十階層
修正いたしました
「……動き出したか」
朝になり冒険者達が活発に動き出したことがわかり、俺もベッドから起きる。
何というか、睡眠が生きていくうえで必要なものではなくなってしまったのが、俺が魔王になったという一番の実感だ。今では魔力回復の為に寝るくらいの行動だ。眠いと感じることも全くない。この感覚があれば日本での生活がどれだけ楽であったか。
いや、人類にこんな感覚が備わってしまったら、世界にはブラック企業で溢れる気がする。
くだらない考えを放り出して、トーストを二枚焼き上げてハムをそれぞれのせる。とろとろのチーズでもいいんだが、今日はハムを食べたい気分だ。
朝は和食派なんだけどな。誰か味噌汁とかだし巻きつくってくれないだろうか。
コップに入れた牛乳をとトーストを持って、いつもの特等席へと座る。
水晶を眺めると、ぼそぼそと硬そうなパンと干し肉を食べている冒険者たちが。
「あーあー。あんなんじゃ栄養が偏るし力がでないだろうに」
俺はハムトーストをかじりながら、ボーっと水晶の映像を眺める。
うわ、あのエルフもう進んでいるよ。朝ごはんをしっかり食べたのか? そんなんだから胸が平らなんじゃないだろうか。もっと栄養をとりなさい。
「さあ、こんな所サクッとクリアしてダンジョンマスターの面をぶん殴りに行くわよ!」
当のエルフは、七階層から八階層へと至る階段を騎士の男と駆け降りているところだ。
「……あのエルフは今日も元気だな」
朝から大声で自分を鼓舞しながら駆け下りるエルフを見て、しみじみと思う。
「待ってよ、レイシア! そんなに走ったら危ないよ!」
「大丈夫よ! 昨日はオーガもいなかったし、このダンジョンきっと弱っているのよ! だから魔物達も急に弱くなったのよ! そうに違いないわ!」
「いや、それでも警戒はするべきだよ!」
無性にこのエルフの笑顔に腹が立ったので、水晶に映し出されたマップをタッチして階段の罠を作動させる。
すると階段の段差が全て無くなり、つるつるとした斜面になった。
「ちょっ!? えええっ!?」
「う、うわああっ!?」
勢いよく駆け下りていた二人は急に段差がなくなったことで、走り方を忘れてしまったかのように受け身を取ることもできずに転がっていく。
「……やはりあの斥候役のようにはいかないか」
アイツなら仏頂面を引きつらせて、いいマグロ滑りを披露してくれただろうに。
彼は今はこのダンジョンにはいない。ついこの間ノックダウンして撤退したばかりだ。
次の挑戦を俺はとても楽しみにしている。
「なんなのよおおおっ!」
エルフ叫び声がうるさいので音量を下げる。
朝からアイツのキンキンとした声を聞くのは少しツラいのだ。いい表情や反応をしてくれるのはいいんだけどね。
それにしても朝から罠に嵌めてやったり、嫌がらせをすると清々しい気分になるな。
この楽しさときたらもう病みつきになりそうだ。
他人の不幸は蜜の味とはうまく言ったものだよ。これさえあれば、ハムを乗せなくてもトーストが食べられるに違いない。
ダンジョン経営とは世界で一番素晴らしい遊戯だと思う。
朝食を終えてしばらくすると、冒険者のパーティーが階層主の部屋へとたどり着いていた。
「おいスライムキング。もう部屋の前に冒険者がいるぞ?」
俺が声をかけると、スライムキングが椅子へと急いで座りだした。
『大丈夫っす!』
どうやら冒険者を椅子に座った状態で出迎えたいらしい。
まあ、その気持ちは分からんでもない。
スライムキングの姿に迫力があるかどうかは別だが。
奴の現在の姿は人型。大体のものならば擬態でき、より鮮明に姿を擬態しようものならば捕食する必要があるのだが特にさせるつもりもない。全身が水色のスライム状の少しどろりとした体をしており、身体は男か女なのかわからないような体型。顔には怪しく光る翡翠色の眼光が二つ付いている。
