ドMとゴブリン
ドMの称号を持つ男、ビアージュが一階層へと至る階段を降りて大広間にたどり着いた。
そこには例の如く、法衣を着込んだ信者達がパンツこと、リンスフェルト神に祈りを捧げていた。
ちなみに信者達の法衣はそれぞれ色やガラまで異なる。白色だったり黒色だったり、水色の縞々だったり、水玉模様だったり。その人の一番好きなパンツの色やガラを表しているらしい。ぱっと見で知らない
人の性癖というか趣向がわかってしまうのはちょっと複雑な気分だ。
大広間に祭壇を作ったりと好き勝手している連中である。
はてさて、そんな変態的集団を見たビアージュの反応は……。
「一階層に女性の下着が飾られているというのは本当だったのか……」
どうやら素直に驚いているらしい。ビアージュは足を止めて熱心に祈りを捧げる信者達を遠巻きに眺めている。
まあ、ダンジョンの一階層でこのような信者がいれば驚くのは当たり前だろうな。しかも、祈りを捧げる物体がパンツだし。
とはいえ、ビアージュも男。今までの男性冒険者のように混ざって祈りを捧げに行くのか。
ここの反応で男の性格の一旦が知れるというもの。
ノリが良くて女性の下着に飢えていれば混ざるし、スケベだけど祈りに混ざることは遠慮する警戒心の高い奴はパンツを舐めるように見て去る。
素直になれないムッツリスケベは、興味のないフリをしてチラ見して通り過ぎる。
さあ、ビアージュはどれなのか。
俺が少しワクワクしながら観察していると、ビアージュは視線を切って迷のない足取りで階層を進み始めた。
まるで目の前にある女性下着などには微塵も興味がないとばかり。
「バカな! こいつには性欲というものがないのか?」
『マスターでしたら興味のないフリをしながら四回は視線を送るんですけどね』
俺が驚きの声を上げていると、ボックルが横から口を挟んでくる。
いちいち、余計なことは言わなくていいんだ。
俺はボックルを無視してビアージュを見守ってみるも、やはり一度も振り返ることはしない。むしろ、この先に用があるとばかりに足取りは急いだものであった。
どこか納得がいかないままに観察していると、ビアージュの周りに青いマーカーが現れ始めた。
どうやら侵入者となる冒険者を排除しようと魔物達が集まってきたらしい。
『ギイイッ! ギイイッ!』
程なくして一匹の棍棒を持ったゴブリンが通路の壁から出てきて、こっちだとばかりに声を上げる。
すると、ゾロゾロと五匹のゴブリンが現れて、あっという間に六匹もの集団となった。
駆け出し冒険者一人であれば、迷わずに逃走を選ぶ数。しかし、高レベルのビアージュからすれば、この程度のゴブリンなどものともしないだろう。
ゴブリンを目の前にしたビアージュは立ち止まり、戦闘態勢を整える――こともなく、そのままスタスタとゴブリン達の方へと歩いていった。
まるでゴブリンの群れを認識していないようにも見えるが、ビアージュの視線は真剣なくらいにゴブリン達を見据えている。
『ギ、ギイ? ギギギイッ!』
迷いなく突き進んでくるビアージュにゴブリン達は困惑するものの、調子を整えるようにだみ声を上げて突撃。
六匹のゴブリンが棍棒を手にしてビアージュへと襲い掛かる。
ビアージュは自分の身体を曝け出すように両腕を広げると、その身で全ての棍棒を受け入れた。
ですよねー、だってドMだもの。
「……ああっ!」
ゴブリンの棍棒が身体のあらゆる急所を叩き、ビアージュが熱っぽい息を吐く。
妙にいい声をしているが男の嬌声を聞いても何も嬉しくもない。
ビアージュがすこぶる恍惚そうな表情をしている間に、ゴブリンは次々と棍棒を叩き込んでいく。一度でも攻撃を食らえば、冒険者は怯んだり倒れ込んだりするもの。それを本能から理解しているゴブリン達
は、ここぞとばかりに棍棒を振るう。
残虐な一面を持つゴブリンは、例え相手が一人であっても容赦はしない。
相手の顔面、股間、脛、足先、指先と俺が指導した部分を徹底的に叩いていく。
さすがに高レベルであっても、これほどの急所に攻撃を貰えば苦悶の声を上げるはず。
「……うっ」
徹底して人間の弱点を攻めるスタイルには、さすがのドMも苦しいらしく。表情が余裕のものから苦しげなものへと変わっていく。
それを敏感に感じ取ったゴブリン達は、さらに調子づいて攻撃を続ける。
『ギギッ! ギギ、ギギギイッ!』
今だ! もっとやってしまえ! ボコボコにしろ!
醜悪な笑みを浮かべながら棍棒を振るうゴブリンから、ダンジョンマスターとしての能力がなくてもどのような言葉を発しているか容易に想像ができる程。
この棍棒の乱舞にはさすがのビアージュも痛がっているのではないだろうか。そう思ってビアージュの顔を確認すると、何故か頬が上気しており「はぁはぁ」と息を荒げていた。
「ば、バカな。この状況であっても感じているというのか!?」
『本当にドMなんですね……』
ドMであろうと痛がる箇所を徹底して攻撃しているのだが、ビアージュには何ら効いている様子はない。
むしろご褒美とでも言いたげな表情。
事実、水晶に表示される負のゲージを見ても、そこに変化は何もない。
つまり、こいつはゴブリンという魔物に袋叩きにあいながらも、痛痒すら感じていないことになる。
喜んでいる。今、この瞬間、この男は確実に喜んでいる。
しばらく、棍棒による殴打を続けていたゴブリン達だが、続けていれば疲れてしまうもの。
依然として崩れ落ちることのないビアージュを前にして、ゴブリン達は一度離れて息を整える。
『ギィ……ギィ……』
「はぁ……はぁ……」
一階層の通路では息を荒げるゴブリンと男という何とも言えないシュールな絵面が誕生していた。こんなシーンを見ても誰が得をするというんだ。
「どうした? もう終わりなのか? もっとだ。もっと今の感覚を私に味合わせてくれ!」
先に息を整えたビアージュがまさかのおかわり。
ビアージュは頬を赤くしながらゴブリン達に強請るように詰め寄っていく。
すると、ゴブリン達はビアージュを恐れるように下がる。
そりゃそうだろう。自分達が攻撃を叩き込んでいるのに全く効いていないし、相手はむしろもっと叩けと言って喜んでいるんだ。
このゴブリンが生きてきた中で、叩けば喜ぶようなゴブリンはいなかっただろうな。ゴブリンからすれば叩けば喜ぶ人間というのは得体の知れない存在に思えてならない。
なんせそういう性質を持っているとわかっている俺でも、ビアージュの行動は得体が知れないのだから。
『ギイ、ギイイ!』
気味の悪く詰め寄られたゴブリン達は、ビアージュに背中を向けて一目散に逃げ出す。
「そんな……っ! これからがいいところだというのに……」
遠くなるゴブリンを目にして心底残念そうな声を上げるビアージュ。
まさか戦闘をすることなくゴブリン達を退けてしまうとは……ドMというのは恐ろしいものだ。
しかし、これでは全く負の感情が全く取れない。ダンジョンに何の利益もないじゃないか。
人に嫌がらせをすることを生きがいにしている俺からすれば、ビアージュの反応は面白くない。
俺はやってくる冒険者などに嫌がらせをして、屈辱的な表情や反応を見たりするのが好きなのだ。嫌がらせをして喜び、あまつさえ負の感情を吐き出さない奴に用はない。
こいつには早々にお帰り願いたいものだ。




