プロローグ 欲求不満な男
四章開始! ビアージュ視点です
私の名はビアージュ。冒険者だ。とはいっても、そこいらにいるような冒険者のように一攫千金を目指してダンジョンにもぐったり、古代の遺跡を漁ったりはしていない。ましてや人々のためなどという正義心を持って魔物を退治しているわけでもない。
私はより素晴らしい痛みを追い求めて冒険者という危険な道を選んだのだ。
『フゴオオオオッ!』
そして、私の目の前では魔物であるオークが荒々しい雄叫びを上げている。
それだけで頬にあるブヨブヨとした肉や樽のように膨らんだ腹回りの肉が震える。
その体躯は私の身長を二倍ほどにしてようやく目が合うかどうか。しかし、身体の幅は二倍や三倍程度では追いつかず、かなりの厚さだ。
オークは私を睨みつけると、巨木のような太い棍棒を力任せに振るってきた。
人外ともいえる魔物の一撃。レベル差があるとしても普通の人間ではとても受け切れることができない一撃。
しかし、私は普通に当てはまらないために敢えてそれを腕で受ける。
オークの振り落とした棍棒と私の腕がぶつかり合う。常人ならば、あっさりと腕の骨をへし折られて大きく吹き飛ばされていることだろう。しかし、残念ながら私はそうはならなかった。
それは私の特殊な称号によるもの。そのお陰で私は常人よりも遥かに丈夫な身体になっているのだ。とはいえ、オークの力のこもった棍棒をもろに受ければ無傷とは言わず、ミシミシと肉体が悲鳴を上げるような音を上げる。
「……ふむ、中々の痛みだが足りないな」
そう、足りない。私が求めているようなものはこんなものではない。
この程度の痛みなど、ちょっと気持ちいい程度でしかない。
『フゴオッ!?』
自慢のパワーで俺を押し潰すことができなかったせいか、オークが戸惑いの声を上げる。
「そんなものなのか? 力に自信があるのならばもっと力を込めて打ちこんでこい!」
『フッフゴオオッ!』
私が胸の内にある想いを曝け出して叫ぶと、オークはもう一度腕を振り上げて棍棒を振るってくる。
通常時であれば、またとない好機。このがら空きとなった胴体を剣で切り捨てるなり、殴るなりすればオークに有効打を与えることができるだろう。
しかし、私はそのようなことをしようとは思わない。今私がこの戦闘において求めているのは野性の魔物ならではの重い一撃。その痛みでもって身体に快楽を与えてくれること。
ここで攻撃を仕掛けるなど愚の極みだ。
巨木を想起させるオークの両腕の筋肉が膨れ上がり、そこから一気に加速して棍棒が迫りくる。
私はその一撃に期待して、今度は腕で防ぐでもなくその顔でもって受け止める、
脳天から突き抜けるオークの一撃。脳や内臓を揺らすような強烈な一撃は私の身体を駆け巡り、快楽というものに変換される。
――だが、足りない。
「……足りないぞ。オーク。もっと、もっと私に強烈な一撃を叩き込んでくれ!」
『フフゴオオオオオオオオオオオッ!』
私がそう叫ぶと、オークはどこか顔を引きつらせながら棍棒を振り上げて滅多打ちにしてくる。顔だけでなく、腕や足、腹、背中といった全身部分に伝わる打撃。
それは称号の補正によって頑強になった私の身体さえも突き抜けて、血を流させる。
しかし、身体の表面と少しの内部を傷付けるだけで私の心にはまったく響かない。
具体的に何が足りないというのだ?
――わからない。
自分でも何が不満なのかはわからないが、欲しているものではないとハッキリとわかる。
私が求める快楽はこのような痛みではない。
では、もっと強烈な痛みを受ければ、その不満は解消されるというのか?