格好つけて肘置きに手などをついているがまったく似合っていないな。 言うと拗ねるので言わないでおくが。
――そんな事を思っていると、十階層の階層主の扉が開かれる。
先頭で入ってきたのは確かシンとかいう四十レベルの剣士。そして戦士のキール、魔法使いのアイシャ、修道士のフローラと四人パーティーのお出ましだ。
さてどうなることやら。
「おい、見ろ! あれを!」
剣士が一番にスライムキングに気付き、驚きの声を上げる。
『フフフ、よく来たっすね冒険者達。俺こそは十階層を守りし守護者のスライムキングっすよ!』
「よし、フローラ。俺とキールが前に出る。補助魔法を頼む」
「わかったわ。『エンチャント・スピード』」
「援護は任せて!」
高らかに宣言したスライムキングだが、冒険者達は全く聞いていない。
『ちょっと俺の話を聞いてほしいっすよ!』
「喋るスライムとか気持ち悪いな」
「あたしスライムとか嫌いなのよね。ぬるぬるして気持ち悪いし」
剣士と魔法使いが必死に話し出すスライムキングの姿を見て、嫌悪感たっぷりに呻く。
まあ確かにスライムって結構えぐい見た目しているしな。アイツはマシな見た目しているけど他のスライムは中の臓器みたいなの? も見えている個体もいるしな。
『もー、怒ったっす。ボッコボコにして跪かせてやるっすよ!』
「随分とよく喋るスライムだな」
「私、喋るスライムなんて初めて見たんですけど?」
「俺もだな」
「大丈夫なんでしょうか?」
「わからねえけど、今回は様子見だ。倒せたら倒す。倒せなかったら引き返せばいいさ。回復は頼んだぜ?」
「はい、キールさん!」
右側を剣士と魔法使い。左側を戦士と修道士に分かれて攻撃を仕掛ける冒険者。
それを囲まれないようにしながら、スライムキングは身体を自由自在にしならせて動き回る。
「コイツ結構速いぞ!」
戦士や剣士の男が果敢に斬りかかるもスルリと躱され、ムチのようにしなる身体に弾きとばされる。
やるじゃん。スライムキング。
「回復を! 『ヒール』」
その二人を癒すのが修道士の女。杖を高らかに掲げ、呪文を唱えると男達の体に緑色の光に包み込まれ、傷を癒す。
「助かった!」
「すまねえ」
それに気付いたスライムキングが修道士に狙いを付けて接近するが、それを遮るかのように爆炎が起き、スライムキングを怯ませる。
これが冒険者と階層主の戦いか。結構見ごたえがあるな。
特に魔法。大迫力の爆炎や青白い雷が這うようにあちこちで飛び交う様子は凄く幻想的である。俺でも魔法が使えるのだろうか。せっかく異世界にきたので魔法の一つや二つ、使ってみたいものだ。
えーと、あの魔法使いはたしかこう言っていたな。
「『ファイヤーボール』」
俺の右手から、現れたのは炎。それはじょじょに大きくなり大きな火球となったのだが。
「……めっちゃ炎が黒いんですけど」
おかしいよね? 絶対おかしい。俺はあの魔法使いと同じ呪文を唱えたというのに。
とにかく魔法をキャンセルと念じるとフッと黒い炎は掻き消された。
「『ライトニング・ペイン』」
『危ないっすっ! 雷とか本当に危ないからやめてほしいっすよ!』
「アイシャ! こいつには雷が効く! 雷で攻め立ててくれ!」
『鬼っすか!?』
ドンドンとスライムキングの化けの皮がはがれて、いつもの口調になっている気がする。最初の威厳はどうした。
「……雷か……『ライトニング・ペイン』
俺が再び真似をして呪文を唱えると、手からはバリバリと音をたてて壁へと黒い雷が飛んでいく。
……雷まで黒かったな。これはもうあれだな、邪神の加護とか言う奴のせいだ。まあ黒いほうがカッコいいし気にすることはないか。
黒炎と黒雷を操りし魔王! なんちゃって。
魔法を中断して水晶を眺めればいつの間にか、スライムキングが押されている様だ。
