断絶と憎しみの宴
レビューを書いてくれた読者がいて嬉しいです。ありがとうございます!
薄暗いフロア内にカチャリとした解錠音が響き渡る。壁に覆われたダンジョン内のせいか、やけにその音が響いているように聞こえる。
「やった! ようやく開いたわ!」
盗賊の女が針金のような棒から手を放して、男の冒険者の方へと顔を向ける。
すると、辺りを警戒していた男が女の所へと駆け寄った。
「さっすがクリス! 早速宝箱を開けようか」
「ええー! それよりも先に頭を撫でて欲しいなー」
イラッ!
「わかったわかった。さすがクリスだね」
男は慣れた様子で解錠した女の頭を優しく撫でる。すると女は嬉しそうに瞳を細めて喉を鳴らした。
手に持つ、牛乳パックの中身を二人の頭へといぶちまけたいくらいだ。
ダンジョンは冒険する所だぞ? 決して男女がいちゃつく場所じゃないからな?
ひとしきり撫でると女は満足したのか、宝箱の方へと向き直る。
「それじゃあ宝箱を開けるね?」
「ああ。最後まで何があるからわからないから気をつけてね?」
女は「うん!」とあざとく頷くと、宝箱の蓋へと手をかけた。
「あれ? 開かない?」
思わず素の声を出してしまう女。もう一度というように蓋を持ち上げようと腕を動かすも、宝箱はビクとも動かない。
「あれれ? 確かに解錠したはずなのに」
「ちょっと変わってごらん。多いのかもしれないね」
解錠したはずなのに蓋が空かない様子を見て、今度は男が蓋に手をかけた。
「……本当だ。開かないや。一体どうなってるんだ?」
開かない宝箱を見て、諦めきれずに何度も腕に力を込める男。
それ完全には開かないよ。だってそれ――ただの宝箱じゃないから。
予定通りに事態が進んでいて、自分でも口の端が吊り上げるのがわかる。
「あっ! 少し蓋が持ち上がったわ!」
僅かに持ち上がった蓋を見て喜びの声を上げる女。
「本当かい? 本当だ! 少し持ち上がってる!」
目前にある宝箱が僅かに開いた事により、希望を持つ男。
「きっと重い蓋なのね。いけそう? 私も手伝おうか?」
「んぎぎ! もうちょっと頑張ってみるよ」
「ジョンってば逞しい」
女にカッコいい所を見せつけようとして、余計に熱が入る男。
女はそれを眺めるだけで何もしない。頭の中では、どんな財宝が入っているのかを考えているのだろう。
盗賊の役目である、罠や魔物の気配を警戒する事なく。
二人の意識は宝箱のみへと注がれる。
俺の水晶に表示させる、四階層のマップでは青いマークが続々とある一室を目指していた。
その一室には赤いマークが二つ。そこに吸い寄せられるように青いマークである魔物はゆっくりと移動している。正確には解錠する音がした方ではあるが。
しっかりと女が警戒していれば、すぐに一点突破で撤退ができたかもしれない。
しかし、それは仮定の話。もう、すでに遅いのだ。
「そこの間抜けなバカップルを恐怖の海に沈めてやれ!」
俺の魂の咆哮と共に、十字路から魔物の群れが続々と飛び出す。
『ギイイイイ!』
左右からは挟撃するように、鉈を手に持ったゴブリンの群れ。凶悪な笑みを浮かべながら赤く染まった鉈を掲げる。
「えっ!? 何!?」
突然のゴブリンの咆哮に狼狽する女。そのまま尻もちでも突くと思ったが、一応は冒険者の端くれ。戸惑いながらも即座に短剣を構えた。
男もそれに同じで、即座に背中から剣を抜いて、跳びかかってきたゴブリン達を一閃。二匹のゴブリンを吹き飛ばす。
「ギイィ! ギイィ!」
仲間がやられた怒りでゴブリンがいきり立つ。
「まずい、挟まれた!」
「ここのゴブリンなら、私達なら殲滅できるはずよ」
「いや、今までのゴブリンとは強さが違う。武器も棍棒じゃないし、血に濡れた鉈を使っている。戦い慣れたゴブリンだ」
ちなみに鉈が赤いのは演出の為に塗ったケチャップである。鉈に塗り込んだケチャップを美味しそうに舐めているゴブリンもいるが、かなりの凶悪さがでているので構わない。