恐らくそれは違うと思う。
私は未知の快楽を追い求めて冒険者になり、このオークよりも強い魔物の攻撃を受けたが、この渇きを潤してくれる痛みはなかった。
だとすれば、この欲求不満となった私の身体はどうすればいいのか。もっと痛み以外の別のアプローチを探した方がいいのかもしれない。
『フゴオ、フゴオ……』
私がそのような思考にたどり着いた頃には、気が付けば目の前にいるオークは汗を流して息を荒げていた。
どうやらさっきの連続殴打で力と体力を使い果たしたらしい。
私に痛みすら与えることができないのならば存在する価値はない。
私の生活の糧になるために、討伐されてもらうか。
私は息を荒げるオークにゆっくりと近付いて、拳を振り下ろした。
◆
「はい、ビアージュさん。オークの討伐依頼は成功ですね。お疲れ様です」
冒険者ギルドに魔物の討伐部位と魔石を渡し、諸々の事務処理を終えると受付嬢が見事な営業スマイルで報酬を渡してくれた。
「ああ、ありがとう」
革袋に入った報酬を受け取ると、私はぶっきらぼうにならない程度に返事をして、併設された酒場の椅子に座り込んだ。
「ご注文は何にいたしますか?」
私が席に座るのを見ていたのか、即座にウエイトレスがやってくる。
「エールと適当なツマミを頼む」
「かしこまりました!」
私がそう告げると、ウエイトレスが厨房の方へと歩いていく。
冒険者とは魔物と戦い、その日の糧を得る危険な職業。勿論依頼の中には、配達や清掃、採取といった魔物と戦うもの以外のものもあるが、多くの依頼は魔物討伐。
それほどにまでこの世界は魔物に溢れており、人々の生活は危険と隣り合わせ。魔物討伐の仕事はいくらでも需要がある状態だ。
痛みを欲する私と魔物を退治してほしい人々の願いは合致し、今の生活は安定している。しかし、心の方はまったくといって安定していなかった。
昔は魔物になぶられるだけで幸せだった。単身でゴブリンの巣に乗り込んで、棍棒や刃物で痛みつけられて快楽を得る。
しかし、それは魔物を退治し、レベルも上がると難しくなった。変な称号が付いて頑丈になるとなおさら。昔のように簡単に快楽を得ることは難しくなった。
最近は魔物の与えてくれる痛みさえも単調に思えてきた。毎日同じような痛みに晒されることで身体が順応して飽きてしまったのだろう。いくら肉が好物であっても毎日食べていれば飽きるというもの。きっとそれと同じものだろう。
私は今、猛烈に飢えている。新たなる痛みというものに。
それを求めて旅をしているのだが、リエラの街の周りにはロクな魔物がいない。
そろそろこの街も潮時かもしれない。新たな痛みを与えてくれる魔物を探すために、ここで情報収集をしたら発つことにしよう。
「うふふふ、エイナ。あんたコケのダンジョンの二階層でやられたわよね?」
「うるさいですわね! レイシアだって七階層でやられていましたでしょ! 大差なんてありませんわ!」
そんな決心をしていると酒場内でそのような叫び声が聞こえてきた。
その大きな声量に思わず振り向くと、そこには高貴なドレスを身にまとった少女と女エルフがいた。
絡まれている少女は、美しい金髪に整った顔立ちをしている。肌は白く、椅子に座っている仕草であっても品がある。まるで貴族の令嬢のようだ。
とはいえ、あのような美しい少女をこのようなむさ苦しい冒険者ギルドに放り込む親はいないだろう。多分、いいところの商会の娘か落ちぶれた貴族令嬢といったところか。
そして隣にいる女エルフは冒険者の間でも残念エルフと呼ばれる有名な奴だ。
二人共お酒が入っているせいか顔が赤くなっていて声が大きい。
会話を聞く限り、お互いにどこの階層まで進むことができたかというものだろう。
「いーや! 二階層と七階層には大きな隔たりがあるのよ! だから二階層なんかでやられたあんたよりも私は格上なのよ! 敬いなさい!」
「ぐぬぬ、あっちにいってくださいまし! 私は一人でお酒を呑みたい気分なんです!」
そう言ってシッシと手を払う令嬢であるが、エルフの方は聞いてはいない。
令嬢の方はまだ理性を残しているようであるが、エルフの方は完全に酔っぱらっているようだった。
むしろ、ぐいぐいと令嬢に近付いて自慢話をしている。
「よう、お二人さん。今回もコケのダンジョンに行ったんだって? げはは、レイシアはともかく大口叩いていたお嬢ちゃんはどうだったんだ?」
「もう! どいつもこいつも本当にうるさいですわ!」
