した。


 ふむ、もう少し罠にかけ続けてやれば憔悴しそうだな。とりあえず、もう少し進ませて聖騎士を休ませないようにしてやろう。


 五六レベル、とんでもない強さを持った聖騎士だが所詮は人間。食事は必要だし、睡眠もいる、疲れだって感じるしな。じっくりいこうではないか。




 それから聖騎士は罠にかかりながらも前進。三階層までやってきた。


 落とし穴系の罠には弱いのか、二回ほど引っかかっていたが、丸太のような気絶狙いの罠は全て迎撃できている。


 ワイヤーにかかれば、空気の音から丸太の方向を察知して一閃。華麗に切り裂いて丸太を回避するのだ。タライやスライムが落ちてきても同じく切り裂く、または回避。


 この惚れ惚れするような迎撃や回避をディルクが行える日は来るのだろうか。


 それにしても最近ディルクを見ていない気がする。前回見たのはボーンククリとデュランが落書きした日であろうか。


 まあ、奴のことはいい。あれも頑固な奴だ。いずれエルフや騎士を引き連れてやって来るであろう。今は、聖騎士だ。


 水晶を操作して三階層のマップを見ていると、大きな青いアイコンが表示されていた。


「ん?」


 このマークはデュランやボックルといった主だった奴のアイコンだ。ボックルが黙って迎撃に行ったのか? なとど思い、後方を見るとボックルがベこ太に柿ピーを与えていた。


『ほーら、柿ピーですよー』


『ぶにゃ』


 ボックルの手に乗る柿ピーを貪るようにして食べるべこ太。


 おかしい。俺が柿ピーをやる時は手までガブッといくのに。もしかして俺だけ嫌われているのか?


 思わず椅子から離れて確かめたい衝動に駆られるが、今はそんな時ではない。


 このアイコンが誰かという事だ。


 ボックルでないとすれば、消去法として奴が上がるのだが……。


 恐る恐る俺はアイコンをタッチ。すると、


『おーし、おーし! そこだ! 違うもうちょっと右! そう! そこそこ! そこだ!』


 などと壁に向かって叫ぶデュランの姿が。


 こいつは三階層で一体何をやっているのだろうか? 


 デュランの前には、ただの壁があるだけで人や魔物らしい存在は全く見受けられない。


 ただ、俺の水晶ではデュランの目の前に青い小さなアイコンが表示されていた。


 これはまぎれもなく魔物である表示だ。しかし、水晶に移しだされた映像ではただの壁だけなのだが。


「デュラン、そこで何をやっているんだ?」


 デュランの行動と魔物が気になり、念話を飛ばす。


『おお、マスターか! 実はゴーちゃんに面白い魔物を貰ったんだ!』


「面白い魔物?」


『じゃーん! 壁ゴーレムだ!』


「壁ゴーレム?」


 壁を誇らしげに指さすデュラン。


 ゴーレム系統なのだからゴーちゃんが召喚したゴーレムなのだろう。しかし、デュランの指さしたところにあるのは壁なのだが。


『マスター、これはストーンゴーレムを板状に改良したものなんだぜ! ほれ、動いて見ろ』


 デュランが誇らしげに説明し、指示を出すと壁が突如として動いた。


 正方形状の身体を持ち、下には短い足が生え、横には短い腕が生えている。


 そして中心部分には確かにゴーレム特有の光る目が存在した。まるで妖怪塗り壁のようなゴーレムである。


「おお、これは凄いな」


 この壁に擬態させたゴーレムを配置すれば、冒険者達は永遠に同じ階層を彷徨うはめになるのではないだろうか。


 ダンジョンの壁は通常、かなりの分厚さと硬度を持っているので誰も壊そうとは思わない。なので、壁を壊して進んでやろうなんて考えないだろう。ダンジョンの常識を上手くついた作戦である。


