ドMだから
『邪神の異世界召喚』書籍3巻が発売しました!
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十階層の階層主部屋に現れたのは勿論ドM冒険者のビアージュ。
ビアージュはフロア内をゆっくり見渡すと、慎重な足取りで中へと入って来る。
コツコツとビアージュの足音が響き、スライムキングとの距離が近くなる。
今のところ脅威の擬態能力でバレていないのか?
ドキドキしながら見守っているとビアージュは呆気なくスライムキングの前を通り過ぎた。
「む、階層主のスライムキングとやらはどこだ? エルフ達の話しではここにいるとの情報だったのだが……」
誰も座っていない玉座を見てビアージュが呟く。
どうやらすぐ傍にいるスライムキングには気付いていないらしい。本当に壁と同化してしまって見えないようだ。
とにかくこれで作戦の第一段階は終了だな。
後は適当に放置していれば、ビアージュは階層主にまで無視されたと怒りを覚えるはず。適度に負のエネルギーを回収して、落胆させたところで奇襲すればいい。
段取り通り上手くいったことに喜んでいると、壁と同化しているスライムキングがそろりと動き始めた。
多分、相手が見えないとわかって悪戯をしたくなったんだろうな。
ジッとしているだけで負のエネルギーが手に入るので大人しくしてほしいところであるが、俺がその能力を持っていたら同じことをしていた自信もあるのであまり強くは言えないな。
「ちょけるのはいいがバレないようにしろ」
『はーいっす!』
念話で釘をさすと、スライムキングは機嫌がよさそうに念話で返事をした。
ビアージュが辺りを見回しながら歩く中、スライムキングも景色に同化しながら後ろをついていく。時には腕や触手を伸ばしたり、触れてしまう距離にまで近付いたりと好き放題だ。
水晶の映像で見ると、ぼんやりとだがスライムキングを視認できるので、それをいないいないと言っているビアージュがおかしく見えるな。
ビアージュはやがてフロアの奥にある玉座へとたどり着く。
入念に玉座を触ってみたり裏側を覗いたりするが、勿論そこにはスライムキングがいない。
「おかしい、玉座にもいないではないか!」
お前の後ろにピッタリといるんだけどな。
何だかちょっとした喜劇を見ているようで滑稽だ。
「魔物や罠があるはずのダンジョンだというのに、途中からはそれらが一切なくなってしまった。もしや、ここのダンジョンマスターは私から階層主までも取り上げてスルーするつもりなのか……っ!」
肩を震わせながら玉座を叩くビアージュ。一瞬、スライムキングが文句を言うような仕草を見せたが、何とか堪えてみせた。
「私がこの十階層にどれだけ期待していたと思っているんだ! そんなことは許さんぞ!」
虚しいフロアを見渡して激昂するビアージュ。
おお、このドMから初めて強い負の感情を引き出せた。やはり、コイツを相手にスルーするのは成功だったようだな。
ビアージュはより強い快楽を得るために、階層主と戦うのを心より楽しみにしていた。
自分の求めるものの期待が大きかった分だけ、それが無いとわかった時の怒りや絶望は強いものとなる。
現に水晶に表示される負のゲージは着々と増えていた。
負のエネルギーの源が、ビアージュの欲求不満なものからきていると考えると少し複雑だが貴重なエネルギーには変わりない。
このまま悶々とした奴の欲求不満エネルギーを回収させてもらおう。
「……スライムキングと戦いたい」
溢れる感情を吐き出すかのような声を出すビアージュ。
よくも不誠実な想いを抱きながら、そこまでシリアスチックな声を出せるものだと感心しているとスライムキングから念話が入る。
『マスター、この冒険者と戦っていいっすかね?』
「何言ってるんだ。もっと負のエネルギーを絞りとってからだ」
まだビアージュはスライムキングの存在を諦めきれないでいる。完全に階層主にスルーされたと認識して絶望するまで待たないと勿体ないではないか。
俺は絞れるところからは、きっちりと絞るタイプなのだ。
『そうっすけど、ここまで俺と戦いたいって言われると階層主として相手してやりたいっす……』
ん、んん? コイツ、もしかしてビアージュが純粋に戦いたいとでも思っているのか? いや、スライムキングにはビアージュの本心を言っていなかったな。
そう考えれば、スライムキングからすれば、ビアージュは自分との戦いを熱望する冒険者に見えるのかもしれない。
実際は全然違うものなんだけどなぁ。多分、ビアージュはスライムキングにいたぶってもらいたいだけだと思うのだが。
