新たな魔物の配置
「いやー、傑作だったなーベコタ」
『ぶにゃあ?』
俺の部屋で寝そべるベコタを撫でながら、穏やかな声で語りかける。
ああ、癒されるー。このモフモフと柔らかなお肉がたまらない。ささくれだっていた俺の心が清らかになっていくのを感じる。
ベコタも気持ちがいいのか、目を細めて喉をゴロゴロと鳴らしている。
まん丸とした背中や首元のたるんだ肉を撫でるもよし、枕にするもよしだ。
もうこのままずっとベコタに寄りかかっていたい。
「ほーらベコタ、カルパスだぞー?」
『ぶにゃ!』
「こらこら、それは俺の頭だってー」
全く、ベコタはうっかり屋さんだなあ。それがコイツの可愛い所でもあるのだけれど。
俺はベコタの顎を力づくで開かせて、カルパスを放り込む。
そうすると、ベコタはゆっくりと味わうように咀嚼しだした。
それがまた可愛らしくて、俺はベコタの頭をスリスリと撫でる。
ただベコタが傍にいるだけで、心がポカポカする。
もっと貴方の傍にいたい。もっと色々な貴方を見てみたい。
何だろう、この気持ち。もしかして、これが恋!? 俺の心がときめきかけた所で水晶から音が聞えた。
「おい、お前が前を歩けよ」
「ちょっと話しかけないでくれる?」
「はあ!? お前盗賊だろう? 斥候役としての務めを果たせよ!」
「……嫌よ。あんたの前を歩くなんて魔物部屋に入るようなものよ。背中をナイフで刺されたら堪らないわ」
「ふざけんな! さっき俺の背中にナイフを投げて来たのはお前だろ! しかもご丁寧に麻痺毒までつけやがって」
「あれはあんたが私を囮にしようとして逃げるからよ」
女の金切り声にベコタが不快気な表情をする。
それにしてもコイツらも極端になったものだ。
お互いの性根が知れたことで、より仲良くなれたんじゃないか?
ゴーレムにやられて気絶したこのカップル。いつもならば気絶したら転移陣に放り込んで外へ放り出すのだが、この二人の場合は歩いて帰らせた方が面白いので四階層の入口に置いておいた。
男が先に目覚めて、女から武器を奪おうとした所で女が覚醒。
最悪の帰り道が始まって御覧の通りである。お互いを憎みあって負のエネルギーが溜まる溜まる、笑いが止まらない。
ダンジョンに出没する魔物や罠よりも、同じ冒険者を警戒しないといけないとは本当に滑稽である。
そんな危険な奴がいるにも関わらずに、離れずに行動を共にしているのは先程の大量の魔物に襲われたせいであろう。
この二人の場合は相手を戦力として考えている訳ではなく、相手を盾として使い、囮にして生き延びる為であろうがな。
その日、冒険者は一日中罵声を浴びせ合い、負のエネルギーの回収に大きく貢献する事になった。
◆
俺こと黒木幸助は思った。
前回気付いたが、俺を守ってくれる最強の魔物がいない。頼りになるのはゴーちゃんくらいであろうか。それでは少し心もと無い。
もし、この瞬間に高レベルの勇者や冒険者がこのダンジョンに攻め込んできたら、俺の身が危うい。何だかんだ俺も魔王だが、それは能力的なものであってまともな戦闘などできない。精々魔法を撃ちまくるくらいだ。
階層が増えて一先ずの安全は確保したが、レベルという物が存在するこの世界では質が量をも覆す事は当たり前のこと。
という事でこちらも質が高い、高レベルの魔物を護衛として召喚し配置しておくべきだ。
ゆくゆくは高レベルな魔物だけの階層を造って、最終防衛階層として据える必要があるな。
魔力の関係で一気に召喚をする事はできないが、先ずは三体召喚しようと思う。
水晶の『魔物配置』をタッチして、魔物一覧を開く。
ずらりと並ぶ魔物の名前。
上に表示されるのは能力が低い魔物であり、下へ向かうごとに能力の高くものとなっていく。
能力の高い魔物となるとポイントが多くかかることになる。下の方にある魔物の中には俺の魔力ポイントでは足りない奴等ばかりだ。
中には???と情報すら分からない魔物までいるのだ。
まあ、今の俺では召喚をするにも途方もなく時間がかかる奴等がいるという事だ。
