吉沢梨依乃の場合
「あなた、ちょっといいかしら」
彼女たちに囲まれたのは、昼休みのチャイムが鳴ってすぐのこと。
教材を片付けて、お弁当を鞄から取り出し、さあ彼に会いに行こうと席を立ったところだった。
「何の用? 私急いで行かないといけないんだけど」
「いいから、早く来なさいよ」
険を含んだ視線と、強い言葉。もう慣れっこになったとはいえ、気持ちの良いものではない。
仕方ない。彼には申し訳ないが、お弁当はお預けだ。
「わかった。どこに行けばいいのかしら」
「こっちよ」
背を向けて歩き出した彼女たちに隠れて、こっそりメールを送っておく。
早く来てくれるといいんだけど。
重い溜息がもう一度口をついて出た。
「吉沢くんに近づかないで」
「大体、あなたなれなれしいのよ。クラスだって違うのにことあるごとに会いに来て」
「苗字も同じだし、名前も似てるし、本当にむかつくわ」
昼休み。人気のない校舎裏。
女の子たちが私を呼び出すのは、決まっていつも同じ時間、同じ場所だ。
示し合わせたわけでもないだろうに、言うセリフまでほとんど同じ。
オリジナリティがない。
「そんなこと言われても、私にはどうしようもできないことなんだけど。私だって、好きでまとわりついてるわけじゃないわ」
冷静に答えたはずなのに、彼女たちはさらに怒ってしまったらしい。
「生意気ね」
「吉沢くんにふさわしくないわ。こんな女」
だったら自分はどうなんだろうか。大体、梨壱の好みは彼女たちみたいに嫉妬深い女ではない。
彼が好きな子はちゃんと別にいる。
「そうね、私じゃ梨壱の彼女には力不足だわ。それは自覚してる。……もういいかしら、私お腹減ったわ」
そろそろ空腹が限界だ。梨壱はまだかしら。
「ふざけないで!」
女の子の1人が激高して手を振り上げた。
「梨依乃!」
手が当たるぎりぎりのところで、名前を呼ぶ声がした。
「遅かったじゃない、梨壱」
「うるさい。メールよこすくらいならちゃんと場所も書いとけ」
息を切らしてやってきた彼は汗だくだ。校舎中探し回ったことが容易にわかる。
「なんでここに吉沢君が?」
見られたくないところを見られてしまった、と女の子たちは軽くパニック状態になっている。
「悪いけど、こいつ返してもらうから。それから、こんなこともうやめてくれる? 迷惑なんだけど」
「そんな……」
さっきまで威勢の良かった彼女たちは、今はもう涙目だ。
梨壱を呼んだのは私なんだけど、なんだか可哀想になってきた。
「ごめんね。梨壱ったらお腹減って今イラついてるみたい。許してあげてね、弟のこと」
私の腕をつかんで、梨壱はわき目もふらずに歩き出す。
「おとうと……?」
後には、ぽかんとした彼女たちだけが残された。
「ほんと、なんでみんな気づかないのかしら。私たちが姉弟だって」
「仕方ないだろ。俺は地味顔、梨依乃は派手顔なんだから」
拗ねたようにそう言ってご飯を頬張る彼は、学校一のモテ男とは思えない。
私にとっては、今も昔も手の掛かる弟だ。
「父さんも母さんも子作りは計画的にしてほしいわね。双子でもないのに学年が一緒とかややこしくて仕方ないわ」
「もうちょっと言い方選んでくれよ。父さんが可哀想だ」
私は4月生まれで梨壱は3月生まれ。年齢はひとつ違いではあるが、学年は同じだ。
ついでに言えば、父は日本人で母はイギリス人。
私は母に似て明るい髪色に薄い目の色だが、梨壱は父に似て黒髪に黒い目をしている。
端的に言えば、私と彼は「似てない」姉弟なのだ。
神の悪戯か、はたまた悪ふざけか。せめて双子だったら、もっと似ていたら面倒ごとももっと減っただろうに。
「まぁ、いくらでも面倒事くらい背負ってあげるわ。あの子が私みたいな目にあうのは嫌だもの」
どう? 少しは脈あるの?
尋ねると、彼は動きを止めてうつむいた。
「ダメかも。……彼氏とまだ続いてるみたいだし」
「学校一のモテ男が情けないわね」
頑張りなさいよ、と頭を撫でた。
弟は、一年近く同じ相手に片思いをしている。
私も遠目から見たことがある。笑顔がかわいい後輩の女の子。
彼女には彼氏がいるらしい。彼は恋をしてからずっと、その子に失恋をし続けている。
私が知る限り、彼の今までの恋の中で一番不毛な恋だ。
「ほら、昼休み終わっちゃうから早く食べて」
「うん、わかった」
今にも泣きだしそうな彼の表情は、今も昔も変わらない『弟』の顔。
ほかの男になんて負けないでよ。
そんな思いを込めて、もう一度優しく頭をなでる。
梨壱はいつまでも私の自慢の弟だ。




