黒騎士デュラン
「ポイズンスパイダーが復活しちゃう前にこの階層を抜けるわよ」
「……ああ、俺が言うのも何だが足元には気をつけろよ」
罠に警戒しつつ、早足で通路を歩いてく冒険者達。
先程倒したポイズンスパイダーの大群が復活しないうちに、この階層を抜けてしまいたいらしい。
ポイズンスパイダーを倒してから小一時間が経過しているので、そろそろダンジョンが勝手に復活させる頃だが、あれは俺が意図的に集めたものなので滅多に出会わないがな。
これはダンジョン維持のために注いである俺の魔力を使って行われるために問題はない。俺だって毎日貯蓄はしているんだ。
なので魔物がやられれば溜めていた魔力が減っていってしまうのだ。
もし、全階層の魔物とか狩り尽されたら、痛手ではないが自分の魔力をむしり取られているようで腹が立つな。
まあ、そんな奴が現れたら正面から戦わずにじわじわと痛めつけていけばいいがな。
「……っ! 前方から気配が近付いている」
「わかった。僕が前に出るよ」
ディルクが気配察知で気付いたのか、騎士が前に出てエルフが後衛へと下がる。そしてディルクが中衛としての位置につき短剣を構えた。
狭いダンジョンの空気内に緊張感が漂う。
誰もが足を止めたお陰で物音は何もしない、ただ空気が流れる音がするだけであった。
その静寂な空気の中で、前方から聞こえる音がある。
ガチャガチャとする金属音。それは騎士の男が歩いている時に聞こえるような音であったが、それよりも少し重めの音だ。
「この金属音は何かしら? 鎧のような音ね?」
「僕達と同じ冒険者かな? 少し様子を見てみよう」
緊張感を解く事なく、エルフ達はそれぞれ構える。
同じ冒険者とはいえ人間だ。悪人かもしれないし善人かもしれない。
例えそれがダンジョンの中であっても、利益を求めて同業者に襲いかかる者もいるのだ。
俺のダンジョンでは基本的に追い出す方針なので、そんなに長時間潜っている奴はいないのだが。
「……こっちに近付いてくるぞ」
薄暗い正面の道を睨むディルク達。金属音は不気味に反響しながら近付き、より大きな音となる。
そして、奥いから一つの人影のようなものが見えた。
「冒険者かな?」
騎士の男が少し柔らかい声を出すが、その剣を下ろす事はない。
魔物の中にはデュラハンやミノタウロスのように人型の個体もいるのだ、それを警戒しているのであろう。
『お? 冒険者か?』
前方の人影はエルフ達の警戒を気にした風もなく、呑気な声を出して現れた。
漆黒の全身鎧に大剣を背負った騎士だ。ハンスのように顔を出す事なく、素肌が全く見えない程の鎧に覆われている。
「何だ同じ冒険者か」
「冒険者ならさっさと声を上げるなり合図を出しなさいよ! 魔物かと思ったじゃないの」
相手の悪意のない声に冒険者達は構えを解いて息を吐く。
文句を言うエルフだが、自分だって合図をしていなかっただろうし。
『おお? そうだったな。すまん』
「で、君は僕達と同じ冒険者かい? 凄く高そうな鎧だね」
『ああ! 俺の名はデュラン! お前達と同じ冒険者だ!』
なんて言っているが勿論嘘である。ただ、頭部をくっつけただけの魔物、デュラハンである。
面白そうなので人型の魔物であるデュラハンを冒険者と接触させてみたのである。
そのまま手ぶらで飛び込んでも怪しいので、今までの冒険者からかっぱらった小道具を持たせているためにそれっぽくは見える。
アイテム袋があるとはいえ、とっさに使うような物は自分で持っておくのが常識らしい。
なお、アイテム袋は保存機能がなく容量も限られているらしい。中には制限がない物まであるらしいが。
「デュラン? 聞いた事のない名ね」
「まあ、冒険者なんて一杯いるしね」
こうして見ると本当に間抜けな奴等である。目の前には魔物であるデュラハンがいるというのに気付けずにいるとは。
俺がこの場で襲いかかれ! と言ったら瞬殺であろう。
この状況が面白いのでそんな事は言わないがな。この滑稽な瞬間を楽しんでいるのは俺とデュラハンだけであろうな。
「で、あなたは一人で探索中なの?」
『そうだな。十階層を目指しているぞ』
「あらそうなの? 私達と同じね。一人でここまで潜るくらいだから結構な実力があるのね」
肩眉を上げて腕を組み、感心した風に言うエルフ。
こいつの場合潜っているというより、下から上がってきたと言った方が正しいがな。
『だろだろ? ここで合ったのも縁だ。良かったら俺を十階層まで一緒に行かないか? 俺は結構強いぜ?』
ちょっと強引だが、おおむね予定通り。
断られたら後ろから付け回してやればいい。後ろでちょろちょろされたら鬱陶しいから、あのエルフなら最後には折れると思うから。
折れないなら折れないで苛々とするエルフが見られるので、俺としては楽しい。
でも一緒に行動してくれるともっと楽しいがな。
「一緒に?」
「十階層を目指しているって言うけど、それは僕達と一緒に階層主を倒したいって事かい?」