まあ、これも面白そうだからいいか。相手がドMでいたぶられると喜ぶと伝えると、困惑しそうだからな。
どうせビアージュは追い返さないといけない冒険者なのだ。ここらで容赦なく叩き潰してダンジョンから放り出してやろう。
正直、こいつは他の冒険者と違って苛め甲斐もなく、管理が面倒なのだ。
「わかった。ならば、相手をしてやれ。ただし、相手をするなら徹底的にやれ。そいつはかなり打たれ強いからな」
『了解っす! ありがとうっす、マスター!』
素直に礼を言われるとちょっと罪悪感が湧くが、特に嘘も言ってないしな。ただ、ちょっと特殊な性癖を伝えていないだけだ。
「もういい。ここに階層主がいないのであれば次なる希望を求めて、下の階層へ――ぶっ!?」
玉座から離れて歩き出そうとしたビアージュに、スライムキングは容赦なく触手を鞭のように振るってビンタした。
ベチンとフロア内に響く高い音。音を聞いただけで今のが痛いとわかる。
『俺が隠れているかもわからないなんて間抜けっすねー!』
さすがに攻撃すると身体を隠すことはできないうのか、スライムキングが姿を現しながら挑発の声を上げる。
それに対して、ビアージュの反応はというと――赤くなった頬に手を当てながら恍惚の表情を浮かべていた。
「……も、もしかして階層主のスライムキングか?」
『そうっすよ! さあ、俺と勝負っす!』
「あはぁ! なんという容赦のない一撃! これこそまさに私の追い求めていた階層主!」
スライムキングがそう言うと、ビアージュは蕩けた表情で笑う。
き、キモいな。見ていると鳥肌が立っていそうだ。
ボックルに理解者だと言われたが、あんな奴の理解者になんてなりたくないし、奉仕者になんて絶対になりたくない。
スライムキングは戦闘モードに入ると、真っ先に足下に魔法陣を広げてスライムを召喚。ポイズンスライム、パラライズスライム、スケルトンスライム、アシッドスライムと多種多様なスライムが出てくる。
どのどれもが凶悪な特性を持っているというのに、ビアージュは歓喜していた。
『いくっすよ!』
スライムキングが指示を出すと、スライムたちが一斉にビアージュに向かって突撃。さらに時間差で手短にいるスライムを素早く投げつける。
そんなスライムの嵐と言われる状況に、ビアージュは避けるでもなく両手を大きく開いて受け入れた。
まるで、その身で雨を浴びるかのように実に清々しい笑顔で。
ビアージュの身体にパラライズスライムが取り付く。
「あばばばばばばばば!」
すると、ビアージュの身体が壊れた機械のように震え、そこにアシッドスライム、ポイズンスライムまで取り付く。
痺れたと思えば、酸で肌を焼かれ、ダメ押しとばかりに毒を注入されて身体の内部から攻撃される。そして、ダメ押しとばかりにスケルトンスライムが乗っかり、ビアージュの身体から魔力を吸い上げていく。
「お、おほおおおおお! なんと容赦のないスライムの嵐! 身体の中と外から痛みが与えられて、気持ちいいいい! しゅ、しゅごいのおおおおおおおおおお!」
『おや? マスターが愛読している青年漫画で、よく女性キャラが叫ぶ台詞が出てきましたね?』
「ど、どうしてそれを――じゃなかった、そんなもの知らねえ!」
『そうですか? 最近DVDが減って、漫画が増えたのは気のせいですかねぇ? ノフォフォフォ!』
くっそ! ボックルの奴わかっていてからかってやがる。
DVDの類は、すぐに漁られてしまうので漫画に切り替えてみたのが、もう見つかったというのか。一体、どうしてこんなにすぐにバレるんだ。
俺がそんなことを考えている間に、ビアージュの顔にスライムが被さって息を塞ぐ。
スライムに口や鼻を塞がれているせいか声は出されなかったが、どうしようもなく蕩けた顔を見れば彼が幸せであることが明らかだった。
『本当にドMなのですね。あれほどの苦痛を受けてもまったく負の感情が漏れていません』
ボックルの言う通り、水晶に表示されるゲージに負のエネルギーはまったく増えていなかった。
常人であれば、痛みを受けると恐怖や後悔といった感情を僅かながらに漏らす。あのようなスライムにたかられてなぶられるようにやられたら嫌悪感や絶望の感情を漏らすこと間違いないのに。
「本当にドMだな」
俺がそうボヤいた瞬間、スライムに呼吸を塞がれていたビアージュが、実に幸せそうな顔で落ちた。
『え、ええ? まさかこれだけで終わりっすか? 何で抵抗しないんすか?』
ビアージュの事情を知らないスライムキングは、ただただ幸せそうな顔で気絶しているビアージュを見て戸惑っていた。
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