仲間などというものの脆さ
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『ウオオオオオオオオオオオオオンッ!』
「ちょっと! 何なのよコイツー!」
「た、多分リオンが言っていた黒いワインドウルフだよ!」
「……な、なんて声量だ」
俺が水晶の設定で全体ボリュームを下げると、ようやく落ち着いて音を聞き取れるようになった。
まったく、あんなところで吠えるなら最初に言っておいてくれよ。こっちも水晶を経由して聞いているから音による被害がくるんだぞ。
まあ、聖騎士にイビルウルフの存在を教えるために効果的だから許してあげるけど……。
「い、今のは!?」
イビルウルフの大音量による遠吠えを聞いた聖騎士が思わず立ち止まって振り返る。
すると、そこにはイビルウルフと対峙し、引け越しになっているエルフ達がいる。
「ま、マズい。あの魔物は舐め腐った根性をしているが結構強い。レイシア達だけではやられてしまう!」
聖騎士の仲間を想う気持ちと、自らの絶好の機会。それを秤にかけた聖騎士の心は揺れに揺れる。
そんな聖騎士の迷いを見抜いたボックルが、絶好のタイミングで悪魔のささやきをする。
『ノフォフォ! 私を追わなくていいんですか?』
聖騎士と同じ顔、同じ声であるが、そこに籠った醜悪な音色はまったく中身が違うと確信させるほどだった。
人というのは同じ声であっても、その時の状況や性格によってこれほど変化し、受けるイメージが違うのか。
「だ、黙れ! 私はお前なんかの誘惑には乗らない! 仲間達を助けた後にお前を追いかけて討伐してやればいいのだ!」
ボックルが誘惑してきているとわかっているからか、そのような綺麗ごとで反論する聖騎士。
それを聞いた俺はさっきとは違う意味で耳を塞ぎたくなった。
少年漫画の主人公みたいな戯言を抜かす奴だな。結局はそのようなものはただの一人の我儘にすぎない。何も切り捨てずに、両方とも得ようという考え自体が高慢でおこがましいものだ。
『残念ながら私はそこまで待ってあげるほど暇ではないのですよ?』
「それでもだ! どれだけお前が深い階層にいようと、時間をかけて仲間と共に倒しに行く! だから、精々首を洗っていて待っているがいい!」
聖騎士は言いたいことを言うなり、ボックルから背を向けて駆け出す。
しかし、これでみすみす逃してやるボックルではない。
『ほうほう、でも私、最近このダンジョンにいるのも飽きてきたのですよねー。ここらでのびのびと外に出て、人間達に悪戯してみるのも悪くないかもしれません』
「なっ!? 卑怯だぞお前! 私が国に正しい報告をせず、冒険者としてダンジョンに潜っている間は、そのようなことはしないという約束ではないか!?」
『そんな約束していませんよ。それはあなたの都合のいい解釈に過ぎません』
ボックルの言う通り、聖騎士とそのような約束などしていない。
「嘘を言うな! 私がそう問いかけた時にお前は頷いたではないか!?」
『はて? 頷いた? ああ、その時は石畳にあるシミが気になって視線を落としていたような気がします』
「し、シミだと……」
『そもそも、それで私が頷いていたとして約束が成立したことになるのでしょうか? 書面に記して、両者のサインすらしていない。こんな破られて当然の口約束で約束がなされるなど、人間というのは随分と甘っちょろい生き物なのですね? 呆れて笑っちゃいますノフォフォフォフォ!』
まったくもってボックルの言う通りだ。ただの口約束のものがどれほど信用できるというのか。
仮にしていたとしても、こちらはボックルが聖騎士に変身できるという弱みを握っている以上、守ってやる義理もない。
これは力の差がある国同士が結ぶ条約と同じで、不平等なものなのだ。
最初からそこを理解していなかった聖騎士が悪いな。
最も根本的な原因をたどるとしたら、魔物の中でも特に質の悪い悪魔族と約束をしていることだろう。
悪魔というのは悪くて狡猾な奴。小さな子供でも知っている悪の代表みたいなものだ。そんなのと約束をするだなんて正気を通り越して阿呆だ。
「……るさい」
ボックルの甲高い笑い声を聞いた聖騎士が、顔を俯かせて肩を震わせる。
『おや、何です? 声が小さくて聞こえませんよ?』
相手の言葉が聞こえていても、敢えて問い返すのがボックルのクオリティ。
これには聖騎士も頭にきたようで、
「うるさい! 黙れ!」
ボックルに駆け出すなり剣を振り払った。
聖騎士が怒りに呑まれて暴力を振るってくることを予想していたのか、ボックルは後退して何なく躱す。
『おやおや、怖いですね。いきなり斬りかかるとは品のない女性です』
「それ以上私の顔で喋るな!」
『ノフォフォフォフォ! いいですね、その声! その顔! 殺意にも届く、怒りに満ちたその感情が堪らないです!』
喋るなと言われてもそのまま喋って煽っていくのがボックル。
相手が怒りの炎に油を注いでさらに爆発させる。これほど愉快なことはないしな。
俺も炎が燃え上がっていたら、喜んで油を注いでいくタイプだ。グッジョブ、ボックル。
「……このクソ悪魔め!」
ボックルの変わらない様子に聖騎士の怒りのボルテージが上がり、ドンドンとダンジョンに負のエネルギーが溜まっていく。
やはり怒りというのは爆発的に湧き上がる強い力のために、瞬間的なエネルギー量は凄く、濃度も高いな。
