イビルウルフは高らかに吠える
書籍化決定!
HJノベルス様より、6月22日発売です!
「黒いワインドウルフやドッペルゲンガーが現れたらすぐに言ってくれ。私が討伐する」
「黒いワインドウルフはともかく、ドッペルゲンガーなんてどうやって見つけるのよ?」
七階層を進みながら言う聖騎士の言葉に、エルフが尤もな疑問を発した。
「確か何にでも化けられる悪魔族の魔物だよね。というか本当にいるの?」
「ああ、いる。間違いなくこのダンジョンに」
ハンスが尋ねると、聖騎士は断言するようにしっかりと頷いた。
具体的にはお前から半径三十メートル以内にいるんだけどな。それに気付かずに断言する様が滑稽で面白い。
「……以前に戦ったことがあるようだな」
「ああ、単純な実力で負けることはないが、何分狡猾な奴でな。人の姿に化けたり、魔物の能力を使って奇襲をかけてきたりする。以前はレイスに変身して股下から攻撃を仕掛けてきたこともあった」
「「ひうっ!?」」
聖騎士の言葉を聞いたディルクとハンスが、顔を青ざめて素っ頓狂な声を上げる。
それから二人は即座に股下を両手で隠して、しきりに下からレイスが湧いてこないか警戒し始めた。
「ヤバいよ。ディルク、ここにきて最大限に下を警戒しなくちゃいけないよ」
「……ああ、女共はどうも事態を軽く見過ぎだ。これは引き返してもいいレベルの問題だ」
「でも、レイシアとリオンはわかっちゃくれないよね」
「……だろうな。気休めにもならないと思うが、股間に布でも詰めておこう。それだけで、もしもの時に衝撃を和らげてくれるはずだ」
「そうだね! 僕もやるよ!」
間抜けな会話をしているように思えるが、ハンスとディルクは至って真面目な表情。そのギャップが少し面白い。
俺がニヤニヤしながら眺めていると、ハンスとディルクは早速股間部にタオルなどを詰めだした。
ハンスとディルクの股間部は見る間に詰められたタオルで盛り上がった。
凄いな。ダガーとボーンククリがマグナムのようになったぞ。というか、こういうの中学生の頃にふざけ合ってやった記憶があるな。
「ちょっとハンス。いくら……その、あれが小さいからって、そういう自己主張はどうかと思うわよ」
「まったくディルクもだぞ?」
「うわああああああああああっ! もう僕帰る!」
「…………俺もだ」
エルフと聖騎士の心無い言葉に心底ダメージを受けたハンスが発狂。ディルクは表情を無にして心を閉ざした。
今日一番の負のエネルギーが溢れている。まさか一番大きなものが仲間から股間でいじられた時とは……。
だけど、それも納得できないこともない。
なんせ己のプライドとも言える部分――それも傷口に塩を塗りつけられたのだ。ハンスとディルクが受けた心のダメージは相当だ。
それは現在進行形で貯まりにたまっている負のエネルギーが如実に表している。
絶望、悲しみ、不信、怒り、嫉妬、様々な感情がごちゃ混ぜになったものだ。
「ちょ、ちょっと! ここまで順調に着ているのに帰るってどういうことよ!?」
七階層の通路で回れ右をしてきた道を戻り始めるハンス。それをエルフが必死にしがみついて止める。
「どうせ僕はダガーなんだ! 小さいんだ! 短いんだ!」
「誰もそこまで言ってないわよ! ごめんなさいって! 言い方が悪かったから!」
言い方が悪かっただけということは思ってはいるんだろうな。そこを指摘してやれば面白いと思うが、そこにさらに追い打ちをかける鬼畜はいなかった。
……となると、ここで気絶した暁には俺がデュランに頼んでダメ押しをしてもらおう。
そうすればハンスは泣いて喜ぶに違いない。
「ディルク、お前もだ」
「……今日はもう帰りたいんだ」
一方ディルクはレベルが遥かに上の聖騎士に先回りされて、猫のように首元を掴まれていた。
