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魔王エルザガン

 

「くそっ! 忌々しい人間め!」


 俺は残り少ない魔力を絞り出すようにして、魔力による衝撃波を放つ。


 男は俺の魔力の衝撃を受けて後方へと吹き飛ぶ。


 普通の人間であれば俺の濃密な魔力を浴びただけで精神崩壊を引き起こすのだが、この男、勇者と呼ばれる男には通じない。


 奴は空中で宙返りをしながら綺麗に着地をする。身に纏った白銀の全身鎧の重さを感じさせないかのような動きだ。


「勇仁! 大丈夫!?」


「ああ! 俺は大丈夫だ!」


 着地して、剣を構え直す勇者に駆け寄る人間の女。勇者の仲間である魔法使いだ。


「朱莉は大丈夫だったかい?」


「ええ、大きな魔法使っちゃって魔力は


 減ったけれど、まだ戦えるわ!」


 くそっ! 魔法使いの女の一人も足止めできんとは使えない部下達だ。


 俺は舌打ちするのを必死で堪えて、人間共を睨みつける。


 現在、俺の城に攻め入ってきた勇者を筆頭とした数千の騎士達は、俺の城を押し潰さんとする勢いだ。


 俺の部下である魔族や魔物達の殆どが出払っており、この大広間にいるのは現在俺と勇者と魔法使いの女一人。


 ここにたどり着くには俺の部下でもマシな実力を持つ、魔族を倒さなければやって来れない。


 それなのに魔法使いがここにいるという事は、先程の言っていた通り倒されたという事だ。


 俺の魔力も心許ない、逃げる事だけを最優先に考えれば……。


 一瞬、情けない思考に陥りかけて俺は慌てて首を振る。


 誇り高き魔王であるこの俺が、既に逃亡という手段を考えている事に悔しさや屈辱といった感情が溢れかえってくる。


 落ち着け、魔王エルザガン。


 相手を分析するんだ。


 身体能力、魔力、レベル共に相手の方が低いのだが、奴は特赦な能力や装備をいくつも手にしている。


 特にあの勇者という男が持つ聖剣は危険だ。


 あれは魔王である俺の強靭な肉体をいともたやすく切り裂く能力を持つ聖なる属性を持つもの。


 忌まわしき女神の力が宿った剣だ。


 奴の持つ聖剣は青白いオーラを纏っており、空気が陽炎のように揺らめいている。


 あの聖剣から放たれるオーラによって、我が居城である城の空気が汚されていくのがわかり、とても不愉快だ。


 今すぐあの聖剣をへし折ってやりたくなる。


 それにあの白銀の鎧はよほど強い魔法抵抗力があるのか、俺の魔法を受けても致命傷にはいたらない。あれも聖剣と同じく聖なる力を感じる。恐らくはあれも女神から授かったとかいう物か。


 今すぐあの鎧へとまたがり殴りつけたくなる。


 今すぐ跳びかかりたくなるような気持ちを落ち着かせて、俺は冷静に考える。


 とにかく、警戒するべきはあの剣だ。魔法使いの方は魔力が少ないようだし、何とかなるだろう。やりたくはないが、最悪の場合は魔法使いを人質としてでも……。


「おう、お二人さんも無事だったか」


 息を吐いて鋭い目つきを送ったところで、またも現れる人間の男。


「健! 来てくれたか!」


 金の籠手を装備した大柄な男。特に特徴的な顔つきはしていないが故に、金色に輝く籠手が酷く目立つ。


 キラキラとした光物ばかり装備しやがって、とんだ成金勇者達だな! 今の勇者はこんな奴らばかりなのか?


「次々と虫のように湧き出しやがって……」


「こいつが魔王エルザガンだな? さすがは魔王。他の奴等とは比べ物にならねえオーラをしてやがる」


 三対一となってはさすがにキツイが、魔王であるこの俺がおめおめと逃げることなどできない。


 人間など返り討ちにしてくれるわ!


 俺は距離を詰めさせないためにも、先手必勝とばかりに魔法を繰り出した。

 魔王エルザガンの力! 思い知るがいい!





