レベル1の魔王
HJノベルス様より書籍化決定!
6月22日発売!
『ノフォフォフォフォ! いや~、大変愉快愉快! 正直私、笑いを堪えるので必死でございました』
エルフに変身したボックルが、倒れ伏した聖騎士を見て笑い声をあげる。
本物のエルフの人をバカにした笑みも醜悪だが、ボックルが浮かべる笑みはそれ以上のものだった。やはり、人の笑顔は内面の美しさから出るのであろうな。
もう少し俺の心の美しさを皆見習うべきだろう。
『ははははは! 見事に引っ掛かりやがったなこいつ!』
聖騎士が気絶したからか、遠くで見ていたデュランが本物のエルフを抱えながらやってくる。
そちらには傷らしい傷はなく、敢えて言えば目元に薄っすらと青あざができているくらい。
『にしても、それどうやってんだ? 切り傷や血だってあるし、胸に穴が開いてるじゃねえか? 本当に怪我してるみてえだぜ?』
『ああ、怪我について変身の応用ですね。エルフの姿へとなり切るのを途中でやめれば、このようにぽっかりと穴が空くのです』
エルフの姿をしながらぽっかりとお腹に穴を空けて見せる。どうやら中身である内臓まで作りかけのようで、グロテスクなものが見え隠れしている。
ちょっと気持ち悪いけど、身体を自在に作り変えるドッペルゲンガーの能力の凄さが垣間見えているな。
『おおー、すげえ! 内臓まであるじゃねえか! 血はどうなってる』
無邪気な声を上げながらぽっかりと空いた穴に腕を突っ込むデュラン。気持ちはわかるけど、お前は子供か。
『血も変身能力の応用か?』
『それでもできなくはないですが、時間と手間がかかるので血液についてはマスターから頂いた血のりという、アイテムを使わせてもらいました』
そう言って、赤いインクのようなものが入った小瓶を見せるデュラン。
誰にでも変身できるのがボックルの最大の強みだからな。このような仲間が死んでしまったけど、実はボックルだったてへぺろ作戦を遂行するために所持させていたのである。
これでいつでも聖騎士のように簡易的に絶望を吐き出させることが可能だ。
普段から仲のいい奴なら絶望するだろうが、実は死んでほしいほど嫌い合っている奴にやればどうなるだろう。個人的にはそちらの反応の方が大好物なので、ぜひとも試してみたいな。特に女子とかは上っ面を取り繕うのが上手いから、そこで本性を暴くことによってパーティーの内部崩壊とか狙ってみたい。
今後のボックルの活躍を考えると、顔がにやけてくるな。
『ん? 仲間のハンスとディルクはどうなんだ?』
『ああ、その二人は血のりだけです。予定通り、まずは私を抱きかかえてくれて助かりました。その二人を最初に抱きかかえていたらバレていたかもしれませんから』
相手が格下の冒険者であるなら何とかなるが、今回の対象は各上であり相性の悪い聖騎士だ。
聖騎士を騙し討ちできたとは、もし仮にボックルがバレていたのなら手痛い攻撃を食らっていただろうな。
なんやかんやでボックルは一番に身体を張ってくれたから、今回の功労者だな。
『なるほどなぁ。ところで、どうしてディルクはこんな体勢なんだ? こいつだけ死体っぽくない倒れ方をして浮いてるんだが……』
それは確かに俺も気になっていた。ディルクだけは腕と足をピンと伸ばしたマグロ滑りな体勢なのである。こいつだけどう見ても死体ではない。
『私もどうにかしようとしたのですが、何故か勝手にこの体勢になってしまうんですよ』
『……マグロ滑りとかいう称号のせいか』
『それ以外考えられませんね』
うん、俺もそれしか考えられないと思う。
称号持ちの中でも、こいつは飛びっきり不思議な奴だ。
さて、一応俺達の成果が目に見えて現れたことだし、せっかくだから伝えておくか。
「ちなみにだが、さっき聖騎士の吐き出した感情で負のエネルギーがマックスになったぞ」
『おお、これはめでたい。おめでとうございますマスター』
『やったな! 具体的にどう嬉しいのかわかんねえけど!』
俺が念話で報告すると、ボックルとデュランが手を叩いて喜んでくれる。
けれど、デュランはその素晴らしさをわかっていないようだ。
『負のエネルギーを邪神様に奉納すれば、今までよりもっと凄いことができますよ。強い魔物を呼んだり、私達のレベルを上げたり』
『そりゃ、すげえ! なぁ、俺のレベルも上がるのか?』
『さあ、そこはマスターや邪神様の領分なので……』
あからさまに矛先をこちらに向けてくるボックルがいやらしい。
こいつ、内心では自分もレベルアップしてほしいと思っているな。功労者だししてあげようと思っていたけど、そのような露骨な催促を受けると少し萎える。
『マスター! 俺のレベルを上げてくれよ!』
「前向きに善処することを検討するから待っとけ」
『おお! ……お? 前向きな言葉が連続してるだけで、何も決まってなくねえか?』
ちっ、前向きな言葉を並べておけばうやむやにできると思ったのだがな。
『まあ、そこは邪神様との兼ね合いもあるのでしょう』
ボックルの言う通り、邪神がこのエネルギーをどう使うかだろうな。
前回は中年神官に語り掛けて邪神官を生み出したりと、訳のわからない還元をしてくれたが、今回はもう少しマシなものであるといいなぁ。
『マスターはこれを機に、自分の加護の強化や能力の強化を頼んだらどうです? いい加減童貞を――間違えました、レベル一の魔王を卒業した方がいいと思います』
「今、お前露骨に俺をバカにしたよな!? というか、べ、別に俺は童貞じゃねえから!」
『違うのですか?』
『違うのか?』
俺がそう否定すると、間髪入れずに二体から問いかけがくる。
「う、うっせ!」
純粋であるが故に心に深く刃。それに耐え切れなかった俺は、そう捨て台詞を残して水晶の映像を切って、念話をシャットアウトした。
それから俺は速やかに玉座から移動して、自分の部屋に閉じこもる。
どうせ俺は童貞だよ。レベル一の魔王だよ……。