まるで子猫になってしまったディルク。だけど、その絵面はまったくといっていいほど可愛くもなんともなかった。一応面白い光景ではあるから、スクリーンショットで保存するけど。
「ダメだ。もうちょっとで階層主なんだ。頑張れ」
「……レベル差がある事実をここまで恨んだことはない。恥ずかしいから離してくれ」
「帰らないと誓うか?」
「……誓う」
聖騎士に念を押され、ディルクが誓ったところで解放。
床に着地したディルクは、表情を一層不機嫌そうなものへとさせた。
さて、予想外の負のエネルギーの収入はあったが、そろそろ仕掛けるとしようか。
「ボックル、そろそろ仕掛けるぞ」
『ノフォフォ! こちらはいつでも問題ございません!』
俺がボックルへと念話を飛ばすと、ご機嫌そうな甲高い声が響いてきた。
今から聖騎士やエルフに仕掛けるだけあって楽しみで仕方がないのだろうな。
この罠や嫌がらせを仕掛ける前のワクワク感というか高揚感というのは堪らないものがあるよな。これをすれば相手はどんな反応をするか、このようなことをすればどのように嫌がるか。想像するだけで楽しくなる。
「イビルウルフの方も問題ないか? 傍にゴブリン部隊はいるか?」
『ヴォッフ!』
『ギイィ』
イビルウルフにも同じように問いかけると、イビルウルフとゴブリンから問題ないという意の返事がきた。
今回はボックルとイビルウルフとゴブリン部隊の同時奇襲。
重要なのはタイミングであって、それを調整してやるのが階層全体を把握している俺の仕事。あいつらの絶望を見て、負のエネルギーを回収するために頑張らないとな。
「それじゃあ、始めるか。まずはボックル、聖騎士の気を引くんだ」
『お任せください!』
俺がそう指示を出すと、聖騎士の右側三十メートル先の通路でボックルが姿を現した。
その姿はいつものむさ苦しい中年神官ではなく、見目麗しい金髪碧眼の美女であり、白銀の鎧に身を包んだ聖騎士である。
聖騎士に変身したボックルは醜悪な笑みを浮かべながら、わざと微かな音を立てる足を進める。
壁に包まれた通路内でそれは驚くほどに響き、そして聖騎士の鋭敏な聴覚がそれをとらえた。
「――っ!?」
音に反応した聖騎士が顔をそちらに向ける。すると、驚きを表すように聖騎士はその青い瞳を見開いた。
当然だ。聖騎士が見つめる先には自分と同じ姿をした聖騎士がいるのだから。
自分とそっくりの姿をする存在など一つしかない。
「ドッペルゲンガーだ!」
聖騎士はそう叫ぶと一目散に駆け出した。ボックルは聖騎士が追いかけてくるとわかると、楽しそうな笑みを浮かべて走り去る。
「えっ! 何っ!? ちょっとリオン! どうしたの!?」
「よくわかんないけど、ドッペルゲンガーを見つけたらしいよ!」
突然爆走しだした聖騎士を見て、戸惑いの声を上げるエルフとハンス。
よし、ここが絶好のタイミングだな。
そう確信した俺は念話でイビルウルフに出撃を命じる。
すると、階層の端っこで待機していたイビルウルフが猛スピードで駆けつけ、
「……あいつを一人にしてはおけない。追いかけ――な、何だ!?」
ディルクの声でエルフとハンスが走り出そうとした瞬間、それを塞ぐように黒い影が現れた。
体長二メートル以上はあり、漆黒で鋭利な毛皮を纏ったオオカミ。その瞳は血のように赤く染まっており、顔つきは凶暴でどこかふてぶてしい。
イビルウルフは三人の前に立ちはだかると、息を大きく吸い上げて吠える。
『ウオオオオオオオオオオオオオンッ!』
エルフとハンスとディルクは、イビルウルフから放たれる余りの声量に手で耳を塞ぐ。
そして水晶で映像を見ていた俺も同じように耳を塞いだ。
ここで吠えて威嚇するなんて聞いてないぞ。
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