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オモイチガイ  作者: 珠樹
4/5

吉沢梨依乃の場合

「あなた、ちょっといいかしら」


 彼女たちに囲まれたのは、昼休みのチャイムが鳴ってすぐのこと。

 教材を片付けて、お弁当を鞄から取り出し、さあ彼に会いに行こうと席を立ったところだった。


「何の用? 私急いで行かないといけないんだけど」

「いいから、早く来なさいよ」


 険を含んだ視線と、強い言葉。もう慣れっこになったとはいえ、気持ちの良いものではない。


 仕方ない。彼には申し訳ないが、お弁当はお預けだ。


「わかった。どこに行けばいいのかしら」

「こっちよ」


 背を向けて歩き出した彼女たちに隠れて、こっそりメールを送っておく。


 早く来てくれるといいんだけど。

 重い溜息がもう一度口をついて出た。



「吉沢くんに近づかないで」

「大体、あなたなれなれしいのよ。クラスだって違うのにことあるごとに会いに来て」

「苗字も同じだし、名前も似てるし、本当にむかつくわ」


 昼休み。人気のない校舎裏。


 女の子たちが私を呼び出すのは、決まっていつも同じ時間、同じ場所だ。

 示し合わせたわけでもないだろうに、言うセリフまでほとんど同じ。

 オリジナリティがない。


「そんなこと言われても、私にはどうしようもできないことなんだけど。私だって、好きでまとわりついてるわけじゃないわ」


 冷静に答えたはずなのに、彼女たちはさらに怒ってしまったらしい。


「生意気ね」

「吉沢くんにふさわしくないわ。こんな女」


 だったら自分はどうなんだろうか。大体、梨壱の好みは彼女たちみたいに嫉妬深い女ではない。

 彼が好きな子はちゃんと別にいる。


「そうね、私じゃ梨壱の彼女には力不足だわ。それは自覚してる。……もういいかしら、私お腹減ったわ」


 そろそろ空腹が限界だ。梨壱はまだかしら。


「ふざけないで!」


 女の子の1人が激高して手を振り上げた。


「梨依乃!」


 手が当たるぎりぎりのところで、名前を呼ぶ声がした。


「遅かったじゃない、梨壱」

「うるさい。メールよこすくらいならちゃんと場所も書いとけ」


 息を切らしてやってきた彼は汗だくだ。校舎中探し回ったことが容易にわかる。


「なんでここに吉沢君が?」


 見られたくないところを見られてしまった、と女の子たちは軽くパニック状態になっている。


「悪いけど、こいつ返してもらうから。それから、こんなこともうやめてくれる? 迷惑なんだけど」

「そんな……」


 さっきまで威勢の良かった彼女たちは、今はもう涙目だ。

 梨壱を呼んだのは私なんだけど、なんだか可哀想になってきた。


「ごめんね。梨壱ったらお腹減って今イラついてるみたい。許してあげてね、弟のこと」


 私の腕をつかんで、梨壱はわき目もふらずに歩き出す。


「おとうと……?」


 後には、ぽかんとした彼女たちだけが残された。



「ほんと、なんでみんな気づかないのかしら。私たちが姉弟だって」

「仕方ないだろ。俺は地味顔、梨依乃は派手顔なんだから」


 拗ねたようにそう言ってご飯を頬張る彼は、学校一のモテ男とは思えない。

 私にとっては、今も昔も手の掛かる弟だ。


「父さんも母さんも子作りは計画的にしてほしいわね。双子でもないのに学年が一緒とかややこしくて仕方ないわ」

「もうちょっと言い方選んでくれよ。父さんが可哀想だ」


 私は4月生まれで梨壱は3月生まれ。年齢はひとつ違いではあるが、学年は同じだ。


 ついでに言えば、父は日本人で母はイギリス人。

 私は母に似て明るい髪色に薄い目の色だが、梨壱は父に似て黒髪に黒い目をしている。


 端的に言えば、私と彼は「似てない」姉弟なのだ。

 神の悪戯か、はたまた悪ふざけか。せめて双子だったら、もっと似ていたら面倒ごとももっと減っただろうに。


「まぁ、いくらでも面倒事くらい背負ってあげるわ。あの子が私みたいな目にあうのは嫌だもの」


 どう? 少しは脈あるの?

 尋ねると、彼は動きを止めてうつむいた。


「ダメかも。……彼氏とまだ続いてるみたいだし」

「学校一のモテ男が情けないわね」


 頑張りなさいよ、と頭を撫でた。



 弟は、一年近く同じ相手に片思いをしている。

 私も遠目から見たことがある。笑顔がかわいい後輩の女の子。


 彼女には彼氏がいるらしい。彼は恋をしてからずっと、その子に失恋をし続けている。

 私が知る限り、彼の今までの恋の中で一番不毛な恋だ。



「ほら、昼休み終わっちゃうから早く食べて」

「うん、わかった」


 今にも泣きだしそうな彼の表情は、今も昔も変わらない『弟』の顔。

 ほかの男になんて負けないでよ。

 そんな思いを込めて、もう一度優しく頭をなでる。

 梨壱はいつまでも私の自慢の弟だ。



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