邪神の加護
「いつ見ても神々しい輝きだな」
「……ああ、本当だな。あれを神様だと崇める気はないが、美しいものは見ているだけで癒されるな。ここら一帯に神聖な空気を感じる気がする」
いつものようにダンジョン内の様子を観察している俺。
大広間では二人の男の冒険者がしみじみと呟いていた。今はブルーライトで照らしているからそう思えるだけだろう。
神々しい光を放つパンツが見れるという噂は、すでに冒険者達の間ではかなり広まっている。ダンジョンに入る前に、ご神体を眺めるという行為も珍しくもなくなってきた。
「神聖といえばそうだった。なあ知ってるか? 例の噂」
「あん? 何だ急に? 『ダガー』と『ボーンククリ』の事か? あれと神聖がどう関係するんだよ?」
間違っても奴等の事を神聖とは言えない。決して。
「違えよ。そっちも最近街を賑わす噂になってるけどよ。真面目な方だ。ほら、例の勇者パーティーの」
「勇者? 国の最高戦力である勇者様がどうかしたのかよ?」
「その様子だと知らねえんだな?」
「何だよ? 何かあったのか?」
知らなかった男が少し苛立ち気味に尋ねる。
この世界にいる勇者の情報に興味があるぞ。俺からしたら命を狙って来るであろう敵でしかないからな。もしものために備えて、聞いておきたい。
「勇者パーティーが魔王に負けたらしいぜ?」
おおぉ! 勇者ざまぁ! きっと邪神界の邪神様も大喜びをしているに違いない。
『女神の僕を負かしてやったぜ!』とか言ってそうだ。
「本当かよ! どの勇者が誰に負けたんだ? 魔王アルキメデスか?」
「聖アレクシア法国の勇者、藤島勇仁のパーティーだ。相手はアレクシア法国に一番近い位置にいる、魔王エルザガンらしいぞ」
「聖剣の勇者様が負けるとはな……死んだのか?」
「いや、死んではいないが意識不明の重体で聖剣をへし折られたらしいぞ」
おお、自慢の聖剣をへし折ってあげるとは、エルザガンとやらは随分いいご趣味をしておられる。相手の戦意を挫いた上での駄目押しだな?
それにしても藤島勇仁か。全く知らない奴だ。
異世界召喚が女神のせいで多く行われているとはいえ、都合よく知り合いだった。なんてことあるはずがないしな。世界の規模で考えると、同じ日本人がいることでも奇跡といってもいいくらいだ。
「……まじかよ。聖剣って折れるんだな。女神アレクシアの絶対の加護があるんじゃなかったのかよ。で、魔王エルザガンってそんなに強いのか?」
「わからん。アルキメデスのように大昔から存在する魔王じゃないと思うがなぁ。この間は南の国の田舎が魔物の大群に呑み込まれて壊滅したって聞くし、最近物騒になったもんだ」
「魔物の大群に、魔王エルザガン。アレクシア法国も大変だな……」
それから二人はダンジョンへと潜っていき、勇者と魔王についての会話は終わった。
ふむ、俺の転送した負のエネルギーをどう使っているのか、よくわからんが楽しそうなことをしているもんだ。
確か、負のエネルギーを魔王や魔族、魔物に与えて強化するんだったよな?
あの邪神達の性格を考えると、普通に魔王を強化したとは考えにくいな。何か自分達の利でありながら面白い事をやっているはずだろう。
邪神達が力を得るには魔の者の信仰心。盲目的でありながら狂信的な信者を作るのがいいだろう。敬虔なる信者を作るとなると、死の淵から救い上げるような行いだろうな……。
思考を終えると水晶の映像を切り、軽く伸びする。
『ぶにゃー』
すると。部屋の隅で気持ち良さそうに横になっている、ベこ太の鳴き声が聞こえてきた。
どうやら欠伸だったらしい。
べこ太は俺の気分で部屋に呼んだりしている猫又の魔物だ。見た目は白い毛並みのペルシャ猫を太らせて丸くした感じだ。ずんぐりとした身体の後ろでは二つに別れた尻尾がふよふよと動いている。
優雅に動く尻尾を見つめていると何となく面白い。
尻尾だけが別の生き物のように動く様を見つめて、椅子から下り、部屋の奥へと向かう。
設置された食糧倉庫にある水晶を操作して、己の魔力と引き換えに柿ピーを取り出した。
それから食器棚から皿を取り出して、柿ピーをキャットフードのようにザラーっと入れる。
「おーい、べこ太。オヤツだぞー」
俺が声をかけると、べこ太は眠たそうに細めていた瞳をカッと開く。
それから、のっそのっそと俺の足元へやって来る。
自分の食べる分を確保して皿を床に置くと、べこ太が頭を突っ込んで食べだす。
柿ピーの砕かれるカリコリといった音が室内に響き渡る。
頭を皿に埋めるかのようにして食べる、べこ太の頭や身体を撫でる。
モフモフした毛並みと暖かい体温が伝わってくる。
「あー、癒されるわー」
左手に乗せた自分の柿ピーを食べながらべこ太を撫で続けると、べこ太の動きが不意に止まり、こちらを見上げてきた。
何だ? 嫌がってるのか? と思ったのだが、べこ太の金色の瞳は得物を狙うかのように俺の左手にある柿ピーを凝視していた。
まったくとんだいやしんぼさんだ。
俺は微笑みながら自分の左手をべこ太の口元に持っていった。
『……ぶにゃ』
……やっぱり俺の指ごと口に入れやがった。
俺の指を咥えて離さないべこ太から何とか指を引き抜くと、視界の端で何かが発光しているのを感じた。
「な、何だ?」
『ぶにゃ?』
光のする方へと視線を向けると、部屋の中央にある水晶が紫紺色の光を放っていた。
水晶が光る状態といったら、負のエネルギーが満タンになった時くらいだ。
しかし、負のエネルギーはこの間転送したばかり。今日も水晶を見て容量を確認したが、まだまだ満タンには程遠かった。
俺が疑問に思う間にも、水晶は紫紺色の光を怪しく発しながら呼吸をするかのように点滅している。
まるで水晶が俺を呼んでいるかのようだった。
水晶の下へと近寄り、触れてみる。
すると、最初の水晶に触れた時のように文字が浮かび上がった。
『ダンジョンマスター黒井幸助の魔力を確認……邪神の加護を強化します』