その調子でどんどん恐怖心を煽って欲しい。
「それじゃあ後退する?」
「その方が良さそう――」
そう決めようとした二人であるが、そこに更なる絶望がやってくる。
地響きのような足音を立ててやって来たのはゴーレムの軍団。それが正面と後ろから。
「なあっ!? ゴーレム!?」
「そんな!」
絶望の表情を浮かべる二人。さっきまで明るい表情をしていた二人が、一瞬の油断でこれだよ! 本当に面白くて仕方ない。
この間抜けな面。スクリーンショットで撮って保存しておこう。
何だよ、保存にも魔力ポイントがいるのかよ。ケチだな。
「どうして急に魔物の大群がやってくるのよ!」
それはお前が周囲の警戒を怠ったせいだろうが。しかも、お前が宝箱を開けたんだから、お前が重点的に悪いのかもな。
「くそ! ゴブリンが多い! ああ! 俺のポーチを持っていくな!」
戦士のお陰か打たれ強く戦っているが、ゴブリンの数も多く、レベルが十五。
囲まれた状況のなかでは、少しのレベルの差程度などいくらでも覆せる。
「ちょっとジョン! 助けてよ! 私が死んじゃう!」
前衛職ではない、盗賊の女が必死に声を上げる。
元々戦闘能力が低いのか、ゴブリン二匹を相手するだけで精一杯である。
今にもゴブリンに飲みこまれそうだ。
それにしても人聞きが悪い事を言う。こんな面白い状況で殺すなんて勿体ないだろ。これからがいい所だと言うのに。
「こっちも手いっぱいだよ!」
自分の命の危機のせいか、なりふり構っていられないらしく、男の方の声が荒くなる。
いいぞ。いいぞ。面白い展開に俺の姿勢も前かがみになる。
「ジョン! 私を守ってよ! ねえ、ジョンってば! 私を助けて!」
「うるせえな! 黙って一匹でも多く倒せよ! 命が懸かってるんだぞ!」
きたああああああ! 男が本性を現した!
人間ってのは追い詰められた時こそ、本性が現れるからな。
所詮人間なんてこんなもの。誰だって他人よりも我が身が大事なのだ。
「……なっ……っ!? 何がレベル二十二よ! 何がダンジョンなんて楽勝よ! 前衛の癖にゴブリンにやられそうになっているじゃない!」
「うっせえな! 優しくしてやりゃ調子に乗りやがって! 盗賊の癖に周囲の警戒くらいしとけよな! 大体――」
本当に面白い。もはや愛など二人には無く、憎しみしかないようだ。
水晶に表示される負のエネルギーがその証拠だ。
後悔、恐怖、憎しみ、怒り、色々な負のエネルギーが多く溜まっていく。
二人はお互いに罪を擦り付け合うと、言う事がなくなったのか声を上げなくなった。
戦うのに必死なのだ。何とか突破しようとするも、大量のゴブリン、巨大なゴーレムに阻まれる。
戦士の男が一人だけ突破しようとして、女が投げナイフを投げて阻止したのは傑作だった。
二人のあの殺意の籠ったあの表情。本日のハイライトである。
思わず腹を抱えて笑ってしまったよ。勿論スクリーンショットしておいた。
さて、二人共必死に戦っているだけで面白くなくなったので終わりにしようかと思う。
二人の心の醜さも十分に堪能した事だしな。
もはや、恋人の関係に戻る事など不可能であろう。
俺はゴーレムに戦闘に積極的に加わるよう指示を出す。
ダンジョンで生みだした魔物に指示を送る事ができるのは、ダンジョンマスターの特権である。
するとゴーレムが動き出し、その大きな拳で男を殴り飛ばした。
ゴブリンと戦闘をしていた男はろくに防御もできず、部屋の滑り、ピクピクとしたあと動かなくなった。
男がゴーレムに吹き飛ばされたのを見て、笑みを浮かべていた女だが自分の方にもゴーレムがやって来たことに気付くと顔を青く染める。
そして女も同様、圧倒的な質量を全身に受けて床を転がった。
ゴーレムが動いたことによって、なすすべもなく冒険者二人は冷たい床に這いつくばる事となった。