さすがにいきなり承諾する事はなく、突然の見知らぬ騎士の提案にエルフと騎士は訝しんだ表情をする。
『ああ、本当は倒したいが今回はそれが目標じゃない。十階層まで行くのが目標だ』
おいおい、スライムキングを倒そうとするなよ。というか流石に無理そうだが。
「……十階層までなんだな?」
『ああ、そこまでだ。一度通れば帰りは一人で大丈夫だ。戦いにも自信があるからな』
ディルクの言葉に胸を張って答えるデュラハン。
「まあ、腕に自信があるようだし十階層までならいんじゃないの? 目的地も同じなんだし」
騎士の言葉にエルフは少し悩む素振りを見せて。
「まあ、それもそうね。それじゃあ一緒に行きましょうか。ディルクもそれでいい?」
「……ああ、問題ない」
「それじゃあ行きましょうか!」
意見が纏まったところで冒険者達は新たな仲間、魔物のデュラハンを加えて歩き出した。
冒険者が魔物と仲良く冒険とは、滑稽な姿である。
◆
デュランを加えてダンジョンを探索しはじめた冒険者達。
デュランの力を見る為に、デュランと魔物を戦わせているようだ。
ガーゴイルを見つけたデュランが、全身鎧の重さを感じさせない走りで瞬く間に接近して大剣を一閃。
固い身体を持つガーゴイルが豆腐のように切り裂かれて、ごとりと地面に転がった。
『おお! 経験値だ!』
デュランは嬉しそうな声を上げて、他のガーゴイルへと躍りかかる。
「豪快ね。ガーゴイルの石化ブレスが怖くないのかしら?」
「出させる前に斬るって感じだよね」
呆然としたエルフと騎士の声を気にする事なく、デュランはガーゴイルを殲滅していくのだった。
「……まあ、これなら戦闘面は心配いらなさそうだ」
「というか僕達より強いんじゃないかな……」
◆
『なあ、お前達はどうして階段を下りるだけなのに腰が引けているんだ?』
「……それには俺も同感だ」
デュランを加えた冒険者達は順調に進み、七階層へと至る階段を下っていた。
凄くへっぴり腰でだ。
「う、うるさいわね。ここのダンジョンは階段にまで悪趣味な罠があるのよ? 用心するに越したことはないわよ!」
「そうだよ! あれって凄く心臓に悪いんだよ!」
恐らく悪趣味な罠とはエルフと騎士が体験した、階段が滑り台に代わるやつの事であろう。
ちなみにあの階段滑り台はほとんどの階段にしかけてある。俺のお気に入りの罠の一つだ。
水晶にタッチするだけで全ての段差がなくなり、傾斜になるのだ。
欠点としては相手が走っている状態でないと精々すっ転ぶくらいであるという事だ。
こんなにちんたら歩いていては前回のように下の階層まで滑ってはくれないだろう。
まあ、走らないと言うのならば走らせる。滑らないというのなら滑らせるまでである。
今日はディルクがいるのだ。やらなければ損であろう。
『それってどんな罠だ?』
「……よくある槍が飛び出すとかか?」
階段を歩きながら、デュランとディルクが問いかけるさなか、俺は水晶をタッチして罠の一つを作動させる。
「こう階段全体が――って何の音!?」
「揺れてる!?」
突如揺れるような轟音に驚きの声を上げるエルフと騎士。
『ん? 何だ?』
一方、罠に遭遇した事のないデュランは疑問符を浮かべているだけである。
「……水の音か?」
ディルクが呟いた時であった。
突如後ろから大量の液体が濁流の如く流れだしてきた。
「水じゃないわよ!? もしかして酸なの!?」
呆然とする間にも謎の液体は猛スピードで冒険者へと迫り、呑み込まんとする。
階段全体を押しつぶすような量ではないが、腰ぐらいの高さはあり確実に体が押し流されるような量。
エルフの悲鳴を聞いて冒険者達は一目散に走り出した。
そして俺はその走り出したタイミングに合わせて、水晶をタッチして斜面となる罠を作動させる。
「「ああっ!?」」
「「えっ!?」」
体験した事のある者と、そうでない者と綺麗に分かれる短い悲鳴。
勢いを付けた冒険者達は突如なくなった足場のせいでバランスを崩して、勢いよく転がる。
さらにそれの勢いを増加させるのが今回の液体――油である。
「ひああああああああああああああっ! 油なの!?」
「う、うわあああああああああああっ! 止まらないよおおおおおおお」
『うおおおおおおおぉぉぉぉぉおおおおおお!』
エルフと騎士がパニックの声を上げる中、デュランは楽し気な叫び声を上げている。完全にアトラクション気分だ。
そして華麗なるマグロ滑りをする事で有名な彼は……。
「……お、お、おおおおお!?」
誰よりも先に前へと滑っていた。
綺麗に両手をたたんで氷の上を滑るペンギン。
いや、冷凍保存されたマグロが市場を流れていくようである。
仏頂面を引きつらせるその表情は相変わらずの顔芸状態となっている。
「ちょっとディルクってば速すぎじゃない!? どんだけ滑っていくのよ! おかしいわよ!?」
「ディルクうううぅぅぅぅぅぅう!」
面白すぎて笑いが止まらない。
俺ってば、やっぱりコイツが好きだわ。笑い過ぎて腹が痛いわ。




