吉沢梨壱の場合
放課後、俺は校舎裏のゴミ捨て場の傍にいた。
丁度どの窓からも死角になるここは、絶好の告白スポットなのだそうだ。以前梨依乃に教えてもらった。
俺とはだいぶ縁深い場所だ。自慢したいわけじゃない。誇れることでは、決してないのだが。
今日俺を呼び出したのは、今目の前に立っている顔をうつむかせた女の子だ。
スタイルもよくて、とても可愛い子。俺の友人にも想いを寄せている奴が何人もいた。
「吉沢くんのことが好きなんだ……付き合ってくれないかな?」
俺の手がかじかんでしまいそうなほどの長い時間をかけて、彼女は言葉を紡いだ。まっすぐで、綺麗な、愛の言葉。
どれだけじれったく待たされようと、俺は滅多に彼女たちの言葉を遮らない。
最後まで、ちゃんと聞く。
彼女たちの想いに応えられない俺ができる精一杯の誠意。
「ごめんね。俺、君とは付き合えない」
いつだったか、曖昧な断り文句だと指摘された。だけど、明確に理由を挙げる気にはどうしてもなれない。
『好きな人がいるんだ』
言ってしまうことは簡単だった。だけど、言ってしまったが最後、辛い事実を思い出さなければならなくなる。それが我慢ならない。去っていく女の子の後姿をぼんやりと眺めながら、自分の言葉の言い訳をぐるぐると考える。
「今月で、15回目……でしたっけ?」
背後に人の立つ気配がして、背中に声が掛けられた。
声の主には確かに覚えがある。
「いいや、14回目だよ。瀬戸、相変わらずお前はゴミ捨て当番なんだな」
昨日と同じ。背後に立っていたのは瀬戸だった。
昨日も今日も、どうやら彼女はゴミ捨て当番であるらしい。
「いっつもここに来ると先輩のせいで待たされるんです」
寒くて風邪ひきそうです。
そう言って彼女は両手をすり合わせる。よく見れば、彼女の両耳は寒さのせいで真っ赤に染まっている。
「だって呼び出されて来ただけだし。好きでここにいる訳じゃないから、俺のせいじゃないだろ?」
「いいえ、先輩のせいです」
持っていたゴミ袋をゴミ捨て場に投げ捨てながら、瀬戸はバッサリと切り捨てた。
「先輩が『君とは付き合えない』なんて曖昧な断り方をするから、女の子たちは闇雲に期待をしちゃうんですよ。『私にならチャンスがあるかもしれない』って」
そのまま、彼女は俺に一瞥もくれないまま背を向けた。
「本当に先輩は残酷な人ですね。…一体『誰となら』付き合えるんです?」
言い捨てて、彼女は足早に去っていった。
寒空に翻るスカートの下。彼女のふくらはぎを覆う紺のハイソックスが目に痛い。
“明日からタイツにします”
“女子高生の絶対領域って俺大好き”
“瀬戸の足、綺麗なのに”
昨日のやり取りを思い出した。
「期待をさせてるのはどっちだよ。瀬戸」
お前の隣には、もう相手がいるじゃないか。
瀬戸柚羽という少女は、稀有な少女だ。
俺を見た目ではなく、中身で判断してくれる。媚びないし、簡単には靡かない。
『はじめまして、瀬戸柚羽です』
初めて言葉を交わした時、その目に射抜かれた。強い信念と理想、夢をまっすぐ見つめる澄んだ瞳から目を逸らせなかった。
その瞳に、一瞬で恋に堕ちた。
今までだって、誰かに惚れたことが皆無だったわけじゃない。
好きな人だって、彼女だってそれなりの人数がいた。
だけど、瀬戸は別格だ。
何度彼女に想いを伝えようと思っても、その瞳を見てしまったら気持ちが揺らぐ。
俺は、あの瞳にどう映るのだろう。あの瞳に映されても恥ずかしくない男なのだろうか。
そんな思いが俺の心を揺さぶって、声にならなくなる。
そうこうしているうちに、季節はどんどんと過ぎてしまった。
『あんな曖昧な言葉で女の子を振っちゃうなんて、先輩は残酷な人ですね』
いつの頃からか、瀬戸は俺にそう言うようになった。瞳にどこか呆れたような光を宿して。
その目が、余計俺の決心を鈍らせた。
それでも、あの瞳に映してもらえるだけましだと思った。あの澄んだ瞳が俺を映してくれている限り、俺にはまだあがきようがあるのだと。
なのに。
『さく、この問題なんだけど』
『どれどれ……ああ、これはね』
俺は見てしまった。
彼女と親しげに話す、1人の男子生徒の姿を。
ただの友達、と一蹴してしまうには親しすぎるほどの距離感に、俺は目を逸らすことしかできなかった。
秋月朔夜。それが彼の名前だった。
注意してよく見てみれば、彼はことあるごとに彼女の傍にいた。今までどうして気づかなかったんだろう。
どうして、彼女に近づく男が自分だけだと思いこんでいたんだろう。
あの瞳の奥に、だれか愛しい男の面影を宿していたって何の不思議もないのに。
彼女のあの瞳に、きっと俺は映らない。
俺が望むものは、手には入らない。
どれだけ多くの人に、愛の言葉を囁かれようと意味がない。
欲しいのは、たった1人の愛の言葉。
「柚羽、好きだよ」
空を見上げて、静かに呟く。それはきっとこの先、一度も伝えることは叶わない言葉。
夕暮れが近付く高い空に、白くなった息が上っていく。
澄んだ空気の冷たさが、俺の肌をチクチクと刺して、その度に小さな痛みが走る。
冬が、もうすぐそこまでやってきていた。
ほんの少しのすれ違いで、伝わらないこと。かなえられないこと。
そういうことってたくさんあるよね。という思いのもと、この話をかき始めました。
ラストについては色々思うところあると思いますが、とりあえずこれにて完結です。
長い間お付き合いいただき、どうもありがとうございました。
続編やハッピーエンドルートについては、その都度需要があれば、ということで。




