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華麗なるマグロ滑り

 

 これはまた面白そうだ。


 顔ぶれ自体は新しくはないが、エルフのパーティーにマグロ滑りの男が入るとは。


 一時的なのか継続的なものかは知らないが、大方エルフの女が罠に苦戦していたために盗賊をパーティーに加えたという事だろう。


 非常に思考パターンが短絡的で読めやすい奴である。


 エルフと騎士はレベルが一つ上がっているようだな。マグロの男、ディルクは新たに称号が付いている。称号は得るのが難しいと言われているらしいが、この称号は酷い。


 というか面白い。何かしらの補正があるらしいが、コイツのことだから受け身補正とかであろう。確認するまでもない。


 俺だったらこんな不名誉な称号を得たら死にたくなるね。


 仏頂面のディルクの顔と称号でひとしきり笑った頃、三人は一階層の扉を開いた。


「……何だか前よりも禍々しい魔力が漂っている気がするのだけれど?」


「確かにね。まさか階層が増えてダンジョンが大きくなったせいかしら?」


「確か苔のダンジョンの元々の大きさは十階層だったよね? 一体どれくらい大きくなっているんだろ?」


「わからないわね。十階層には階層主のスライムキングがいたし、もっと大きいんじゃないかしら? ここのダンジョンマスターのことだから深い階層に引きこもっているのよ」


 いちいち言動に棘があるエルフ娘である。何だよ、俺に恨みでもあるのか?


「……ここのダンジョンマスターは狡猾だからな」


 ここでやっと口を開いたディルク。言い方が悪い。知恵が回るとか頭がいいと言って欲しい。


「そうね、一番は罠かしらね。本当に巧妙に作られていて全くわからないのよ」


「レイシアが突っ走るから罠によく引っかかるんだよ」


「そ、そんな事ないわよ! 大体ハンスだって、ゴブリンの剣を拾おうとして落とし穴に落ちたりしてるじゃないの! あれのせいで私一人で三時間も通路で待機するはめになったのよ!?」


「いや、あれはジークにあげようと思って――」


「……いつまで喋っているんだ。ダンジョンを攻略するんだろ? そろそろ行くぞ」


 いつも通り言い争う二人だが、ディルクの一声によってそれは遮られた。いつもだったらぐだぐだと言いながらダンジョンに進む二人であったが、今日は落ち着いたディルクがいるために引き締まったようだ。


「ええ、そうね。今日は盗賊がいるのだもの。そう簡単には罠にはかからないわね。頼りにしてるわよ?」


「……ああ、任せろ。…………今回は引っかかるものか」


 そうやって斥候役である盗賊を加えたパーティーは足を進めていった。



 ◆



「ふう、今回はいい調子だね」


 四階層で討伐したゴブリンの魔石を斬り取った騎士が、ふっと息を吐く。


 こうやって倒した魔物の魔石を冒険者ギルドで売却する事で、彼らの懐は潤うのだ。ダンジョンで死亡した魔物は一定時間経過すると、地中へと埋まる。


 ダンジョンが魔物の中にある魔力を少しでも吸収しようとするためだ。


 なので、余裕がある場合はさっさと証明部位を剥ぎ取っておくのだ。魔石は様々な道具などに利用されるために、需要はいくらでもあるそうだ。街灯、魔道具、武器や防具にていくらでも使う道はあるらしい。