どうやら雷は本当に苦手らしく、魔法使いの雷魔法を主体に攻められ続けている。さっきまで縦横無人に動き回っていたスピードも発揮できない様子だ。恐らく雷に痺れもしくスライムは痺れやすい体質なのだろう。
それにしてもスライムキングも情けない。もっと周りを見たらどうだろうか。もっと自分の能力を生かせば攻めようはいくらでもあるというのに。
まあ、敵が目の前に四人もいれば気付くのは難しいか。
このままスライムキングがやられるのは面白くないので、少し助言をしてやることにする。手は出さないし、これで駄目なら諦めてやられてもらうしかないけど。
「おい、スライムキング」
俺はマスターの能力を使ってスライムキングへと念話をする。
『マ、マスター! これやばいっすよ! 弱点の雷魔法とか飛んでくるし、そのせいで動きづらいし、前衛がしぶといわで……』
「うるさい、周りをよく見ろ。その雷を撃ってきているのは誰だ?」
『そりゃ、あの後衛の魔法使いの女っすけど』
「さっきからアイツはいくら魔法を連発していると思う。だんだんと魔法のくる感覚が遅くなっていないか?」
『そう言えば、今はちょいちょいしか飛んでこないような気がするっす』
「奴は魔力を頼りにした後衛の魔法使いだ。それさえなくなれば足手まといになるに決まっている。残りが少ないから修道士の女が光魔法を飛ばしているんだ。後衛を狙え」
『でも身体が痺れて動きづらいんすよ。それに前衛が二人もいるっす』
「お前の能力にスライム召喚とあるが、あれはなんのためにあるんだよ?」
『そんな雑魚を呼び寄せても大して戦力には……』
「それはお前の感覚であって、人間の感覚じゃないな。俺が魔法使いだったら目の前にスライムがいたら集中できなくなるね。ポイズンスライムとかだったら凄くびびるね」
全くここらへんが分かっていない。自分の特別な能力をベースに考えているから戦力の幅が狭まるんだよ。戦いは相手の嫌がることをやらないと意味が無いからな。
ボスがいるのに、足元にポイズンスライムとかアシッドスライム、パラライズスライムとかいたら、俺だったら集中できないね。まず足元のスライムから必死になって倒すもん。
『マスターがそう言うなら、相当それが嫌なことなんすね。ならやってみるっす!』
「なんか釈然としないがやってみろ」
『スライム召喚っす!』
スライムキングが叫ぶと、主に後衛の所へと魔方陣が広がり次々とカラフルなスライムが湧き出てくる。
うわあ、結構鮮やかな色をしているけど紫とか絶対やばいわ。あの骨かぶっているスライムとかなんだろう。凄く不気味だ。
「まずいぞシン! 後衛にスライムが出たぞ!」
「マズイ! フローラはともかくアイシャは魔力が少ない。ここを頼めるか!?」
「任せろ! 耐えてみせる」
スライムキングの前から剣士が離れて、前衛が一人になる。
「ほーら、陣形が崩れたぞ」
『前が戦士一人になったっすね。これなら今から攻めても――』
「そう焦るな。冒険者達はお前がまだ痺れて満足に動けないと思っている。ここはもう少しじわじわと追い込んで、チャンスが出たら最高スピードで襲いかかれ」
『……相変わらず、えげつない事考えるっすね』
「これくらい基本だろ? ほらさっさと水魔法を使え」
『ウォーターランスとかっすか?』
「そんなのは後でだ。まずは大量の水をぶちまけろ」
『それになんの意味がっ!?』
「馬鹿野郎。人間は服を着ているから水を被っただけで服が水を吸収して動きづらくなるんだよ。あとカーペットが濡れていると滑りやすい」
『…………この人やばいっす』
「早くしろよ、死にたいのか?」
俺が苛立たせた声をだすと、スライムキングはすぐさまに魔法の準備に取りかかる。
「な、何だ? またスライムか?」
「気をつけてキール!」
