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神の聖域

 

「……あ、まな板エル――ぐわふぉっ!?」


 最初に口を開いた男に風魔法が直撃する。


 男は空中で錐もみ回転をしながら吹き飛び、糸の切れた人形のように動かなくなってしまった。やはり、ディルクでないと吹っ飛び方がいまいちである。奴なら軽く十メートルは滑って行ったはずだ。


 華麗なるマグロ滑りの称号は伊達ではないという事だな。


「カッツー!」


 仲間の冒険者が吹き飛ばされてぐったりとしたカッツを見て、悲痛な声を上げる。


 それから、その男はまな板エルフを睨み付け、


「カッツに何てことをするんだ! まな板エル――ごふぉっ!?」


 カッツと同じ末路を辿った。


「うっさいわね! 次に私を侮辱するような言葉を言ったら切り刻むわよ!」


 有無を言わないまな板エルフの迫力に男達が一斉に一歩引き下がる。


「おいおい、保護者の『ダガー』はどうしたんだよ!?」


「ダガーなら全身鎧を階層主に溶かされて休暇中だぞ」


「じゃあ、もう一人の保護者の『ボーンククリ』はどうした!?」


「あいつならこの間の事件から見てねえぞ。多分、宿屋に引きこもってるんだろうぜ」


「それじゃあ、今日はあの狂犬エルフだけかよ! 一体誰があいつの保護者をやるんだよ!?」


 冒険者の男達が声を潜めて話し合う。


 まな板エルフの暴走を止められる保護者が、諸事情により来ていないせいで誰も止めることができないらしい。


 エルフは形の良い眉を吊り上げて、パンツの展示されている所へと歩き出す。


 誰もが声を発することができない中、カツカツとブーツの音が大広間に鳴り響く。


「どきなさい!」


 行く手を遮るようにしていた男達が、エルフの一喝で道を開ける。


 エルフに保護者がいない今、どんな事をしでかすかわからない。男達はそれを悟って大人しく道を開けたのであろう。


 パンツを展示して壁の前までやってくると、エルフは視線を上げる。


「わ、私のパンツをあんな所に……!」


 わなわなと肩を震わせるエルフ。


 屈辱にまみれて歪む端正な顔が堪らない。


 女性のもっとも美しい表情は屈辱そうな顔だと俺は思うんだ。


 さてさて、負のエネルギーは順調に溜まっているだろうか?


 ちらりと水晶を見てみると、凄まじい勢いで負のエネルギーが溜まっていくのがわかる。


 さすがはうちのナンバーワン供給源。他の有象無象とはわけが違う。


 いるだけで負のエネルギーを燃え上がらせ、垂れ流すエルフが来たんだ。


 ここはちょっかいでもかけて、さらに燃え上がらせるとしようか。


 俺は近くにあるテーブルから紙とペンを取り、すらすらと文章を書いていく。


 そしてそれをエルフの目の前に転送する。


 水晶を見ると、エルフの目の前に一枚の紙がひらひらと舞い落ちた。


「なっ!? ……何かしら?」


 突然目の前に現れた紙に戸惑いながらも、エルフは拾い上げる。


 いきなり現れた紙をすぐに拾い上げるだなんて。


 爆弾を送りつけたとしても、こいつなら警戒もせずに拾い上げそうだ。


『腹に書かれたインクはとれたのか?』


「きー! やっぱりここのダンジョンマスターの仕業だったのね! 信じられない! 本当にここの主には一発拳を入れてやらないと気が済まないわ!」


 紙に目を通したエルフはそれをビリビリに破き、ご丁寧に足の裏で破片をぐりぐりと踏みつぶす。それもヒステリックな叫び声付きで。


 紙に文字を書いて送りつけるだけで、負のエネルギーを供給してくれるだなんて随分と安上がりなエルフである。


 毎回送りつければ、さすがのエルフでも耐性がつきそうだが、ほどほどにしてやれば十分効果が望める。


 魔力も全く使わずにお大変エコでお得だ。


 安全な位置から攻撃をするという事は何とも愉快なことであろうか。


『で、インクは取れたか?』


 再びの転送。


 現在エルフは上半身を覆うようなコルセットの防具を装備している。


 実は油性インクが取れていなくて、隠すための装備なんじゃないの? この間はわりと軽装でお腹とか結構見えていたし怪しすぎる。


「と、取れたわよ! 取れたに決まっているじゃない!」


 ははん? 怪しい反応だな? 本当はインクが落ちてないんじゃないか?


