イビルウルフは冒険者と戯れる
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「リオン! 僕達を守ってくれるって言ったじゃないか! 一体どうして!」
「……あいつめ」
聖騎士に見捨てられ、ハンスが大声で嘆き、ディルクが忌々しそうに呟く。
目の前にイビルウルフが三体もいることは状況的にピンチだが、それ以上に男性陣は急所のピンチを気にしていた。
この先はゴム弾が股間に飛んでくるかもしないダンジョン。聖騎士の防御魔法を心の支えにしていたというのに、その肝心の聖騎士がどこかに走り去ってしまった。
守ってもらう側のハンスとディルクからすれば、かなりの絶望だろう。
「くだくだ言っても仕方ないわよ! 今は目の前の魔物に集中しなさい!」
「でも、リオンがいないと……」
「……ああ、マズい」
「大丈夫よ。リオンはすぐに戻ってくるわ。きっと何か事情があっただけなのよ! だから今は私達で持ちこたえるのよ!」
ハンスとディルクを叱咤するエルフであるが、それは勘違いだ。
確かに目の前の状況も危機的だが、ハンスとディルクからすれば股間の保証が欲しいのである。それがなくなり弱気になっていただけなのだが、エルフはそれを知らずしてクサイ台詞を吐いていた。
あのように見捨てられたというのにまだ信じるとはめでたい奴等だな。聖騎士は特に高尚な理由もなく、酷く自分勝手な理由で見捨てたのだ。
それなのに信じると言い張っているエルフの頭のめでたさと言ったら、おかしくて笑ってしまう。
自分の都合の良いように解釈して、希望を見出し、心の平穏を保とうとするとはね。
それを裏切られたとわかった時、エルフはどんな反応をするのか見物である。
「わかった。僕達で持ちこたえよう」
「……魔物に囲まれるのは慣れた」
「別に倒しても構わないんだからね!」
それぞれ覚悟ができたのだろうか。三人は迷いない瞳で武器を構える。
俺の予想ではもう少し文句を言ったり、ぐずったりするものだと思っていたが、さすがにイビルウルフという脅威が目の前にあれば切り替えも早いか。
『グルルルルルルルルッ』
三体に分身したイビルウルフは腹の底に響くような唸り声を上げて、三人を睨みつける。
大きなイビルウルフに三方向からプレッシャーをかけると迂闊に動けないのだろう。
エルフ達は緊張感により額から汗を流す。
どちらも動くことができずに緊迫した空気が漂い、そして――。
そのまま三分が過ぎた。
「ね、ねえ、相手が動き出さないよ?」
さすがに妙な時間経過が気になったのか、ハンスが戸惑いながらも声を上げる。
「い、一体どれくらい時間が経ったのかしら。全然仕掛けてこないわね?」
「……なら、こちらから仕掛けるか?」
「バカ言いなさいよ。こんな状況でこっちから動くのは分が悪いわよ」
相手は未知数の魔物。それも三方向から囲まれているときた。中々動き出すのは難しいだろう。
「……だが、このままではキリがないぞ」
「僕達の集中力がもたない……」
『グルルルルルルルルッ』
ディルクとハンスが焦れたような声を上げたところで、再びのイビルウルフの唸り声。
「くっ!」
「っ!!」
その重圧を感じたのかハンスとディルクが背筋を伸ばして、必死に臨戦態勢に戻す。
しかし、イビルウルフは攻撃を仕掛けることはない。
凶暴そうな顔つきで近付いたり、ゆっくりと距離を取ったり。そのような動きをしているがまったくと襲い掛かる気配はない。
しかも、よく見ると後ろの長い尻尾は楽しさを表すようにブンブンと動いており、凶悪な顔つきはどこか面白がるように笑っていた。
ははは、イビルウルフは相変わらず冒険者をコケにして遊んでいるようだ。
「こ、こいつ笑ってる?」
「まさか、私達をビビらせてバカにしているっていうの!?」
『ウォン!』
エルフの声に返答するかのように、イビルウルフは小馬鹿にしたように吠える。
その瞬間、エルフの眉間に青筋が浮かぶのがハッキリとわかった。面白いくらいに沸点の低い奴である。
「上等よ! そっちが攻める気がないならこっちから攻めようじゃない!」
『グルンッ!』
エルフが短剣を構えて突撃しようとした瞬間、イビルウルフは野性的な声で唸り、足先から鋭い爪が生える。口に生えている牙もグングンと大きくなり、まさに臨戦態勢といった様子。
「待って! レイシア! 迂闊に飛び込んじゃダメだ!」
「……これは相手の罠だ!」
イビルウルフの豹変振りにハンスとディルクが制止の声を上げる。
「くっ!」
すると、エルフもそれに気付いたのか突撃することなく止まった。
「多分、今のは罠だよ。そうやってレイシアを怒らせて突撃しにくるのを待っていたんだ!」
「……カウンター狙いに違いない」
「じゃあ、どうしろっていうの! このまま睨めっこしとくっていうの! こっちの気がもたないわよ!」
長時間のプレッシャーとイビルウルフの行動に苛立ってきているのか、エルフが声を荒げる。堪え性のないエルフから、すればイビルウルフのような輩はやりにくい事この上ないだろうな。
一方で三体のイビルウルフはそのまま足を進めて、小走りをしだす。
「来るわ!」
これにはエルフ怒鳴っていたエルフも瞬時に気を引き締めて短剣を構える。ハンスは盾を構えて前へ。ディルクはポーチに片手を突っ込みながら、短剣を構えて。
しかし、イビルウルフは三人の間合いに入るギリギリで旋回し、元の場所へと戻っていった。
呆気にとられる三人と、それを嘲笑うイビルウルフ。
『ヴォフッ』
「「「この野郎!」」」
鼻で嗤い小馬鹿にされた三人。これには全員がさすがにキレたのかそれぞれが勢いよく前に突撃しだす。
すると、イビルウルフは勢いよく息を吸い込む。
口元から毒々しい紫色の炎が飛び散り、ハッキリとした力の収束がわかる。
おいおい、こいつブレスなんてできるのか?