『へへへ、これで冒険者を楽に誘導できるってわけだよ。それにいざとなったら身を隠すのにも使えるしな』


「やるなあデュラン! お前が考えて作らせたのか!?」


 ちょっとデュランが一から考えて作らせたとしたら天才だぞ。


『いや、ゴーちゃんが戦争ごっこで板状の盾ゴーレムとか使っているのを見て、思いついただけだ』


 ……あいつらの遊ぶ戦争ごっこがそこまで進歩していたとは。案外馬鹿にできないものだな。


 今度からはもう少しあいつらの様子を見る事にしよう。


「ちょうど今、三階層にレベル五十六の聖騎士がいるんだ。早速そいつに試してみようか」


『レベル五十六!? そりゃ、すげえ奴が来たなあ!』


「一体一で戦ったらデュランの方が負ける確率が高いから戦うなよ?」


 デュランはアンデッド族の魔物なので、聖騎士との相性は最悪だと思われる。屈強な防御力を誇るデュラハンといえど、聖属性の攻撃を食らえば傷がつくであろう。


 悪魔系であるボックルは少し耐性があるのだが、元々戦闘向きの魔物でもないのでこちらも危うくて心配だ。


 まあ、そんな風に真正面から戦わせる気はさらさらないのだが。


『おう! わかってるって。今は戦うよりもこいつを使っていいように誘導するのが楽しみなんだ』


 ガハハと笑いながら、壁ゴーレムを叩くデュラン。


 この様子なら無暗に戦ったりすることはなさそうだ。


「マップを見れば、そこは四階層へと至る通路の道だな。そこに壁ゴーレムを設置していれば、次の階層に降りる階段に気付かないだろう。疲れるまで三階層を彷徨い歩いてもらうか……」



 ◆



「……おかしい。四階層へと降りる階段が見つからない」


 俺が優雅に紅茶を楽しむ間、聖騎士は三時間ほど三階層をうろついていた。


 首をせわしなく回してどこかに見落としている場所はないのか、どこか焦ったように歩き回っている。


 そんな必死に階段を探している聖騎士だが、たった今壁ゴーレムが塞いでいる階段へと至る通路を通り過ぎたところだ。


 知っていますか聖騎士さん。貴方はすでに何回も出口を通り過ぎていますのよ?


 うはははは! 三階層のマップを俯瞰しつつ、聖騎士の焦りと苛立ちの混ざった表情を見ていると、自分の手の平で躍らせているという支配感が湧いてきてすこぶる愉快だ。


 安全な場所から少しずつ相手の体力を削り、嫌がらせをする。それを咎める無粋な奴もここにはいない。


 ああ、ダンジョンマスターとは何て素晴らしい職業なのだろうか。


 そんな風に自分とダンジョンに酔いしれながら、俺は画面に視線を落とす。


 通路では聖騎士が速足であっちを歩いてはこっちを歩いており、餌を求めて歩くクマのようである。


 そしてデュランはと言えば、随分と性格がよろしいことで壁ゴーレムの後ろから僅かに隙間を開けて聖騎士の様子を観察していた。自分の首の口元を押さえて、肩を震わせているようだ。楽しそうである。


 そんな舐められた事をされているとは全く知らない聖騎士は、頭を手で搔きながらツカツカとひたすらに足を進める。


 さっきから靴音が大きいのは通路内で反響しているだけでなく、苛立たしさから無意識に強く音を立ててしまっているのだろう。


 そんなせいか、聖騎士の大きな足音を察知して周囲の魔物が寄ってきていた。


 暗い通路の奥から赤い目がいくつも怪しく輝く。


 そして、ダンジョン内で放たれる燐光の光が僅かに当たり、ひたひたと聖騎士へと近付く四足獣のシルエットが現れた。


 灰色の荒々しい体毛にオオカミのような凶暴な顔。それを歪ませて唸り声を上げている。群れで行動するオオカミ型の魔物。ワインドウルフだ。


「ちっ、また魔物か」


 魔物の気配に気付いた聖騎士が思わず舌打ちをしながら、剣に手をかける。


 さっさと次の階層へと至る階段を探したい時に現れる魔物は、鬱陶しいことこの上ないだろう。


 序盤で先に進めずに、敵とばかり遭遇することに腹立たしさを感じない者はいないだろう。ゲームのような簡単な戦闘システムでも苛立つのに、現実で真剣勝負となれば苛立つのはなおさらだ。


