聖騎士がやってきた
純情な男心を弄んだボックルの所業により、カッツのパーティーは崩壊。
女性達はゴミを見るような視線をカッツに向けて、嫌悪感を露わにしていた。
女性陣の悪感情とカッツの絶望の感情はダンジョンの負のエネルギー供給に大いに貢献してくれた。もっとも帰る道の雰囲気は悲惨そのものだったが……。
そんな当の本人は人間関係に傷を入れる事に愉悦を感じたのか、是非とも人間について知りたいといい、勉強をしていた。
「美香子!」
「優斗さん!」
「……もう離さないからな」
浜辺にて二人の男女が抱き合う感動的なシーン。会う事が許されなかった二人が十年ぶりに会う事ができたというところだ。
そんな甘くて切ない恋の映画を、人間観察と称して大人しく座って見ている二体の魔物。
デュランとボックルだ。
このシーンを見て、この二体が思っている事はというと……。
『ハハハ! ボックルならこのタイミングで女とすり替わるよな?』
『デュランさんはわかっていますね。そうですね。この改めて見つめ合うシーンで女性から男性に変身してやるのがいいですね。または、こんなのもありますよ。ここでヒロインの親友に変身し優斗と抱き合う。そして遅れてやってきた美香子にそれを見せつけて関係をこじらせてやるのです!』
こいつらは何て酷い事を考えているんだ。だが、俺も同じような事を考えていたので突っ込むこともできない。
『おお! あれだな? マスターが大好きな昼ドラとかいう奴だな? ドロドロとした三角関係のやつ!』
『ああ、マスターはああいう醜い本性を現したドロドロとした関係を滅ぶまで眺めるのが大好きなようですので、この手の作品が多く寝室にありますね』
ボックルさんはよくお分かりだこと。
『マスターはいい性格してんなあ』
『ちなみにそれに紛れて、下から二列目の端から三番目に女性の裸が……』
ちょ! 何でお前がそこまで知ってんだよ!?
俺はボックルのその台詞を聞いて、真っ先に寝室へと向かった。
鍵付きの棚を魔力と引き換えに召喚した俺は、秘蔵コレクションをそこへと放り込んだ。
これで一安心とばかりに水晶の部屋へと戻って座り直すと、二体は別のDVDを見ているようだった。
『……なあ、この王女様はどうしてこんな一般市民に惚れたんだ?』
デュランが心底分からないというようにボックルへと尋ねる。
いいじゃないか、そこらへんは気にするなよ。夢がないな。
『恐らく、彼の王女扱いしない言動と行動が王女には新鮮に思えて惹かれたのでしょう』
そうそう。王道的だがそういうものだ。
人は自分にないものや、違ったものに惹かれる性質もある。王女様の気が惹かれるのも無理は……。
『何だそれ? ただの無礼者じゃねえか』
そう言われると、そう思えるな。
『この学園での校則では、お互いの身分に関係なく生活することが求められていますので、決して咎められることではないですが、主人公の行動はやや無礼ともいえますね』
『ぞんざいに扱ってもらえれば王女は喜ぶのか!? 変態だな!?』
デュランが王女に対してとんでもなく無礼な事を言う。
『まあ、ヒロインを見る限りその気があるのは確かですね。何度も袖にされているというのに、嬉々として話しかけていますし』
どうしよう、本当にそんな風に思えてきた。
今まで問題なく見ていた作品だったのに、今では変態王女の学園生活としか思えなくなってしまった。
◆
「ベこ太―! こっちにおいで」
ダンジョン内を増築して階層を増やし、色々と働いた俺は気分転換にベこ太と戯れることにした。
大きなソファーへと移動して部屋の端に寝転がるベこ太を呼び、こっちに来いとばかりに太ももを叩く。
『ぶにゃあ』
すると、いつもは面倒くさそうな視線を送ってきたり、無視したりと駄々を捏ねるベこ太が素直に移動してきたのだ。
面倒くさがりのコイツが何と珍しい!
いつになく素直なベこ太を見て、俺は上機嫌になる。
「今日はやけに素直だなー。ベこ太!」
太ももの上に乗っかってきたベこ太は、俺の太ももだけでは収まらずソファーにまで身体を投げ出していた。コイツは大きいので仕方がない。
何、このモフモフな感触さえあればそれでいい。
俺が上機嫌にベこ太を撫でていると、突如ベこ太の姿が中年の男に変わった。
「どわあああああああああっ!? 何で俺の太ももの上に中年のオヤジが乗っているんだよ!?」
ソファーから跳ねるようにして起き上がると、中年オヤジが床へと落ちる。
『ノフォフォフォフォ! マスター、神官の姿をしたボックルですよ!』
道理で見た事のあるオヤジだと思ったら、パンツ教のリーダーかよ。というか何だその笑い方は。
「お前かボックル! 何て気持ち悪い事をしてくれるんだ。中年オヤジに膝枕をしてしまった俺はトラウマものだぞ!?」
俺は手近にあるクッションを投げてやるが、すっと躱されてしまう。
何が楽しくてむさ苦しいオヤジに膝枕をせねばならないのか。今後俺はあの神官を見る度に今日の膝枕を思い出してしまうのか……。何ていやらしい嫌がらせ。
穏やかな気持ちでベこ太を撫でていた俺の気持ちを返して欲しい。どうせなら真実に気付かないままが良かった。真実とは残酷なものである。
「どうして……どうして美少女にしてくれなかったんだ。ナイスバディなナタリアとか他にも候補はあるだろう……!?」
俺が血反吐を吐くように呻くとボックルは。
『こっちの方がマスターが嫌がるからに決まっているじゃないですか』
シレッとそんな事を言うボックルに、俺は掴みかかった。
「お前はマスターである俺を舐め腐っているな!? この間だって勝手に人のコレクションを漁りやがって!」
こいつに映画なんて見せるんじゃなかった。人が嫌がる事をピンポイントでやってきやがって。
『ノフォフォフォ! マスターが何も知らずに私を愛でていると思うとおかしくて仕方がありませんでした! あと、コレクションは偶然ですよ』
俺の怒りものらりくらりと流して、妙な笑い声を上げるボックル。
俺がそんなボックルに魔王パンチを食らわせてやろうかと思っていると、水晶から音が鳴った。
冒険者が侵入してきた事を知らせる音である。
『……確認しなくても良いのですか?』
神官の姿をしたボックルが俺に胸ぐらを掴まれたまま言う。
何だろう。ボックルの余裕のある態度が憎くてしょうがない。
しょうがないがコイツを相手に喧嘩しても勝てるか微妙なので、大人しく水晶を確認する。
俺ってば魔王でもレベル一だからな。レベルを上げておいた方がいいのかもしれん。
そんな事を思いながら、侵入者のステータスを確認。
名前 リオン=シルフィード
種族 人間
性別 女性
年齢 二十
職業 聖騎士
レベル 五十六
称号 女神アレクシアの加護(小)
……とんでもない奴がやってきたぞ!?
新作『俺はデュラハン。首を探している』
よければどうぞ。
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