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エルフにお礼を

 

 あの後、冒険者達は無事に合流する事に成功した。


 ディルクの下へと辿るように歩いていると、その道しるべが突然炎上したのだ。


 驚いたエルフ達は急いで奥へと進み、仏頂面したディルクと合流する事ができたのだ。


 合流したときのディルクの何とも言えない表情は笑えた。


 一人で奥に行ってはぐれてしまった理由に「少し滑りすぎて奥に来てしまった。すまん」なんて言えるだろうか?


 そんな馬鹿らしい理由なんて言えないせいで、ディルクは口ごもり、エルフ達と合流するなり気まずそうな表情を浮かべていた。


 それを気遣っての台詞だろうか。


 エルフの「斥候役だからって先に進み過ぎよ」という言葉は全くフォローになっていなかった。むしろ、ディルクの心を鋭いボディーブローで抉りこむように刺さったであろう。


 ちなみに俺とデュランは思いっきり笑った。


 ディルクが魔物を蹴散らした事によって、冒険者達はスムーズに七階層を突破する事ができた。歩いている時は空気が最悪であったが。


 そして現在は八階層を進んでいる冒険者達。


 八階層に至る階段では早く走り抜けた方がいい、ゆっくりと降りるべきだ等と無駄な言い争いをしていたがな。


 これ以上、階段でちょっかいをかけるつもりは全く無かったので、無駄に時間をかけていただけなのだが。


 ディルク、アレイシア、ハンス、デュランの順番で通路内を歩く。


 デュランは、先程ディルクの事を笑ったので一番後ろへと避難している。


 あいつも随分といい性格をしているものだ。


 だが、この陣形は俺にとっても好都合。俺から指示を出す事によって色々な罠へと嵌める事ができるのだ。


「うー、まだ油臭いわ。それにベタベタする」


「思いっきり水を浴びたいね」


 エルフと騎士が不快そうに言葉を発する。そんなに水を浴びたいなら浴びさせてやろうじゃないか。


 俺は先程から暇そうに後ろを歩いているデュランへと声をかける。


「デュラハン、聞こえるか?」


『おお! マスターか! 聞こえるぞ。暇すぎて死にそうだ。何か面白い事はないか?』


「その面白い事を今からやるんだよ。ちょっと右側の壁でも触ってみろ」


『壁か? この辺りか?』


 俺がそう言うと、そろそろと右側の壁を触るデュラン。


 他の奴等はデュランの行う不審な行動に気付いていないようだ。一番後ろのお陰もあるが、コイツは基本的に落ち着きがなく、ちょろちょろと動き回る奴だとわかっているからであろう。


「もう一つ左のブロックだ」


『ん? これか?』


 一つ隣のブロックをデュランが押した瞬間、ガコンという音が鳴り、ブロックが奥へと食い込んだ。


「ちょっと今、嫌な音があああああああああああ!」


「ほえ?」


「……ッ!」


 音を耳にしたエルフが振り返ろうとしたが、突如足場が無くなったことによりデュラン以外の三人が下へと落下した。


 悲鳴が反響して、それからねっとりとした泥に嵌ったような音が三つ聞こえた。


「ちょっと今度は何よ!?」


 一番に顔を出したエルフが顔にドロリとした泥を付けながら叫ぶ。


 が、口を開けたせいか泥が口に入ったらしく女性にあるまじき「うおぇ」という声を出した。


 今度は何よって、先程のお礼に泥の落とし穴を進呈してあげただけだよ。


 騎士と二人で水を浴びたいと会話をしていたし丁度いいじゃないか。ちょっと水よりも泥の割合の方が多い泥水だけどね。


「ぷはあっ! うえっ! ぺっぺっ、泥だよコレ」


「…………」


 それに続いて、ぶちゅっとした音を立てて顔を出す騎士とディルク。


 二人の顔からはボトボトと泥が滴り落ちている。泥を被っていてもディルクがぶすっとした表情をしているのがわかる。


 うわー、これは絶対に嫌だわ。俺だったら絶対に心が折れるね。こんな泥まみれな状態で冒険なんて絶対にできねえわ。歩くだけでも体が重いし、口の中がジャリジャリするだろうし。靴の中やパンツの中は最早絶望的な不快感に包まれているであろう。


