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「……すごいね、リューリ。君って、強いんだね」
いつの間にか、リンカイは立ち上がっており、茶色く輝く石を手に取ってそう言った。
「いや、でも僕だけだと、最初に吹き飛ばされた後にやられていたよ。リンカイのおかげさ」
僕はそう言った。そう、一人だったら、リンカイがいなければ僕は、ここで死んでいた。はじめての冒険で、命を落としていた。一人の女の子のおかげで、生き残ることができた。
ダンジョンを舐めていたわけではないのだが……いや、舐めていたのだ。心のどこかで、1階層なのだから大丈夫だと思っていたのだ。どんなに階層が低くても、そこがダンジョンであることに変わりはないということを忘れていた。
「ねえ、リンカイ、もしも君がいいのなら、これからも一緒に冒険をしないか? もちろん、ランク10になったら二人でギルドを作ってさ」
「……まあ、君がどうしてもって言うなら、考えてあげないでもないよ。でも、ギルドをつくるの? どこかのギルドに入るんじゃなくて? 確かに、実力のない冒険者を入れてくれるギルドは少ないけど…… 新しく作るほどじゃ――――」
「――――ギルド〔蒼碧玉〕」
「へ? そう……へき、ぎょく?」
「うん、〔蒼碧玉〕、今はもうなくなってしまった僕のギルド。僕は、もう一度その名でギルドを作って、下82階層を攻略する」
「……リューリ、君はすごいね。1階層でこんなに手こずったのに、82階層を目指そうなんて言えるんだね」
「……」
リンカイのその言葉には、いつも以上にトゲがあった。
僕は言葉が出なかった。確かにそうだ。一番最初の階層で死にかけておいて、82階層だなんて、あまりに現実離れしすぎている。現実を見れていなさすぎる。
……でも
「でも! 僕は何があろうと82階層を目指す! じゃなきゃ、天国のシュージに顔向けできない!」
「シュージ?」
「〔蒼碧玉〕の元ギルドマスターだよ」
「元っていうと……」
「ああ、今はもう死んでしまったよ」
「そうか……、私の所のギルドマスターもね、矛使いだったんだ。……死んだわけじゃなくて、ダンジョンの中で行方不明になっただけなんだけどね。多分、生きてるよ。あの人なら……死ぬなんてこと、あるわけがない。 ……コウロウ、私のところの元ギルドマスターの名前よ。コウロウはね下45階層を目指して冒険にでた。でも、2ヶ月経った今も……帰って来ていない。コウロウは死人扱いとなって、ギルドは解散になったわ。新しく、別の名前でギルドが作られたけれど、コウロウのいないギルドに入る気は起きなかったわ」
……行方不明、ダンジョンにおいて行方不明とはつまり、99%死んでいるということだ。
安全な場所で助けを待つ、といっても無理がある。例えどんな場所にいようと、魔物とはいつか出会う。例え逃げたとしても、逃げた先でまた魔物と出会う。睡眠などできない。階段は一見、安全そうに見えて、安全ではない。階段にも魔物は時々現れるし、なにより、階段には盗人がいる場合も多い。
地上まで直通の階段が通っている下31階層までならまだしも、それより下となれば、生存確率は瞬く間に下がっていく。
おそらく彼女も、そんなことはわかっているはずだ。わかった上で言っているのだろう。
「リンカイのギルドのマスターは、強いんだね」
「ええ、とても強かった。リオウキの再来とまで噂されたことがあるくらいなんだから」
「そっか――――」
――――刹那。
地面に穴があいた。
「!!!!」
何が起きているのかわからなかったが、視界にリンカイがいるのを見て、少しだけ安心した。
正直、僕一人だと心細い。
まあ、このままだとふたり仲良くお陀仏となってしまう可能性もあるのだが。
おそらく、下2階層の天井に穴でも空いたのだろう。強者の冒険者が激戦を繰り広げたりすることで、まれに起きたりする現象だ。
下2階層なら、おそらく攻略できる。運良く、地上に直通の階段さえ見つけられたなら、ボスとは戦わないで済む。下2階層にいるのは赤石族だから、土石族と、強さはさして変わらない。赤石族の強さは〈F1〉である。ほぼ最弱の部類だ。
大丈夫。十分戦える。
……おかしい。
……いくらなんでも長すぎる。
……上方にはリンカイが見える。
……僕たちは一体、どこまで落ちていくのか。
……下を見ても、底は見えない。
……果たしてこの穴に、底なんてあるのか。