 いやでも体型が貧相なんだし、ごしごしと身体を洗うことができるから楽にインクが落とせたのかもしれない。


 ここで脱げと送っても脱ぐわけはないだろうし、後で確かめる事にしよう。


「あたしのパンツ返してもらうわよ!」


 顔を真っ赤にしたエルフは紙が現れた虚空を睨みながら叫んだ。


 勿論、紙をビリビリに引き裂いてから。


 全く、女性がパンツパンツと連呼しないで頂きたい。


 それなのにパンツを飾って見世物にしたら怒り狂うとはどういう事なのか。


「『クリエイトアース』ッ!」


 エルフが呪文を唱えると床から魔方陣が現れる。


 そこから一気に土が飛び出し、パンツの高さまでの階段を築き上げる。


 それを見た周りの男達が感嘆の声を上げる。


「おお! 魔法だけは凄いな」


 魔法だけはとか言われているあたり、このエルフの評価がいかに低空飛行かということがわかる。


 だけとか言ってやるなよ。


 見てくれだけはマシなんだから。口を開かせたらアウトだがな。


 自分の行使した魔法にどよめく男達に気分を良くしたのか、エルフは薄い胸を張って悠然と階段を上る。


 こういうすぐに増長するタイプの嵌めやすさといったら、ちょろいなんてもんじゃない。


 階段を上り、パンツの目の前へとやってきたエルフは、光り輝くパンツをしげしげと眺める。


 ここで俺は自らの失態に気付いた。


 どうせならナイスバディのマネキンにパンツを穿かせて、エルフ自身の貧相な身体つきと比べさせて、劣等感を抱かせてやれば良かった!


 何とも惜しい事をした。


 くっそう、今日エルフがここに来ると知っていれば色々と知恵を絞りだす時間があったものの……。


 俺の予測が甘かった。まさか、こうも早くアイツ一人だけでやって来るとは。


「ふん、随分と綺麗なガラスじゃないの。持って帰って売りとばしたら結構な額になりそうね」


 とか言いながらガラスへと手を伸ばすエルフ。


「……? 取れないわね」


 取っ手や窪みを探して開けようとしているのか、エルフはベタベタとガラスを触る。


 それから、開ける場所が無いと判断したのか、ダガーの柄を勢いよくガラスに叩きつけた。


 ああ、ハンスの事じゃないからな? 武器の方のダガーだ。いや、あいつのも武器っちゃ武器だが……。


 お前は空き巣か! 売りとばしたら結構なお金になりそうとか言いながら、迷いなく柄をガラスに叩きつけやがった。


 美しい展示品に対する乱暴な行動に、冒険者の男達が悲鳴を上げる。


 しかし、ガラスからは甲高い音は鳴らず、代わりに鈍い音が大広間に響き渡った。


「なっ!?」


 自分の想像していたガラスの強度と違ったのか、エルフが柄で二回、三回と続けてガラスを強打する。


 それでもガラスはヒビひとつ入る事なく、柄を跳ね返し続ける。


 神聖なる領域は侵されることなく、依然と美しい輝きを放っている。


「……ガラスをあんなに強打しても割れないだなんて。どうなっているんだ?」


「あれを見ればわかります。パンツの神様の力です。見なさい、あの神々しい光を。何者にも穢されることのない純白の輝きを……」


 戦士風の男に諭すように言ったのは、神官風の男だ。


 自分が信仰する神様とあれを同列にしてもいいのかよ。


 エルフが必死に柄を振るうその下では、神官の言葉に感激した男達がそれを眺めていた。


 後方では女性冒険者がゴミを見るような目で神官を見ている。


「ちょっと! 誰か斧かハンマーを貸しなさいよ!」


 自分のパンツを目の前にしても取り返す事のできない事に焦れたのか、エルフが声を荒げる。男達はさすがに斧やハンマーで叩けばあの聖域が壊れるのではないか、と思ったのか

 困惑している。


「私のメイスを使って下さい」


 そこで名乗りを上げたのが、意外な事に神官の男だ


「おいおい! どういう事だよ神官さん!」


 つい先程までパンツの神聖さを説いていた神官が、その聖域を壊す手助けをしようとしているのだ。戦士の男が憤慨するのは当たり前だ。


「大丈夫です。信じなさい。神は何者にも穢されませんよ」


 神官はにっこりと微笑みながら、エルフへと愛用のメイスを差し出す。


 エルフはメイスを受け取ると、両手で持ち小さめのスイングをして振り心地を確かめている。


 ――神の領域は何者にも穢されない。


 その言葉を信じた男達が、スイングをするエルフの姿を固唾を呑んで見守る。


 自分の力が入りやすいポイントを見つけたのか、エルフは「よし!」と呟くとメイスを大きく振りかぶった。


 そしてそれはパンツを守る強化ガラスへと吸い込まれ、そして、


 ガラスがメイスを弾いた。


「――なっ!?」


 大広間ではエルフの驚愕の声が響く中、男達は歓声を上げた。


 ガラスは依然としてヒビひとつ入る事なく、パンツは――神は、威容ある姿を保っていた。





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