戦士と修道士が身構える中、剣士と魔法使いは必死にスライムを切り倒しているが、何分毒や麻痺持ちがいる為に強く出ることが出来ていない様子だ。
「あー、もうこれだからスライムは嫌なのよ! こうなったら一気に魔法で燃やし尽くすわよ!」
ちまちまと杖に魔力か炎を纏わせてスライムを追い払っていた魔法使い、苛立った声を上げて魔法を使う。
「アイシャやめとけ! 敵が動いた!」
「その前にコイツらを片付けるのよ!」
剣士の静止も聞かずに、魔法使いは炎を出して焼き払おうとするが。
「なあっ!?」
そこにスライムキングからの大量の水魔法によって、掻き消されてしまう。
よって目の前にはスライムが依然として残り、魔法使いへと襲いかかる。
「ああもう、邪魔よ!」
杖でスライムを振り払おうとするが、水のせいか先程よりも動きは遅い。
「きゃあっ!?」
そこを狙って飛びついたのは、骨を被ったスライム。
うわ、よりにもとってまた不気味なスライムに。
「アイシャ!」
剣士がなんとか目の前のスライムを切り飛ばすが、物理に耐性のあるスライムのせいでなかなか助けに行けない。何とかスライムを振り払い、魔法使いの元へと駆け寄る。
見れば魔法使いは青い顔をしてぐったりしている。
あの骨にどんな能力があるのか調べてみた所、どうやら魔力と体力吸収の能力を持つスライムだったらしい。
えげつない能力をしているな。
ただでさえ魔力を消耗していた魔法使いは、ダンジョンに魔力を注ぎすぎた前の俺のようにぐったりとしていた。
あれ、つらいんだよなあ。こう何にもやる気が起きないし、フラフラするし。できればもうなりたくない。
男は何とかスカルスライムを切り倒し、魔法使いを抱きかかえる。
「ちくしょう! 水に塗れて体が重いわ、視界が見えにくいわで散々だ。フローラは大丈夫か?」
「ええ、こちらは魔力にも余裕があったので。キールさんはどうですか?」
「コイツが麻痺しているお陰で何とか持ちこたえているところだ! シンはまだか!?」
今がチャンスだな。
「……スライムキング、今がチャンスだ。修道士と戦士にウォーターランスで牽制したら、全力で倒れた魔法使いに襲いかかれ」
『……了解っす!』
「キールさんマズいです! アイシャさんが魔力切れで倒れました!」
「何いいっ!? ちょっと、こっちはこっちでスライムの麻痺が解けた感じなんだけど!」
「魔法が来ます!」
スライムキングの周囲から、水と魔力が凝縮されたランスが浮かびあがり、修道士と戦士に向かって放たれる。
「『フォースシールド』」
修道士の唱えられた呪文により、光の壁が二人を守る。それにより二人の足が止められたところで、スライムキングが体をくねらせて、魔法使いを抱きかかえる剣士へと肉薄する。
「シン! そっちに行ったぞ!」
「くうっ!」
仲間の声に反応して剣の腹で防御をするが、人を抱えたままの片手では勢いを殺すことができずに吹き飛ばされる。
「フローラ!」
「わかっています! 『シャイニングアロー』」
修道士から放たれた光の矢がスライムキングの追撃を阻む。
「シン! 大丈夫か!」
「……っああ……撤退しよう……」
「ああ、仕方がねえよ。殿は任せろ」
そのまま冒険者達はじりじりと後退して階層主の部屋を出て行った。
『あー! 本当にしんどかったっす。いきなり高レベルの冒険者が来るなんて。マスター、今回の功績を評価してレベルアップとかしてくれても――』
はい、映像終了。レベルアップしなくても四十レベルのパーティーくらいなら追い払える事が分かったから問題なし。今回の収穫は大きかったな。
高位の魔物とはいえ、人との視点がこうも違うとは。当たり前の事なのだろうが、もっと魔物達に嫌がることを教えていかなければならないな。それだけで俺が手を下さずとも、冒険者を痛めつけ、負のエネルギーを集めることができるのだから。