「ま、まさかブレス!? 皆、僕の後ろに!」
「無理よ! 三方向からなのよ!」
「……マズい! このままでは全員焼け死ぬ!」
ハンスが盾を構え、エルフとディルクが反射的に顔を覆うようにして立ち止まってしまう。
そして、口元に紫炎を漏らしていたイビルウルフは、
『クオォ』
退屈と言わんばかりに欠伸を漏らした。
「「「…………」」」
しばらく無言で固まる三人。
しかし、三人からはとてつもない怒りの感情が漏れ出している。人というのはどうやら怒りの限界に到達してしまうと表情がなくなってしまうらしい。
エルフはそのまま無言で弓を番えて、矢を放ち。ディルクは手元にあるナイフを投擲。ハンスはそのまま駆け出して剣を振りかぶった。
『ウォッフ』
危ない危ないとおどけるように吠えて、それらの攻撃を機敏に躱すイビルウルフ。その大きく長い尻尾はこれまでにないほどに楽しく揺れている。
相手は自分の命を狙ってくる冒険者だというのに、かなり肝が据わっているな。やっぱりこいつは大物だ。
それに対して、最早このイビルウルフに対しては反応をするだけで喜ばせると悟ったのか、エルフ達は無言で弓を射かけたり、魔法を飛ばしたり、剣で斬りかかったりとそれぞれの戦闘に入ろうとする。
思考を停止させられると相手の反応も見えないし、からかって嘲笑うことができない。
そうなると面白くないのは俺とイビルウルフだ。
もうここでは十分からかうことができたし、ここら辺で仕上げといくか。
「イビルウルフ、ゴブリン部隊と仕上げに入れ」
『ウォフン』
俺が念話を飛ばすと、少ししょぼくれた様子のイビルウルフの返答が返ってくる。
最初の反応が良かったエルフ達だけに、このようなつまらない変わりようには不満を抱いているようだった。
ともあれ、このままからかい続けても、面白くないことはわかっているのだろう。
イビルウルフは影分身を解いて、一体になり、エルフ達から距離を取った。
そこに何の反応も示すことなく、無言無表情で突撃していく三人にイビルウルフは雄叫びを上げて迎撃。
『ウオオオオオオオオオオオオオンッ!』
「……くっ!」
「また遠吠え!」
さすがに大音量の遠吠えはキツイのか、三人は反射的に耳を抑えて足を止める。
そして、遠吠えを上げるイビルウルフの奥から現れるゴブリン部隊。
耳栓をバッチリしている彼らはイビルウルフの傍まで行くと、ゆっくりと銃を構える。
「こ、今度は何っ!?」
状況を理解できないハンスに答えを、絶望を教えてあげるように一匹のゴブリンがゴム弾を投げる。
自らの足下に転がってきたゴム弾に気付いたハンスとディルクは、それを見るなり顔を青くする。
先程まで怒りの炎が湧き上がっていたようだが、それは一瞬で鎮静化したようだ。
二人の感情は怒りから、一気に絶望へと変わっていく。
どうやら二人とも、自分達が今からどのような目に遭ってしまうのか想像がついたようだ。
二人は思わず手で股間を防御しようとするが、イビルウルフの遠吠えがあるせいか耳から手を離せない。
「はぁ……はぁ……やめて」
「…………やめろ」
ハンスとディルクはこれからくるであろう痛みを想像してしまっているのか、呼吸が荒い。
誰だってこれから股間を強烈な一撃が与えられるとわかっていれば正気ではいられないだろう。
ハンスとディルクからこれ以上ないほど恐怖の感情が溢れ出してくる。痛みを恐れるいい表情だ。
それでも俺は他人事なので股間への一撃を恐れるハンスとディルクを笑う。
「ゴブリン部隊、やってやれ」
俺がそう言うとゴブリン達はハンスとディルクの股間へと標準を合わせて、引き金を引いた。
大きな銃身からゴム弾が打ち出されて、ハンスとディルクの股間に直撃。
「「――っ!?」」
勢いよく射出されたゴム弾はさすがに強烈だったのか、ハンスとディルクは悲鳴を上げることもなく、白目を剥いて倒れた。
その倒れ方は不意に魂を失った死者のようで、ちょっと心配になる倒れ方だった。
二人の玉は割れてないよな……? タオルとか詰めていたし、二人のマグナムはこの程度で壊れたりしないだろう。
「は、ハンス! ディルク!」
倒れた二人を見たエルフが大声を上げる。
しかし、もう二人は起き上がることはできない。あの倒れ方を見ると、到底立ち上がるとは思えないしな。
二人がピクリとも動かないことを確認したエルフは耳を塞ぎながらも、視線を恐る恐る前へとやる。
その表情はこれからくる攻撃に対しての恐れであり、普段は強気な態度をとっているエルフとは大違い。
あの高慢ちきなエルフが、どのような焦りと恐怖の表情を浮かべといるとなると、悪口を散々言われたこちらとしてもとてもいい気分だ。
ざまあみろ。これもスクリーンショットだ。
エルフの恐怖に引き攣る顔が写真で撮れたことに満足した俺は、ホッと息を吐いて告げる。
「エルフには顔面に強烈なのをお見舞いしてやれ」
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