 結果から言うと無理だった。


 勇者一人相手にするだけでもギリギリだったのに、三対一とかで勝てるはずがない。


 今の俺は肩から腹にかけての部分を聖剣でばっさりと斬られ、地へと突っ伏している。


「……くっ、おのれ……!」


 腹部が焼けるように熱く、俺を苛む。聖剣が帯びる聖属性のせいだ。


 口の中が鉄臭い。腕に力を入れて立ち上がろうとするが、力が入らない。

 無様に地へと突っ伏した状態で、俺は勇者達を睨みつける。


 何なのだ、あの勇者と男の成金装備は。


 俺が魔力を込めて作った障壁にヒビを入れるわ、人の放った魔法をポンポンと弾くわと好き放題しやがって。


 異世界から召喚された勇者? 調子に乗るな! 所詮は愚かで脆弱な人間共!お前らはただ黙って俺達魔族の支配を受け入れればよいのだ。


 怒濤のように怒りの感情が押し寄せてくるが、身体は応えてはくれない。


「……これで終わりだ」


 勇者である男が聖剣を手にして、俺の下へと歩み寄る。ギラリと聖剣が鈍い煌めきを放つ。


 近付いてくる死の音。


 このまま何もせずにいれば間違いなく俺は死ぬ。


 それなのに俺の身体は、聖剣に斬られた影響と魔力を使い果たしたことによる魔力不足によって倦怠感が襲いかかり、上手く動いてはくれない。動こうとするとフッと力が抜けていくのだ。


 その間にも死は無慈悲にも近寄ってくる。


 勇者の手に携えられた聖剣が、俺の首を落とす断頭台のように思える。


 近付く足音がやけに大きく、ゆっくりと聞こえてくる。


 俺はここで死ぬのか?


 魔王であるこの俺が……。こんなにあっさりと…………。


 近付く聖剣のオーラが肌に当たり、濃密な死を意識した。


 ーーその時


『ーー力が欲しいか? 』


 突然そんな声が聞こえた。


 闇の底からこちらを誘うような邪悪な声。

 怨嗟の声と甘美な誘惑を兼ね備えている。

 まるで死神が俺へと手をこまねいて誘ってきているようだ。


『ーー力が欲しいか?』


 俺の脳へと再度呼びかける声。今度は問いかけるような意味を含んでいる気がする。


 死を間際にして幻聴を聞いているのか? と思ったのだが違う。


 俺の本能がこの声に耳を傾けろと叫んでいる気がした。


 力をくれるのか?


 声に答えるように俺は心の中で問いかける。


 欲しいに決まっている。力さえあれば、勇者などという人間にここまで追い詰められることなどなかった。


 力さえあれば、魔王である俺が無様に地を這う必要はなかった。


 力さえあれば…………。


『力が欲しいか? 汝が望むのならば力を与えよう』


 ああ、力が欲しい。よこせ!


『よかろう!』


 その声が聞こえると同時に、突如発生した黒い波動が俺の身体を包み込む。


「な、何だ!?」


「 勇仁! 離れろ! 」


 狼狽する勇者だったが、男が警告の声を飛ばした事により後退する。


 黒い波動は俺を中心としてとぐろを巻き、生き物のように蠢く。


 そして、蠢く力の奔流はじょじょに俺の身体へと収束していった。


 俺の身体の中に様々な負の感情が流れ込む。


 怒り、絶望、悲しみ、憎しみ、殺意。次々と感情が流れ込んでくる。それが心地よい。


 魔力不足による身体の倦怠感はいつの間にかさっぱりと消えていた。


 立ち上がり、意識を内面へと向けると魔力が満ち溢れているのを感じることができた。自分でも怖いくらいの量だ。


 今ならいつまででも魔法を放ち続ける事ができそうだ。それも先程とは比べ物にならない威力で。


 腹部へと手をやると、聖剣で斬りつけられた傷もない。先程までの灼熱のような熱さが嘘のようだ。


「ま、魔力が膨れ上がってる……!」


「ちっ! 変身能力でも持ってやがったのか!?」


 魔法使いの女と、籠手を着けた男が警戒するように一歩下がる。


「一体どうなっているんだ!?」


 溢れる力に思わず不敵な笑みがこぼれる。先程まで命を賭けて戦っていた存在が矮小に見えた。


 レベルだって上がっているだろう。その程度の聖剣では俺にはもう通用しないな。


 冷めた視線で勇者に一瞥をくれると、相手は強張った表情をする。


「ーーっ!」


 こんなものか。


 クリアになった思考の中で俺は再び、心の中で問いかける。


 この力で俺に何を求める?


 俺に力を与えたくらいなのだ、何か目的があるはずだ。


『我が求めるは世界の混沌。存分に力を示せ……!』


 その求めに答えよう。お前の……いや、貴方様の名は?


『……我は破壊と混沌を司る邪神なり。お前達をいつも見守っている……』


 声の主の気配は邪神と名乗ると、遠ざかっていった。


 邪神……! 大昔にいたという女神と争った神! お伽噺の中での存在ではなかったのか。


 俺は喜びにうち震えた。


 邪神なんて存在は、女神という後ろ楯がある人間を羨んで、魔族の誰かが噂したものだと思っていた。


 命を救ってもらった恩を俺は絶対に忘れない。


 邪神様が混沌を求めるのならば俺が応えよう。


 まずは、目の前の勇者を蹴散らしてくれよう。


 それから手下を揃えて、一気に人間の大陸へと攻めこんでくれる!


次で幸助へと戻ります。難産でした。


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