第1話 つながる
「ねえ、ちょっと話があるんだけど。」
優しい声音なのにどこか高圧的な物言いが消えず、こちらに有無を言わせない勢い。
高校一年の五月。この誘いはまさか?と思わせる展開ではあるが、昨日の今日。昨日の告白ミスで俺のライフはもう0よ!とまあ一種の賢者モードに達している俺はもう間違えない。更に言ってきたのが片岡あやめ。この女はスクールカースト上位で早くからグループを形成し、この1年3組を支配し始めていた、って言うと脚色しすぎだが、とにかく教室の隅でヒソヒソしてるような俺とは全く縁のない人間なのだ。
「聞こえてる?無視しないで?あなたに言ってるのよ、渡辺くん」
この人怖い。どんだけ切羽詰まってんだよ。
「はい、なんでしょうか。」
「だから話あるから付いてきてって言ってるでしょ?」
「はぁ…わかりました。」
言ってなかったろそんなこと。なんなの?不幸だ本当に。
一年の教室は校舎の一階に位置するわけだが、この女わざわざ屋上まで俺を連れて行った。
なんだよそんな大事な話なのか、告白しちゃうんじゃね?とかいう期待は一切しない。いやいや、期待くらいはいいよね??
「何でにやけてるのキモい」
割と本気で引いたような目で片岡あやめはこちらを見て言ってきた。
はいはい、申し訳ありません。よく言われます。
「まあいいや、渡辺くんに話があって付いてきてもらったの」
「それはさっき聞いたけど?」
「うん。まあ、そうね。でさ、き、きのうのことなんだけどさ、誰にも言わないでくんない?」
「昨日?」
何かこいつとあったか?関わった覚えが全くないんだが。
「とぼけないで。昨日のな…中野くんへの告白の練習のやつよ。聞いてたでしょ!?」
昨日……告白……いろいろ繋がっていく。
「なんでお前、告白練習聞いたの知ってんだ?」
「は、はぁ??何言ってんの、キモい。あんた目の前で聞いてたじゃないの!」
目の前……
「え?昨日告白ミスしてたやつお前??」
驚きのあまり声が大きくなってしまった。
「そうよ。なに?悪いの?ってか声でかい。」
「わ、わるい。え?でも嘘でしょ?え?お前と昨日の女の子じゃ性格とか喋り方が真反対じゃねえか。」
「はあ?何なの?さっきから失礼なやつね。私は私よ。昨日のも私。」
考えてみればこの話を知っている人間自体俺含めて2人しかいないはずだ。だとしたら、こいつの言ってることは本当なんだろう。でも、こいつが昨日の女の子?全然一致しない。そういやこいつの好きなやつは、中野?中野って言ったか?
「中野って、中野修司?まじで?」
「そ、そうよ。悪い?」
少し照れて火照り気味で言う顔が、昨日の女の子と重なる。本当なのか……。
「修司かよ。修司は無理だぞ。やめとけよ」
「は?なんなの?あんたが何勝手に決めてんのよ。中野くんの何を知ってるっていうのよ。」
「何を知ってるって言われても幼馴染で昔からずっと一緒だったからな。お前よりは知ってるよ。あいつ女に興味ねえぞ。」
「そういやあんた一緒に帰ってるわね。そういうことだったの。なんであんたが?とは思っていたけど。それより女に興味ないってどういうこと?そういうことなの!?」
少し勘違いしてる気がするこいつ。
「そういうことじゃねえよ。男に興味あるわけじゃねえよ。まあ実際俺が見たことないだけであって実際は違うのかもしれないけど、恋愛に興味なさ気ってこと。」
「なんだ……よかった。」
本当に安心しているご様子。
「あんた意外と普通なのね。」
なんだこいつ?
「俺をなんだと思ってたんだ?」
「ネクラ」
……ぐうの音も出ねえ。言い返せん。クラスではあんまり喋る方じゃないし、一人の方が好きだ。でも人から直接言われるのはちょっとな。
「お前だって、好きですぅー付き合ってくださいーとかキャラじゃないだろ。」
なるべく似せてかつ気に触る感じで言ってみた。
やばい。ミスった。ぐうパンチが来そうです。
「まあまあ、だからお前じゃ修司は攻略不可能だ。どんまい!」
危険を察知して話を逸らす。
「うるさいわね。やる前から逃げるとかあんたチキンねー。それだからネクラになるのよ。私、顔とスタイルはまあいい方だし?大丈夫よ。」
くそ、なんだこいつ。
初めてはっきりと見るが、まあ確かに否定はできない。
背は高校入りたての女子にしては高い方でほっそりと痩せていて、顔もかなり小さい。だが、まだ少女のような顔立ちで、ポニーテールがその印象を更に強めている。
否定どころかまあいい方って言うのが謙遜に聞こえるくらいの美少女だ。
「何ジロジロ見てるのキモい」
「はいはい、ごめんなさいね」
この気が強めの性格が無ければ惚れていたかもしれない。
だがまあ仮定に意味はない。
「いいこと思いついた。」
突然、手を叩き、閃いた!みたいなことやってる。
「告白ミスもきっと何かの縁ね、私に協力しなさい。」
「お前、それ都合よく解釈し過ぎじゃね?」
協力じゃねえそれは。使役しようとしてるだけだろ。良いように使われて、使えないと判断されたら即捨てられるとか嫌だよそんな生活。
「そんなことない。あんたは私に協力するために生まれてきたのよ」
やべえよこいつ、俺の存在意義まで定義し始めた。やめてくれよ。
「俺は俺が人生を楽しむために生まれてきたんだよ。お前のためじゃねよ。」
「そんなの知ってるわよ。冗談も伝わらないの?とにかく協力くらいしてよ?いいでしょ?お願い!!」
この超高校生級の美少女の上目遣いは卑怯だ。俺に耐性はない。
「ん、まあ協力くらいなら。」
「やった。チョロい」
やっぱり協力なんてするべきじゃなかったんだろうか。
「後さ、お前ってのやめてくんない?苗字で呼んで」
「はいはい、片岡様。それじゃあ片岡様も、あんたってのもやめてくれないか?」
「なんで様つけてんの、キモいんだけど。ネクラくん」
「俺の名前は渡辺優なんだが?」
「そんなの知ってるわよ。ネクラくん」
これ以上は無駄だと悟った。これだからカースト上位は……。
「んじゃあ、私まだ飯食ってないし、沙耶待たせてるし!」と言いながら教室に戻っていった。
沙耶is誰。まあどうでもいい。
それにしても、意外だった。昨日の女の子が片岡あやめだったなんて。あんなにキャラが変わるなんてどういうことだ。すげえとしか言いようがない。恋愛ってそんなに人を変えるものなんですかねえ。片岡あやめが修司とどうなるのかなんて興味は全くないが、恋愛ってのがどうして片岡あやめをあそこまで変えたのかはすごい興味がわく。
青春してんだなあ、あいつ。
そんなことを思いながら、俺も教室に戻っていった。