「魔物の気配が察知できて、罠も回避できる。盗賊って大事ねー」


 しみじみと呟くエルフだが、ゴブリンの討伐部位を斬り取る様子はない。相変わらずゴブリンの事が嫌いらしい。


「……あまりあてにするのも問題だ。相手が格上であったり、隠密に長けた奴に関しては効果が無い」


「ふーん、そうなのね。でも、十階層までは高レベルの魔物もいないようだしこのままサクサクいけちゃいそうね」


 自信満々に笑みを浮かべるエルフの顔が腹立つ。こいつは激怒している顔が一番素敵なのに、へらへらした笑顔を浮かべるなんて勿体ないな。


 貴女はもっと怒った方が素敵ですよ。貴方の凛とした強気な表情を屈辱の色に染めてあげたい。





 ――六階層


 順調に進んでいた彼らだが、六階層でその足を緩める事となる。


 元々エルフと騎士は、十階層にまで到達した事があるのだ。レベル的もそこそこあり、階層を降りる階段までの道のりも把握しているのだ、サクサクと進めるのも当然だ。


 順調に進む奴等を黙って眺めているのも飽きたので、六階層からちょっかいをかける事に決めたのだ。


 そんな訳で、俺の指示によりポイズンスパイダーが冒険者を襲っているのである。


「もお! 数が多いわね!」


 それほど広くも無い通路の中で、エルフの甲高い声が響き渡る。


 その響き声が新たなる魔物を呼び寄せることにどうして気付かないのか。


「レイシア! ディルク! 上の奴等を頼む!」


 叫んだのは、前衛で一匹のポイズンスパイダーの脚を斬りおとした騎士。彼は正面から押し寄せるポイズンスパイダーの攻撃を避けて、丁寧に一撃を加えていく。


 頭部を叩き割ったりすることはなく、ひたすら脚を斬りおとして動きを止めているのだ。


 射線を確保したレイシアは後方より、風の刃を放ち、天井を這ってくるポイズンスパイダーの脚を切断していく。


 脚を失った事でバランスを崩したポイズンスパイダーが一匹、また一匹と地へと落ちる。


 その落下する先にした個体を押しつぶしながら。


「よし!」


 それを見て油断した騎士の下へと、白い糸が放出される。それは瞬く間に騎士の身体を包み込もうとするが――ディルクの短剣によりはらりと落ちた。


「助かった!」


「……油断するな。脚がなくて動けなくとも糸や毒を吐き出す事もある」


 脚を失い、もがき続けるポイズンスパイダーの頭部に、とどめとしてナイフを投げていくディルク。


 弱点をナイフで貫かれ、複眼の光が失われていった。


「これで、最後みたいね」


 最後の一匹に矢を放ったエルフ。


 それはポイズンスパイダーの頭部へ吸い込まれるようにして刺さる。


「……正確だな。脚に阻まれることなく全て頭部に命中している」


「こんな距離で外すわけないわ」


 素っ気ない台詞だが、褒められて嬉しいのか小さく笑みをこぼす。


 このエルフ褒めたら大概機嫌が良くなる。ちょろそうだ。


「それじゃあハンス。棘の斬り取りお願い」


「えー? また俺? レイシアも手伝ってよ」


「気持ち悪いから嫌よ。魔法を使って疲れているの。私は矢を回収するわ」


 嫌そうな声を上げる騎士であるが、エルフは気にせずに近くにいたポイズンスパイダーの頭部から矢を引っこ抜く。


 それと同時に紫色の液体が漏れ出し、表情を不快気にするエルフ。


「そんなに魔力消耗してないくせに。矢を回収するなら、そのまま斬り取ってよ。まあいいや、ディルク剥ぎ取ろう」


 矢を自分で回収してくれるだけでもありがたいと思ったのか、騎士はディルクに声をかけて目の前に転がるポイズンスパイダーに近付く。


「――待て。罠だ」


 その時、ディルクが緊張を含んだ声で制止の声をあげた。


 それにより騎士の脚がピタリと止まる。レイシアも罠という単語を聞いて、ディルクへと視線をやった。


 ほう、今回は罠を見破ったのかな? 高みの見物といこうじゃないか。


「罠ってどこにだい?」


 騎士の声にも答えず、ディルクは騎士へと近付く。


 そしてその足元へと四つん這いになり、床へと耳をつけた。


「……その二歩先の石畳を踏み抜くと、恐らく何かしらの罠が発動する」


「ほんとかい? 全然気づかなかったよ。さすが盗賊だね」


「……この罠はよく知っているからな」


 そりゃ、あれだけ引っかかれば知るよね。体で覚えたって奴。


「じゃあ、ここだけ踏み抜かなければ大丈夫なんだね?」


「……ああ、そうだ」


 ディルクのその言葉を聞いて、騎士は三歩先程にある石畳を睨みつける。


 ディルクはそこ以外なら大丈夫だと証明するように、歩き回る。


 そこにあるのが罠でなければ、どや顔をするディルクを笑っていたのだが、残念ながら正しく見抜いたようだ。


 ディルクは罠を見破れたことが嬉しいのか、小さくガッツポーズをしながらポイズンスパイダーの下へと歩く。


「あっ、ディルク。そこ顔の所にポイズンスパイダーの糸がかかっているよ」


 そう言われて目の前を見れば、天井からだらりと垂れ下がるポイズンスパイダーの糸があった。


 浮かれていた表情をキリッと引き締めて、いつもの仏頂面へと戻るディルク。


 ディルクは糸を迂回して足を進めた。


「ディルク! 後ろ!」


 ディルクは騎士の鋭い声に何とか顔を後ろに向けたが最後。


 彼は顔面に丸太がぶち当たり、勢いよく吹き飛んだ。


 鼻から鮮血をまき散らしながら、空を飛ぶディルク。


 彼は顔面から地面に着地し、床を滑るように転がっていく。


「はあ!? あんた、どれだけ滑っていくのよ!?」


 あまりに華麗なマグロ滑りに、エルフが目を見開き驚愕の声を上げる。


 エルフが驚くのも当然。彼は丸太が直撃したにしても、ありえないくらいの距離まで吹き飛んでいる。いや、滑っている。


 彼はそのまま地面をこすっていき、ポイズンスパイダーの亡骸に当たる事でようやく止まった。当然、彼は気を失っていた。


 俺はそれを見て、笑いがこらえきれず椅子から転がり落ちた。


 や、やばい! コイツの滑りはいつ見ても最高だ。むしろ磨きがかかっている気がする。称号に恥じない滑りっぷりだ。


 どや顔、仏頂面、驚愕という顔芸のコンボがヤバい。本当にコイツは俺を全力で笑かしにきている。


 俺の脳内では彼の滑りっぷりが何度も再生されている。その度に俺の腹筋が痙攣して苦しい。目から涙も出て来て視界が見えづらい。


 どうやら床の罠は見抜けても、糸の罠は見抜けなったようだ。


 今回は初めからポイズンスパイダーの糸で罠を仕掛けていた。普通にしていればディルクが気付いたかもしれないが、戦闘になり大量にまき散らされたポイズンスパイダーの糸によって判別することが出来なくなったようだ。


 できるだけ、天井を這わせて近寄らせていたから意識が上にばかりいってしまったというのもあるであろうな。


 床の罠を見抜けたことが嬉しくて、気が緩んだのも大きな理由だと思うけどな。


 全く、俺が君を仕留めにいく時は罠を二段重ねにするというのを忘れていたのだろうかねぇ?




がんばれ!ディルク!

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