 雨にずぶ濡れになっただけでもとんでもない不快感だと言うのに、泥にまみれたとなるとどれくらい不快だろうか。


 考えるだけでも笑えてくる。


『おー! 大丈夫かお前ら?』


 泥の落とし穴へと駆け寄り、穴をのぞき込むデュラン。


 自分がやったというのに、随分とすっとぼけた声を出せるものである。


「あんたのせいね!? 聞こえたわよ! さっき後ろからガコンっていう音が! あんた、迂闊にも壁を触ったでしょう!? 馬鹿じゃないの!?」


 ヘイトが溜まっていたのか、ついに切れ出したエルフ。衝動に任せて腕を泥へと叩きつけた為に泥が飛び散り、中にいる全員に泥がかかる。


 それは誰も幸せにはならない行動だと俺は思った。誰かが不幸になる=俺の幸せなので結果的には俺だけが幸せか。


「あっ! め、目があああああっ!」


 たまたま目に泥が被弾したらしい騎士が悲痛な声を上げて、ジタバタとする。


 もし、ヘドロも混ぜていたら失明でもしていたのではないだろうか。


 騎士が暴れ回るせいか、隣にいたディルクやエルフにも泥が飛んでいく。


「ちょっとハンス! 動き回らないでよ! 泥がかかるじゃないの!」


 お前がそれを言うのか。抑え役である騎士があの様のせいで、エルフの暴走が止まら無いようだ。


 ディルクはもはや言葉すら発しようとしない。ただジッと落ち着くのを待っているようだ。


『うわはは! 悪いな。自力で上がれるか?』


「無理よ! 何メートルあると思っているのよ!」


 穴の深さは十メートルもあり、壁の表面には僅かな窪みがあるくらいだ。手足を使って自力で何とか登れるかもしれないというくらいだ。


 この僅かな窪みによる、何とか登れそうという事が大事なのだ。


『よく見ると窪みがあるぞ? 何とか上がれるだろ?』


 デュランの指摘によりエルフが壁を見る。


 そしてエルフは高さを確かめるようにして上を見ると、泥を掻き分けて壁へと手を付けた。


 僅かな窪みへと泥まみれの手を食い込ませるエルフ。


 そして足を上げようとするが、余りの泥の重さで上がらない。


「んもー!」


 相撲のしこを踏むようにして足を盛り上げて、何とか片足を窪みにかけようとするが掛からない。エルフはずるりと壁を滑らせ、またぶちゅりと泥を跳ね上げた。


「無理よ! 上がれる訳ないわよ!」


 苛立ちをぶつけるように泥をデュランへと投げるエルフ。


 それはデュランに当たる事なく、デュランのいる位置の二メート程下の位置に着弾した。


「ロープ! ロープで引き上げてくれないか?」


 目から泥を取り除いた騎士が、少し涙声で解決策を言った。


「……あいつがロープを支えてくれれば上がる事ができる」


『ん? ロープか? あったっけな?』


 ごそごそと腰に付けたポーチを漁るデュラン。


「自分の道具くらいきちんと把握しときなさいよ」


「レイシアだってアイテム袋の中身を正確に把握していないよね?」


「ちょっとあんた! ロープはまだなのー?」


 はあ、と溜息をつく騎士。本当にコイツは苦労をしていそうである。あんなうるさいエルフといてストレスが溜まらないのであろうか。


『おおあったぞ! アイテム袋の中にあった』


 デュランがポーチに入っていたアイテム袋から、結ばれていたロープを取り出し掲げる。


「早くそれを下ろしなさい」


「はいよ」


 デュランはそれを解いて素直にロープを放り投げた。エルフが声を上げたからでエルフへと投げたのだろうか。


「ぎゅっ!」


 高さ十メートルから落とされたロープがエルフの顔面へと直撃した。


 エルフは潰れるような声を出して、後ろから泥へと倒れ込んだ。


「あんたぶっ殺すわよ! 今明らかに狙ったわよね? ねえ!」


『悪い悪い。お前がよこせって言うから、ついそっちに投げてしまった』


 これが狙ってやっていたのだとしたら中々の天才だと思う。デュランナイスプレーだ。


「ちょっとそのまま持ってなさいよ? 私が登ったらあんたを突き落としてやるから――って何でロープを引き上げるのよ!? 登れないじゃないの!」


 いやいや、そんな物騒な事を言う奴を助ける奴は誰もいないだろうに。俺なら登らせてもう一回突き落とすね。


 デュランは叫ぶエルフを無視して、反対側のディルクの方へと縄を丁寧に下ろした。


「……助かる」


『気にすんな』


「あんたが罠に引っかかったせいでしょうが!」


 デュランがロープを支える中、ディルク、それに続いて騎士がロープを使って登っていく。


 騎士が登り終えると、デュランは「よし!」と頷いてからロープを回収しようとしたが、それを読んでいたらしくエルフが亡者のようにロープを掴み取った。


「……ちっ」


「あんた舌打ちしたわね!? 確かに聞こえたわよ!」


 デュランへと怒声や罵声を浴びせながらロープを登るエルフ。ロープを両手で掴み、壁と立つようにしながらゆっくりと進む。


 その度にロープが悲鳴を浴びるようにキリキリと鳴いた。


「デュラン、僕もロープを支えようか?」


「ハンスは私が重いって言いたい訳?」


「……何でもありません」


 騎士の純粋な優しさは地雷をも踏み抜いたらしい。このエルフに女心があるとは驚きだ。


『頑張れー。泥で滑るなよー』


「…………」


 さっきまでなら間違いなく「うっさいわね!」とか言っていたのに、無言とは明らかにおかしいだろう。


 無言で黙々と登っていくエルフがついに、後一歩という所に辿り着いた。


 もしや、ここでデュランの手でも握って引き落とすのだろうか。


 そう思ったりしたが、エルフは何をする事もなく真顔で地上へと上がった。


 それからエルフは流れるようにしてデュランの後ろへと回りこみ、ニヤリと顔を歪めた。


 本当にコイツはわかりやすい奴だと思う。それだからこそ俺のお気に入りの玩具の一つなのだが。


「あんたも落ちなさい!」


「ん?」


「えっ! ちょっと何でしゃがむのよ!」


 身体の大きいデュランを落とす為にタックルをするエルフだったが、それは虚しくも空をきり、勢いを止められずに再び泥の落とし穴へと落ちていく。


 今度は派手に顔から泥へと突っ込んだ。


 本当に馬鹿な奴だ。




 この後、デュランは再びロープを放り投げてレイシアの顔面にぶつけた。





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