ドMをスルー
書籍、二巻は秋に発売予定です。
ドMのビアージュを徹底的に無視することに決めた俺は、彼の通る場所全ての魔物を退避させ、罠さえも一時的に解除した。
散々期待させた結果の放置にビアージュは怒りを感じたのか、ようやく負のエネルギーをまき散らし始めた。
今はひたすらに七階層をひたすらに驀進していた。
「うおおおおおおおお! 魔物! 罠はどこだー!」
階層内のあちこちを動き回りながら叫ぶビアージュ。しかし、その呼び声に答える魔物は一匹たりともいない。全て俺が転移させて避難させてあるからだ。
もうここから十階層までは一匹たりとも魔物はいないのだ。
「何故だ! どうして魔物がいなくなる! ここまでやっておいてそれはないだろう! やるなら存分に叩いて放置してくれ! そうすれば興奮できるのに!」
ビアージュのお望みは痛みを与えてからの放置プレイ。しかし、そんな相手を喜ばせる真似をするはずがない。
ビアージュが誰とも出会わずに、何気なく階層を進むだけで負の感情が吸収されていく。嫌がらせを相手に直接しないというのは少しつまらないが、これが相手にとって最大限の嫌なことだと思えば少しは楽しめる。
何もしなくても負の感情が手に入るから楽なことこの上ない。魔物だって倒されないし、罠だって起動する必要もないから魔力の節約になるしな。
焦りの表情を浮かべるビアージュを見るのも悪くない。
ダンジョンに入ってからというもの、こいつはずっと澄ました顔か恍惚な表情しか浮かべていなかったからな。
まったく見せていなかった怒りや焦りの表情を見ると、ようやく彼を追い詰めることができたという達成感が得られる。
「くっ、こうなった十階層だ。十階層に行けばスライムキングからご褒美――いや、戦うことができる」
七階層を散々走り回ったビアージュは、階層内に魔物や罠を諦めて確実にいるであろう相手に目をつけたようだ。
まあ、さすがにそこは避難させられないけど、こいつの場合は敢えてスルーした方がいいのかもしれない。
いや、でも、十階層より先に進むと、こいつにとってご褒美な階層ばかりだからな。二十階層まで突破させてゴーちゃんに手を煩わせるのもアレだし、そこまでコイツを見続けたくない。
スライムキングなら、どうせ暇しているだろうしあいつに処理を任せるか。
多分、相性から言えば最高なはずだし。
ビアージュの相手をスライムキングに任せる事にした俺は、念のために水晶画面を操作して十階層の階層主部屋を表示。
そこではスライムキングが暇そうに座り込みながらスライムを撫でたりと、戯れていた。
なんかスライムに囲まれて気持ち良さそうだな。俺も後で休憩する時に召喚してやってみようかな。プニプニのスライムに囲まれながら昼寝とか悪くないかもしれない。
そんな事を思いつつも俺はスライムキングへと念話を送る。
「おい、スライムキング」
『んお? なんすかマスター?』
「七階層にいる冒険者が、十階層まで行くから準備をしておけよ」
『おお! 久しぶりに冒険者との戦闘っすね! 相手はどんな奴っすか?』
冒険者がやってくると聞いて興奮したのか、スライムキングが大きな声を上げて立ち上がる。
相手は、痛めつければ痛めつけるほど喜ぶド変態……と言ってやりたいが、こいつにはそれを教えない方が良さそうだな。ゴーちゃんと交代して欲しいとかごねられても嫌だし。
「身体が丈夫な格闘家一人だな。レベルは三十三と結構高いから注意するんだぞ」
『おお! 一人でここまでたどり着く冒険者とは珍しいっすね! それなら俺でもいけそうっす! 一対一のバトルは久し振りっすから楽しみっすねー』
一人の冒険者が来ると聞いて、ご機嫌なスライムキング。
用心深いボックル辺りだと、一人で十階層までやってくる冒険者がただ者ではないと訝しむんだろうな。
◆
ビアージュの事をスライムキングに丸投げすることにした俺は、そのままビアージュに対してちょっかいはかけることなく、ひたすら無視をして進ませた。
そして、しばらく時間が過ぎると、ビアージュはあっという間に十階層の階層主部屋までたどり着いた。
「はぁ、はぁ……ここが十階層の階層主部屋だな」
階層内を駆け抜けたせいか、ビアージュの息が少し荒い。
思えば、ここまで自由にダンジョン内を駆け抜けたのはこいつが初めてだろうな。十階層までたどり着くのに半日しかかかっていないし最短記録だ。
もっとも、このような邪道な戦術など、こいつ以外には使わないと思うけどな。
「スライムキング、冒険者が扉の前まで来たぞ」
俺が階層主の部屋を水晶で覗くと、スライムキングはビアージュを待ち構えるように玉座に座っていた。
『了解っす! じゃあ、俺はここで待ち伏せて――』
「いや、最初は相手から見えないように隠れておけ」
『ええー!? 何でっすか!? 階層主らしく堂々と待ち受けていたいっすよ!』
フン、たかが十階層の癖に何を大物ぶっているのやら。
「その方が負のエネルギーが取れるからだ。それに階層主がいないと落ち込んだ相手に奇襲攻撃ができるだろ?」
『おお! なんかそれもそれで面白そうっすね! いいっすよ! ちゃんと隠れて奇襲を成功させてみせるっす!』
ちょっと面白い方向に誘導させると、すぐに乗ってくれるのでこいつはチョロイな。
しかし、どこで隠れさせようか。階層主部屋は戦いやすいように障害物はできるだけ配置していない。それらしい障害物といったら玉座の後ろか、所々置かれてある柱か。
ここは無難に柱の裏に隠れさせて、ビアージュがやってきたところを襲いかかるのが一番だろう。
そう考えて命令しようとすると、スライムキングは呑気にも扉の近くにある壁に近付いた。
おいおい、そんな所にいたらすぐにバレる――と言おうすると、スライムキングの身体がスーッと壁の色と同化した。
「……おい、何だそれ?」
『へへへー、俺、実は隠れるのが得意なんすよ! ゴーちゃんとのかくれんぼで、一度も負けたことがないんす!』
俺が思わず尋ねると、スライムキングが得意げにそんな事を言う。
……そんな便利な技使えるなら、もっと前から使えよ。
『マスターからもちゃんと見えるっすか?』
「ああ、なんかぼんやりとだが見えるぞ」
『ええっ、見えるんっすか!?』
「まあ、ダンジョンコアを通して覗いているお陰だろう」
『あっ、そうなんっすね。今度直接マスターに見られるか実験してみるっす』
そこは俺も少し気になるな。肉眼で見ると見えないとか状態になったら悪戯をしてきそうで嫌だな。
『むっ、便利な技ですね。場合によっては、マスターが一人でゴソゴソしている時に驚かせそうです』
俺がそのような事を懸念していると、早速ロクでもない奴が悪だくみをし始めた。
「ひ、一人でゴソゴソって何だよ! というか絶対にやめろ! 冒険者に使え!」
なんて恐ろしいことを考えるやつだ。そんなことをされれば出るものも出なくなるだろうに。
俺とボックルがそのような会話をしていると、水晶の画面に表示されているビアージュが扉に手をかけ
た。
「まあ、いい。冒険者が入ってくるから、見つからない限りは俺が指示するまでスライムキングは待機だ」
『了解っす!』
スライムキングがそう返事をした瞬間、階層主部屋にある石造りの扉が開いた。
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