 俺が命令したわけでもなく、聖騎士が不用意に大きな足音を立てるから起きた事なのだ。自業自得だ。ワインドウルフよ、ナイスだ。


 ワインドウルフが四体、聖騎士を半包囲するように位置につく。


 そして一際大きなワインドウルフが大きく口を開けて、


『オオオオオオオオンッ!』


 空気を震わせる遠吠えを上げた。その声は三階層にあるいくつもの通路を駆け抜けた。


 そして、遠くから呼応するかのようにいくつもの遠吠えが反響してくる。


 三階層で一番厄介なのはワインドウルフに見つかることである。一つのグループが遠吠えを上げて、階層に散らばった仲間を呼ぶ。


 即座に殲滅して切り抜けねば、何十という数で囲まれてしまうのだ。


「そこをどいてもらう!」


 ならば、することはただ一つ。合流する前に殲滅し、逃げることである。例え高レベルの聖騎士でも狭いダンジョン内で、何十もの魔物と戦闘するのは勘弁したいのであろう。


 聖騎士が剣を両手で構えて駆け出す。それに合わせてワインドウルフ達も凄まじい勢いで突っ込んできた。


 数十メートルはあった間合いがあっという間に消失していく。


『オオオオン!』


 一体のワインドウルフが聖騎士の喉笛へと食らいつこうと飛びかかる。


 聖騎士は突っ込みながら僅かに体をずらし、ワインドウルフの口に添えるように剣を当てる。そして、すれ違うと同時にワインドウルフの口角から胴体まで刃が引き裂いた。


 赤黒い血を噴出させたワインドウルフは、着地することなくドサリと地面に落下した。


 そしてそのまま聖騎士は、足へと接近している一体の胴体を両断。さらに腹へと飛びかかってきた一体に縦に振り下ろした剣で身体の中心から真っ二つにした。


「あとはお前だけだ」


 残ったワインドウルフのリーダーが仲間の死に怯み、一歩、二歩と引き下がる。


 それでも精一杯己を奮い立たせる為低く喉を鳴らす。


『グルルル』


 上半身を突っ伏すようにし、下半身を高く突き上げている様は今にも突っ込みそうだ。


『……グルルル』


 ワインドウルフが鋭い眼光で聖騎士を睨み付ける。


 ……五秒、十秒、十五秒。ワインドウルフはいつまで経っても突っ込まない。


 そのまま間合いやタイミングを計る、戦闘者だけの時間が緩やかに流れる。


 そんな緊張感溢れる空気を打ち破ったのは、聖騎士の後方から聞こえる遠吠えであった。


『オオオオオオオン』


「な!? 貴様! 時間稼ぎをしていたのか!」


 ふと我に返って、驚愕の声を上げる聖騎士。


『グワン!』


「魔物の癖に小賢しい真似を!」


 うちのダンジョンにいるワインドウルフは賢く、待てができる子のなのである。


 あの場で突っ込むのが魔物ならではのお約束だが、うちのワインドウルフには関係ありません。しっかり待てができるように教育させております。


『オオオオオオオオン!』


 聖騎士の後方からいくつもの遠吠えが上がり、ワインドウルフの集団の足音が聞こえる。


 それらはいくつもの通路からやってき、群れと群れが合流を繰り返して大群となる。


「何という数だ」


 聖騎士が後方をちらりと確認して汗を垂らす中、対峙しているワインドウルフが聖騎士へと駆け出す。


「む!」


 すかさず聖騎士が剣を握り直して待ち受ける――が、ワインドウルフは聖騎士の目の前で反転。そのまま後方に大きく跳躍した。


『グルン』


 そして、聖騎士をせせら笑うように表情を歪ませる。


 ああ、俺の教育は間違っていなかった。このワインドウルフ最高だわ。


 わかってる。このワインドウルフは聖騎士の嫌な事をわかっているよ。


 こいつは後で回収して褒美を与えるとしよう。きっといい感じに育つはずだ。


「貴様私を舐め腐っているな!? たかが魔物の分際で私をバカにして! 許さん! 絶対に討伐してやる!」


 聖騎士が顔を真っ赤に染めていきり立つ。混じりっけのない純粋な怒りだ。負のエネルギーの放出ありがとうございます!


 それにしてもコイツは、前方のワインドウルフに気を取られすぎて、後方から迫る大群の事をすっかり忘れているのではないだろうか。


『オオオオオオン!』


「はっ! そうだ。今はグズグズしている場合ではない! さっさとコイツを叩き斬って逃げねば――って、コラ! 待て! 逃げるな!」


 身の危険を感じたワインドウルフは猛スピードで逃亡。聖騎士もそれを追いかけるように逃走を開始した。




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