「そう邪険にするなって、俺達はただ賭けの結果を知りたいだけなんだ」
どうやらここにいる男達は、この令嬢がダンジョンのどこまで進んだかで賭けをしていたらしい。これだけの大人数で賭けをしているとなると、ダンジョンに挑む前によっぽどの大口を叩いたのだろうな。
「……言いたくありません」
「この子、二階層でやられたわよ」
「言いたくないと言っているのにあなたは!」
令嬢がぷいっと顔を逸らして拒否したが、隣に座るエルフがあっさりと暴露。
「げははは! おい、聞いたか! この令嬢は二階層でやられたらしいぜ!」
「んだよ、もうちょっと頑張れよ! お陰で負けたじゃねえか!」
「あれだけ言ったからには階層主まで行くと思ったんだけどなー。期待外れだぜ」
エルフの言葉と令嬢の態度から結果がわかったからか、男性達が賭け金のやり取りをする。
「ははは、ありがとな! お陰で稼がせてもらったぜ!」
「私の階層の結果を知って勝ったということは、かなり早くにやられると予想していましたね! 不愉快ですわ!」
豪快な笑みを浮かべる男に対して、令嬢は不快の態度を露わにする。
「そうつれねえこと言うなって、嬢ちゃんのお陰で懐も温かくなった。ダンジョンの出来事を話してくれたら一杯奢るぜ?」
ふっ、あのようなプライドの高い娘がそのような言葉で乗せられるわけが……。
「おかずも一品つけてくださいな」
「しょうがねえな! 一品だけなんでも頼みな!」
「すいません、ウエイトレスさん。ローストビーフをくださいな!」
「はいよー」
あ、あれ? おかしいな。ああいうタイプの娘はそんな安い台詞で男と話などしないのだが……まあ、いいか。
別に酒場で騒ぎを起こさなければ問題はないのだ。
「エールとひよこ豆とカエル肉の唐揚げお待ち!」
ウエイトレスがちょうどエールとツマミになるものを持ってきくれたので、私は令嬢と男性を気にせず食事にとりかかる。
「まったく何なのですかあのダンジョンは? 致死性の罠はまったくない癖に、人をバカにしたような罠ばかり」
「そうだな。俺も落とし穴にはまった時は死んだと思ったもんだ。だけど落ちてみれば泥水の入っているだけでドロドロになったぜ」
「全身ドロドロにされると屈辱的になるのよ。本当に不快感が半端ないわ」
致死性のない罠にドロドロの落とし穴? なんだそれはダンジョンの落とし穴といえば、下に棘があったり、魔物がひしめいていたりと致死率の高い罠が定番だろう?
それなのに泥水って……。
い、いかん想像していたら何故か身体が震えた。
近くを通りかかった冒険者が震えた私を見て不審な視線を送っている。
ここはひよこ豆でも口に入れて、落ち着きを取り戻そう。
「罠だけじゃなく魔物もそうですわ。ゴブリンの癖にコソコソと遠くから玉を飛ばしてきて」
「あー、それ私のところにきたわ。何かわからないけど目とか顔とか耳ばっかり狙ってくるのよね。ハンスとディルクは股間ばっかり狙われていたけど」
「何だその恐ろしいゴブリンは。股間を狙うだなんてとんでもねえな」
あの知性のないゴブリンが股間を狙って一方的に攻撃だと? な、なんだそれは。
普通のゴブリンと言えば、棍棒などの武器を持って襲い掛かってくるのが普通だ。
それが遠くから一方的になぶるように急所だけを狙うとは、一体どれほどの残虐性を持ったゴブリンなのだ。
「んっ!」
「な、なんですの、あの方は?」
「さっきからビクビク震えて気持ち悪いわね」
おっと、自分が一方的になぶられる姿を想像したら思わず吐息が漏れてしまった。
令嬢とエルフから蔑みともいえる視線が向けられる。
なぜだろう。今はその視線すらも心地よく感じられる。
一体どうしたというのか。
自分でもよくわからない。わからないが今はコケのダンジョンのことを無性に知りたい。
そこに私の追い求める答えがある気がする。
私はテーブルを立ち上がって、令嬢とエルフのいるところに近付く。
「な、何よあんた……」
私を不審者と認定したせいだろうか、エルフが如何にも警戒心丸出しで尋ねてくる。
しかし、私にはそんなことはどうでもいい。私はただ知りたいだけなのだ。
「コケのダンジョンとやらについて聞かせてほしい。情報料として今日のお代は全て私がもとう」
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明日も更新します。