長く淀んだような悲しみもいいが、純粋な怒りという負のエネルギーも悪くない。
『ノフォフォ! 私に夢中になるのも結構ですが、あちらもかなりのピンチな様子。放っておいて良いのです?』
「くっ!」
聖騎士が振り返るその先では、イビルウルフが影分身のような能力で分身して、エルフ、ハンス、ディルクを三方向から取り囲んでいた。
どこからどうみてもピンチで、囲まれている三人は背中を合わせて武器を構えるだけ。
すると、ハンスとレイシアがどこか縋るような視線を向けてくる。
言葉を発するでもなく助けを求めているであろうことがわかる。
やはり仲間を放っておけないのか、聖騎士が苦渋の表情を浮かべてそちらへ……。
『聖騎士さんの怒りの炎に当てられたからか、身体が熱くなった気がしますね。これはもう外に出て裸になるべきですね! ノフォフォ!』
行こうとしたが聖騎士の姿をしたボックルが突然鎧を脱いで走り出したために聖騎士の足が止まる。
「くっ! 私はどうすればいいのだ!」
仲間の危機と己の社会的危機。その板挟みになってしまった聖騎士は頭を抱えて叫ぶ。
どうして自分がこんな目に。どうしてこうなってしまった。聖騎士に憔悴しきった表情からはそのような思いが見て取れる。
『おや? 聖騎士さん、追いかけてこないので? それならそれで構いませんが、私は裸で街に行きますよ? ほーら、ポイポイッと! あっという間に全裸です!』
「リオン! なにしてるのよ! ヤバいから助けて!」
「リオン! 守ってくれるって言ったじゃないか! あの時の言葉は嘘なの!?」
ボックルのこれ以上ない程の挑発と仲間達からの助けを呼ぶ声。
「うあああ! どうしたら! 私はどうしたら!」
それらは板挟みになっている聖騎士の心へと深く深く突き刺さる。
ははは、まるでゆっくりとナイフを突き刺していっているかのようだ。
二つとも何かを得ようなどと甘っちょろい考えをしているから、このような危機を迎えるのだ。
仲間も救って、ボックルも倒すだ? 時間をかけてでも仲間と共に倒す?
そのような高慢な考えで行動した結果がこの様だ。
命を懸けて攻略するダンジョンにまでそんな考えを持ち込むからこうして弱みにつけ込まれるのだよ。
「さあ、聖騎士よ。お前は仲間と己……どちらを選ぶんだ? さぁ、どちらかを選べ。さもないと両方失うことになるぞ?」
「リオン!」
「リオン!」
「うう! 私の名前を呼ばないでくれ! 私だって助けに行きたい! でも、私が助けに行けばここにいるドッペルゲンガーが……っ!」
もはや自分で決断できなくなるほど追い詰められたのか、聖騎士が耳を塞ぐようにブツブツと呟く。
焦り、悲しみ、怒り、後悔、不満などの負の感情が混然となって聖騎士から溢れ出す。
ははははは! 聖騎士の心もいい具合に壊れてきたじゃないか。
苛めて苛めて苛め抜く。それが俺のダンジョンの特徴であるが、大きな絶望の前にはやはり希望が必要
だ。
聖騎士の心が疲弊したところで、念話で合図を出してボックルに甘い言葉を言わせる。
『別に仲間など見捨てても良いのではないですか?』
先程の嘲笑するような声が嘘のような温かな声。その声は傍から聞いている俺の心にも何故かストンと入ってきた。
多分、例の精神魔法を使ったのだろう。
よく見るとボックルの身体からは微かに黒いオーラが纏わりついてのが見える。
「いいわけがない! 仲間を見捨てるなど騎士としてあってはいけないんだ!」
『今のあなたは冒険者です。騎士ではありませんよ?』
「た、確かにそうだが……」
ボックルの精神魔法がよく聞いているせいか聖騎士はしっかりと耳を傾ける。
ここまで来たら簡単だな。
後は聖騎士の後ろをフォローするように優しい言葉で正論を言ってやれば……。
『あなたの目標は私を倒して、聖剣を取り戻して国に帰ること。冒険者と仲良くするのが目的ではないはずでは? それにここは冒険者の死なないダンジョン。別にあなたが助けなくても彼らが死ぬことはないのですよ?』
「……そうだ。私のやるべきことはドッペルゲンガーを倒して聖剣を持ち帰って凱旋すること。冒険者と慣れ合うことではない。それにここでは冒険者は誰も死なないのだ。別に私が助ける必要などないではない
か……ハハハ」
ほーら、落ちた。
「ハハハ! 簡単なことだ! すべてはお前を倒せば解決するんだ!」
『ノフォフォ! やはりあなたはそうでないと!』
聖騎士の誘導に成功したボックルは心底楽しそうな笑みを浮かべると、裸になって逃走する。
「悪いがお前達! 私にはやるべきことがあるので助けに行くことはできない!」
「ちょっと! リオン! どうしてよ!」
「そ、そんな! リオン!?」
聖騎士は一方的にそう言い捨てると、聞く耳を持たずにボックルを追いかけ始めた。
これにはエルフとハンスが悲鳴のような声を上げた。
仲間がいるということはこんなにも素晴らしいものだぁ? 皆がいるとこんなにも心強いだぁ?
所詮人間の仲間意識などこの程度のもの。人間は何よりも自分が可愛く、そして大事なのである。仲間という言葉はまやかしであり、ただ利害が一致した時の一時的な状態でしかなく、利害が一致しなければ即座に切り捨てる。
人間の信頼関係など所詮こんなものだ。
聞くところによるとディルクのマグロ滑りが挿し絵になるんだとか……
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