そんな魔物は放っておいて、今の俺の魔力で召喚できる最強の魔物がコイツらだ。
デュラハン、不死王、ミノタウロス。
防御、魔法、攻撃に優れた魔物達だ。
この三体で固めておけば当分は安全だと思う。三体とも一気に高レベルに上げるのは無理だ。俺が倒れてしまう。
毎日ちょっとずつレベルを上げていく事にしよう。
そんな訳で現在空き階層である、三十階層のボス部屋にデュラハン達を配置だ。
それぞれの魔物を選択して、全員レベル十にして配置。
するとボス部屋にデュラハン、不死王、ミノタウロスの三体が光と共に現れた。
一番に動き出したのはデュラハン。
漆黒の全身鎧を装備した人型の魔物だ。ただし頭部分は脇に抱えられている。
首部分はぽっかりとした空洞が覗く事ができ、肉体はない。
デュラハンはガッチャガッチャと鎧の音を鳴らしながら、好奇心旺盛に歩き回る。
随分と自由な奴だな。
室内を睥睨するように首を回しているのは、不死王という骸骨の魔物。こちらもやはりローブの色が漆黒だ。瞳部分の奥では、赤い瞳が妖しく輝き、見る者の魂を吸い込んでしまいそうな雰囲気だ。
そして最後にミノタウロス。
牛頭人体の外見を持つ筋骨隆々の魔物。天を貫かんばかりに突き出した角がより力強さを引き立たせる。
ミノタウロスはフンと鼻から息を吐くと、手に持った巨大な斧を床に置いてドカッと腰を下ろした。
そして、丸太のような太い腕を組んで座りこみ、目をつぶった。
静かに座って冒険者を待つその姿は、一番階層主らしい。
うちの階層主である、スライムキングとゴーちゃんはどうも落ち着きが足りないからな。
まあ、アイツらは見ていてもとても楽しいからいいか。
三体の様子を一通り確認した所で俺は声をかける。
「聞こえるか? お前達?」
『おわあっ!』
すると、デュラハンが驚きの声を上げて抱えていた頭部を落っことした。
不死王はゆっくりと首を持ち上げ、ミノタウロスは目をゆっくりと開けた。
デュラハンは落ちた頭部を手で優しくさすってから、天を仰いだ。
「俺がお前達を生み出した者。ダンジョンマスターだ。お前達にダンジョンの守護を頼みたい」
『しつもーん!』
しばらくの沈黙の後に声を出したのはデュラハン。
元気よく手を上げるオッサンの声というのは中々にシュールだ。
「何だ?」
『それってずっとこの部屋にいろって事か? 俺はジッとしてるの苦手だ!』
既視感あるデュラハンの言葉に俺は頭を抱える。どこぞのスライムの王と同じような事を言っていたからだ。
どうして高ランクの魔物は落ち着きがないのか。これは偶然なのか?
「緊急時に召集することはあるが、それ以外は基本的に自由だ。転移陣で自由に移動する他の階層主もいるしな」
ゴーちゃんなんて自分の部屋にいる事の方が少ないくらいだしな。
もう暇なときは好きにしていていいと思う。
『おおー!』
「で、不死王とミノタウロスはどうだ?」
『ワシはもう少し広い部屋がいいのぉ』
『……戦えるのならば問題ありません』
よかった。こっちは少しまともそうだな。
「じゃあ、不死王には後で別の広い部屋を用意させよう。ミノタウロスはその部屋を自由に使ってくれ」
『できるだけ、広い部屋を頼みますぞ』
『……わかりました』
「デュラハンは――もういないのかよ」
部屋には玉座に座る不死王と、ミノタウロスだけが残っていた。
彼らがどんな会話をするか気になるが、今はどこかに転移したデュラハンを探すとしよう。
そう思い水晶を操作して全体マップを見ようとした時、ダンジョンに新たな冒険者が現れた。
侵入者が来たことにより、画面が自動的に切り替わる。
名前 ハンス
種族 人間
性別 男性
年齢 二十五
職業 騎士
レベル 二十九
称号 なし
名前 レイシア
種族 エルフ
性別 女性
年齢 五十八
職業 魔法剣士
レベル 二十八
称号 なし
名前 ディルク
種族 人間
性別 男性
年齢 二十五
職業 盗賊
レベル 二十五
称号 華麗なるマグロ滑り
……ほお、これはまた面白い組み合わせじゃないか。
華麗なるマグロ滑り
受け身補正(大)防御補正(極小)




