加護の強化で死にかける
書籍は6月22日発売!
来週の金曜日です!
エルフパーティーと令嬢パーティーを撃退し、邪神に負のエネルギーを奉納した俺は、仕事終わりのいっぱいとばかりにコーラを飲んでいた。
前回の冒険者も楽しく踊ってくれたものだ。特にエルフと令嬢、この二人が放つ醜い負の感情は負のエネルギーをより濃密なものにしてくれた。
やはり人には相性というものがあり、仲の悪い者同士を放り込むとこちらが手を下すまでもなく負の感情を発してくれる。
こちらが嫌がらせをしてピーピー言わせるのも楽しいが、醜く蔑み合う女の生態を観察するのも悪くないな。
そして最後には聖騎士。自分と仲間を秤にかけて見事に仲間を捨ててくれた。あの時の見捨てっぷりと言えば、天晴れそのものだ。
人間の醜い部分を披露してくれた。あの時の捨てられた時のハンスの顔は爆笑ものだったな。
それに戻ってきたからエルフを死んだと思い、罪悪感に押しつぶされそうになったのも笑えた。精神魔法で後押しをしてやったとは、仲間を見捨てたのは事実。
そもそも仲間が本当に大事なのであれば、ボックルの言葉に反応して秤にかけるまでもなく救いに動いただろう。
それができなかったということはエルフ達を仲間とみなさず、信用もしていなかったというわけだ。人間、綺麗事は吐けるが、行動まで伴える奴は中々いないな。
その後は、デュランに悪戯されたメンバーはそれぞれが喜んだり、怒ったり、悲しんだりと様々な反応を見せてくれた。
自分の胸が膨らんだと勘違いし喜び、即座にボックルの投げた針で割られた時のエルフ。
あれが一番ハイライトだったな。
胸が破裂してしぼんだ時のエルフの表情といえば、喜びから一気に絶望に落とされて無表情になったものだ。
後は聖騎士がメンバーを生きていることを喜ぶが、気まずさでどう声をかけていいか困ったり、ハンスとディルクが自分の股間の下腹部を見て怒ったり。
令嬢とセバスチャンが喧嘩しながら帰ったりで、ようやくダンジョンが静かになったというわけだ。
「はぁー、人をコケにした後の一杯は最高だな」
魔力召喚でキンキンに冷えたコーラを飲みながら呟く。
この独特な甘さと爽快なまでの炭酸が素晴らしい。それが嫌がらせの後とくればなおさらのこと。エルフの怒った顔や、令嬢の屈辱的な顔などを思い起こせば、もっと美味しく感じられる。
こうやって悪戯をした数々を思い起こしながら、次はこうやろうと考えるのが結構好きだ。
次に来る時は人間関係がどうなっているのか。エルフ達と聖騎士はどのように折り合いをつけるのか。令嬢とセバスチャンはきちんと仲直りできているのか。
やはり人の心を突くには人間関係が大事だからな。想定できる数々を思い浮かべて罠を考えておかないとな。
『おや? マスター、ダンジョンコアが光っていますよ?』
そんな風に考え込んでいると、ボックルの言う通り、目の前でダンジョンコアが光輝いていた。
「ん? 負のエネルギーならさっき送ったはずだが?」
水晶が光る時というのは、負のエネルギーが満タンになった時。
それ以外であった現象といえば、ダンジョンの起動時。それともう一つは……。
「邪神からの加護か?」
思い出す以前の感覚。自分の身体の内部をぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような不快感と痛み。それは吐き出せるものでもなく、延々と俺を蝕み続けたものだ。
またあの不快感が襲ってくるかもしれないと怯えた俺は、伸ばしていた腕を咄嗟に引く。
目の前ではまるで俺を誘うかのようにダンジョンコアが点滅している。
あの感触を体験せずに済む方法は簡単だ。この水晶に触れなければいい。しかし、そうなると俺はダンジョンをいじくり回す術を失くしてしまうことになる。それでも何か月かは貯めておいた魔力のお陰でダ
ンジョンとしての最低限の機能は維持されるが、以前のように冒険者に合わせて罠を変えたり、嫌がらせをすることができなくなる。
絶好の獲物がやってきているというのに、手を咥えてみているなど俺はゴメンだ。
今となっては人に嫌がらせをしたり、からかうことだけが生き甲斐でそれに人生を懸けているのだ。ちょっと痛いからといって引き下がれるか!
