昔は皆素直だったのに
「何なのだ。何なのだあいつらは! このダンジョンは! ……一階層に女性の下着が飾ってあるだと!? パンツがご神体だと!? 意味が分からない!」
薄暗い石造りの通路を聖騎士がヒステリックに叫びながら進む。
大丈夫。お前の理解と納得など誰も求めていないから。俺はただ求める者へとパンツを与えただけだ。まあ、俺も深く理解はできていないのだが。
意味がわからない。どうして私が責められねばならんなどとぶつくさ呟きながら足を進める聖騎士。
通路内は静寂に満ちており、聖騎士の苛立たしげな足音と声が響き渡る。
聖騎士だという偉そうな位についていたのだ。ここ最近は理不尽な目や怒られることなどなかったのだろう。案外心が弱そうだと思ったが、二十歳にしてレベルが五十六という強さもある。それは血の滲むような戦闘経験があるという事。生半可な精神力ではないのかもしれん。
第一、あのような出来事に出くわせば俺だって文句も言いたくもなるしな。
まだ決めつけるのは早いな。一先ずは様子だ。
「それにしても、あの女性下着は綺麗にコーティングされて飾られていたな。あんなものをあの信者だけで設置できるわけがない。ダンジョンと一体化しているようだったし……恐らくダンジョンマスターの仕業だな……」
歩きながら考え込む聖騎士。
俺が飾ってやったが何だというのだ。
「となると、ここのダンジョンマスターは余程の変態だな。世の中には女性の下着を好む男性がいると聞くが、まさか衆目となる場所にて晒すのを好む者がいるとは……」
「違うから!」
俺は思わず、水晶にへばりついて抗議の声を上げる。無駄だとは知りつつもやらずにはいられなかった。
『ノフォフォ! マスター、一階層の大広間にどでかくパンツを飾っていては否定できませんよ』
後方からおかしそうに笑うボックル。
ぐっ……そう言われればそうかもしれん。言い返せないのが悔しい。
腹いせに振り返って魔王パンチをするが、ボックルにするりと躱されてしまう。
本気でレベリングを考えた方がいいのかもしれない。自分で召喚した魔物に動くなと命じて経験値とか得られないだろうか? それができればすぐにでもレベルアップできるのだが。
「まあいい。そんな下劣なダンジョンマスターの命も今日が最期だ。私が討ち取ってやる」
「よし、絶対あの聖騎士のパンツも剥いで奉ってやる! これは絶対だ!」
『またしてもご神体とやらが増えるのですね』
◆
「はあっ!」
聖騎士の呼気と共に白刃が振り抜かれる。
『ギャウッ!?』
それと共に跳びかかってきたゴブリン二匹の首から血しぶきが上がる。
その二匹を倒して一呼吸つく瞬間に聖騎士の胸元へと弓が飛んでくるが、聖騎士は剣を振るって弾く。
ゴブリンの前衛を倒して一呼吸入れる瞬間に弓を放つ指示を出したのだが、あっさりと弾かれてしまった。並みの冒険者なら体勢を崩したり、刺さってくれたりするのだが聖騎士は揺るぎもしない。
レベル五十六の聖騎士は伊達ではないな。
「……むっ、やけにゴブリン達の練度が高い。それと妙に戦術が嫌らしいな。低階層のゴブリン如きがこの実力……侮れないな」
表情を険しくしてゴブリン達を睨み付ける聖騎士。
聖騎士の気迫に怯えるようにゴブリン達が後退する。
その隙を見逃さなかった聖騎士は地面を蹴って前進。周囲を取り囲むゴブリンへと自ら斬りかかった。
流れるような動作で聖騎士が次々と剣を振るう。一息つく瞬間に三匹のゴブリンの首が飛んだ。それに遅れて気付いたゴブリン達は、反撃しようと動き出したが聖騎士の動きに全くついていくことができず、あっという間に血の海に沈んだ。
散り囲んでいたゴブリンが一瞬でやられた事を悟った弓兵ゴブリンは、背を向けて走り出す。
しかし、聖騎士はそれを逃すことなく駆け出す。
『ギウッ!?』
目にも止まらぬ速さで迫った聖騎士は、走り出した勢いを乗せたまま一閃。
どさりとゴブリンが崩れ落ちた。
それから聖騎士は油断なく剣を構えて、険しい表情のまま辺りを警戒。
それからしばらくして剣を鞘へと納めた。
水晶越しにそれを見た俺は疲れたように息を吐き、身体を椅子の背もたれへと預けた。
「……おい、レベル五十六ってとんでもないな。レベルが上がるとあんなに凄いのか?」
現在、レベル三十五のボックルに俺は尋ねた。
俺は未だにレベルが一なのでそこらへんは全く分からない。
『そうですね。それもありますが彼女自身の身体の使い方が素晴らしいですね。強化された身体能力に振り回されることなく、無駄のない動きですね』
なるほど、あの動きは聖騎士自身の実力というわけか。
いつもスライムキングに追い返される、四十レベル近い冒険者とは全く違うな。
まあ、前回は運悪く反則的な強さを持つゴーちゃんに出会ってしまっただけなのだが。
ともかく、まともにやり合っていては魔物を消費するだけだな。
「ここは罠や絡め手で攻めるが吉だな」
まずは罠で様子見だ。
◆
『この先、右に進め』
「……む? これは看板か?」
ゴブリンとの戦闘を終えた聖騎士が、前方にある看板を目にして首を傾げる。
低階層では多く使用しております、相手を惑わせる看板でございます。
その効果はエルフや騎士を筆頭にして、多くの冒険者達に悔し涙を流させています。
「ふむ、先に通った冒険者がマーキングでもしておいたのだろうか」
あらやだ。この聖騎士さんったら凄く素直な子じゃない。いや、でも場合によったらそうともとれるけど。
「……この聖騎士は素直だな」
『マスターのせいで、最近ここに訪れる冒険者は皆疑り深くなっているようですよ』
「まあ、あいつらは頭が悪い癖に無駄に考えるから、ドツボに嵌っているんだけどな」
ちょっと知恵をつけたり経験がある奴は、傲り、油断するものだから手の平で転がしやすいものだ。今までにある知識と経験のせいで罠に引っかかっていると何故気付かないのか。
見ているだけで笑える。
『マスターは今日もとても良い笑顔をしてます』
「そうか? ありがとな」
何てやり取りをしていると、聖騎士が迷いのない足取りで右側へと進みだした。
疑ってエルフみたいに穴に落ちそうになるのを期待したのだが残念だ。
まあ、罠がある方が正しい道なのだけれど。
それから聖騎士が右の道を歩くことしばらく。
『ダンジョンに看板なんてあるわけねーだろ。おめでたい頭してるなー』
「…………」
端正な顔つきをした聖騎士が、呆然とした表情で壁を見つめている。
「……ま、まさかあの看板は悪意によるものだったのか?」
喚いたエルフとは違い、落胆したように手をつく聖騎士。
何というか純粋に善意による案内だと思っていたが故に、怒りというよりもショックというものが強かったらしい。
エルフのように壁を殴りでもすれば、魔物部屋と化して面白いことになるのに。少し期待外れである。
「……道を戻るか。あれは冒険者の悪戯で正解は左側なのだろう」
すくっと立ち上がり、自分にそう言い聞かせるように呟いて、来た道を引き返す聖騎士。
次に罠にかかる頃には、ダンジョンマスターである俺への恨みごとに変わるであろうな。
たがが外れた聖騎士を見るのが楽しみである。




