プロローグ 神託の巫女
聖アレクシア法国、首都アレクシア。
人間大陸にある国の中でもっとも歴史ある国であり、多くの土地と民を抱えている。
大きな特徴としては、聖と美を司る女神アレクシアを信仰しており、アレクシア教を国教とする宗教国ということ。
それだけあって、人々が行き交う大通りには多くの法衣を着た神官、シスター、騎士といった者達が多く道を歩いてた。
彼らが足を進める先には、白亜の城を思わせる豪奢な城のような建物――アレクシア神殿が立っていた。
その中の一室である祈祷の間は薄暗い。壁に埋められているのが蒼いステンドガラスのせいというのもあるが、ここは神殿の中でもとりわけ特別な場所。
外の世界から隔絶するためである。
一切の音がしない静謐なる空間。いくつもの蝋燭が室内をほのかに照らす。
祭壇の前には跪き、長柄の杖にすがりつくように祈りを捧げる一人の少女。
身体のラインが一切でない、白と青を基調とした法衣に身を包んでいる。
僅かに出ている肌の部分は白く、雪のようで、僅かに差し込む光が、その少女の美しい金の髪に反射する。
神託の巫女ソフィア。
女神アレクシアからの言葉を唯一聞く事のできる少女。
魔王に対抗する力を持った勇者を異世界より呼びよせる方法。災害の預言などなど。
女神アレクシアからの声を巫女が聞き、人々に伝えたお陰で、人間達は幾多の危機を乗り越えてきた。
大国と言われる聖アレクシア法国といえど、神託を受ける事ができる巫女は一人しかいない。遥か昔には、神託を受け取ることのできる巫女が複数人いたという記録が残っていたが、過去の事だ。
先代の巫女が亡くなる、もしくは寿命を迎えると、次の巫女が女神によって選ばれる。
元々田舎の村に住む農民であったソフィアは、先代の巫女アリアの最期の神託によって選ばれた少女だ。
ソフィアが微動だにせず祈りを捧げる中、天より光が舞い降りた。
舞台の主役のようにスポットライトを当てるかのような光。それは優しくソフィアを包み込む。その間に、ソフィアは微動だにしない。
しばらくすると光が溶けるかのように消えていき、室内は蝋燭と僅かに差し込んだ程度の薄暗いものへと戻る。
ソフィアは長いまつ毛をゆっくりと持ち上げる。すると、そこには美しい緑の宝石が姿を現した。
ソフィアはゆっくりとした動作で立ち上がる。
「神託が下ったか?」
ソフィアの背中に投げかけられる男の声。彼の低い声は祈祷の間によく響いた。
ソフィアが振り返ると法衣の裾が流れるように揺れた。
その視線の先には、ソフィアと同じような法衣に身を包む男が扉の前にいた。
祭壇へと近付く事は巫女である者しか許されないからである。
「……はい、マグラード枢機卿。女神アレクシア様より神託が下りました」
「……そうか」
マグラード枢機卿と呼ばれた男は、やはりと言うように呟いた。
魔王エルザガンによる聖剣の勇者、藤島勇仁の敗北。
ここ最近になかったほどの大事件。今では国の最高戦力、人々の希望と言われし勇者が魔王に敗北したのだ。人々の不安は計り知れない。
魔王エルザガンは依然として、この国から近い位置で陣取っている。
勇者、藤島勇仁は強さこそ他の勇者に劣るが、実力は十分にある勇者だ。
今回の魔王エルザガンの討伐遠征も、女神アレクシアによる神託による後押しもあって進められたもの。
上手くいくはずだと誰もが思っていたが結果は無残な敗北であった。
勇者パーティーは死亡してこそいないが、誰もが重傷。
女神アレクシアの加護が施されていた聖剣もへし折られてしまった。
さらに追い打ちをかけるように、首都から遠い村落周辺で発生した魔物の大群。
慌てて他の勇者を送り込んだものの、いくつかの村落が壊滅してしまった。
偶然に起こったものだとは思えない。
何か世で起きているのではないかと睨んだマグラードは、ここの所毎日ソフィアを祈祷の間にて祈らせていた。
「アレクシア様は何と?」
「はい、『我が国と魔族大陸の境にあるダンジョンを調べよ。そこに諸悪の根源の影がある』と仰っていました」
「……やはり、今回の事件は偶然ではなかったか。我が国と魔族大陸の境にあるダンジョンと言えば、リエラの街の近くにあるコケのダンジョン、山脈にある洞窟ダンジョンなどがあるな」
「はい。そこに勇者を送り込めと」
落ち着いた表情を保っていた、マグラードがその言葉を聞いて顔をしかめる。
「しかし、今そこに勇者を送り込むのは難しいぞ。南の村落に派遣した勇者も魔物の大群を警戒して離れられん。他の勇者も魔王エルザガンに備えて国にも置いておく必要がある」
「ですが、アレクシア様は勇者を送れと――」
「なら、私が行って参りましょう」
マグラードに異を唱えようとしたソフィアの言葉が、扉の開く音と凛とした声によって遮られる。
現れたのは白銀の鎧に包まれた金髪碧眼の女性。鎧には丁寧な金色の模様があり、動きやすさを追求したせいか、ソフィアとは反対に美しい体のラインが現れている。
「……聖騎士リオン」
「おお! 勇者に匹敵する実力を持つ、聖騎士リオンならば問題なかろう。我が国と魔族大陸の境にあるダンジョンを調べてくるがよい」
代わりとなる者が申し出てくれることに喜ぶマグラード。
マグラードは遠くでソフィアがむっとした表情をしているが気にしない。
今勇者を国境へと送り込むことは状況的に無理なのだ。
勿論神託は優先順位の高いものだが、様々な思惑や国の状況が絡んでくると、全てをその通りにはできないのだ。
それを巫女であるソフィアにはわかっていないとマグラードは心の中で思った。
「はっ! 聖騎士リオン=シルフィード行って参ります」
マグラードから許可をもらったリオンは一礼すると、金色の髪を翻して退室していった。
その足取りは軽い。
それに続いて、巫女であるソフィアにこれ以上何か言われたらたまらないとばかりに、マグラードも退室する。
祭壇前に立つソフィアはしばらくしてから大きな溜息を吐いた。
「もう……女神様に文句を言われるのは私なんですから」
次回から幸助に戻ります!
巫女さんも大変なのです。