自分の中で決意を固めた俺は、意を決して水晶へと手を伸ばす。
『ダンジョンマスター黒井幸助の魔力を確認……邪神の加護を強化します』
紫色に輝く水晶に触れると文字が浮かび上がり、紫色の光が腕を伝って俺の身体を包み込む。
うわっ! やっぱり前回と同じ邪神の加護の強化だ! 負のエネルギーを奉納したから早速還元してくれたのか。随分と仕事が早いことだが、これから起こり得ることを考えると素直に喜べないもの。
冷たさのようなものを感じる不思議な光は、前回と同じように体内へと溶け込むようにして消えていく。
そして、自分の心臓が大きくドクンと跳ねた。それを合図にするように込み上がてくる不快さ。
内臓を何かでかき回されるような感覚。それは以前にも感じたものだが、今回はそれよりももっと強い猛烈な不快感。
気が付けば俺の視界は大きく歪み、身体に伝わる衝撃で自分は倒れたのだと理解した。
『おや? マスターどうしたのです? 急に倒れたりして、構ってほしいのですか?』
ボックルが俺の異変に気付いたのか声をかけてくるが、その言葉は酷くふざけたもの。
こいつ、自分の主が倒れたというのにもうちょっと気を遣った言葉をかけることはできないのか。
ボックルのいつも通りさにイラつくが、今はそれどころではない。
体内には吹き荒れるようなエネルギーが生まれているというのに、何故か体温は冷たい。
額からは脂汗のようなものが流れて息が苦しくなってきた。
天井が何重にもぶれてチカチカと明滅する。
これ、以前よりもヤバくないか? もしかして、俺死んじゃうんじゃ。
洒落にならない状態に思わずそのようなことを考えてしまう。しかし、それは次の瞬間にピタリと収まった。
「あ、あれ? 不快感も痛さも冷たさもない……?」
突然の回復に戸惑う俺。先程のもうもうとした不快感や痛みなどは全くない。冷たくなっていたかのような身体もいつも通りだし、呼吸も安定してきた。額に流れる脂汗は相変わらず浮かんでいるが、今はもう流れ出ていない。
「あ、でも、何かお腹の辺りが重い……」
ただ一つ残る身体の違和感を探ろうと視線をやると、俺のお腹の上にはベコ太が乗っていた。
「……何してんだお前?」
『ぶにゃ』
俺が思わず問いかけると、ベコ太は不細工な鳴き声を上げて離れた。
その時に強く蹴って飛んだものだから、俺のお腹に凄い圧迫感がかかり「ぐえっ」という声を上げてしまう。
「こら、お前。人のお腹から降りる時はもっと優しく降りろ!」
お前は普通の猫などとは違って重いんだから、そこら辺ちゃんと気をつけてほしいものだ。
などと心の中で悪態をつきながら起き上がる。すると、俺の身体は本当に異常がなかった。
苦しんだ末に倒れたのが嘘のようである。
前回と同じように加護の強化をしたのだと思うが、一体どうなっているのやら。
特に魔力も増えた様子もないし、力が漲ることもない。
だが、まあ水晶に触れれば何が起きたかわかるだろう。
いつものように椅子に座りなおし、俺は水晶へと触れる。
すると仄かな光を帯びて水晶から文字が浮かび上がった。
『邪神の加護が強化されませんでした』
「おお! 邪神の加護が強化――されませんでした? なんじゃそりゃ?」
さっきの奴は紛れもなく加護の強化のはずだ。しかし、実際にこうして見れば強化はされていないと言うではないか。
散々苦しみ抜いた末に、この結果というのは如何なものなのか。
『ノフォ! さっきのは邪神様の加護だったのですね。しかし、強化はされなかった模様。一体どうしてでしょう? 日頃の行いでしょうか?』
「バカ言え。俺は負のエネルギーをちゃんと奉納してるし、日頃の行いも邪神様に顔向けできるもののはずだ」
女神の方には顔向けすることはできないけど、邪神たちには顔向けできる行いをしてきた。それなのにこのような仕打ちを受けるとは邪神共に文句を言ってやりたいくらいだ。
俺が不満げにそのようなことを思っていると、再び水晶が光って文字が浮かび上がる。
『よう、幸助。お前のお陰で俺達に力が集まって少しだけ干渉できるようになったぜ。それで早速の言葉だが……幸助。ちゃんとレベルを上げておこうな? レベル一で加護を与えようとすると身体が堪えきれな
くて本当に死ぬから。というか魔王がレベル一って、どういうことなんだ。もっとレベルを上げろ』
「ふざけんな! そういうことは先に言っとけ!」
本日、活動報告などで表紙デザイン、挿し絵、特典ストーリーなどについて書きますので、ぜひチェックしてみてください。




