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オモイチガイ  作者: 珠樹
3/5

千咲果歩の場合

R指定をつけるほどではないと思いますが、キス描写がありますのでご注意ください。

 放課後の教室はどうも苦手だ。


 窓の向こう、暮れゆく空を見上げながらぼんやりと考える。

 目の前には、真っ白なページを広げたままの日誌。早く書かなくては、と思うけれどどうしてもやる気が出ない。


『果歩ちゃん。本当にいいの?』


 クラスメートと交わした会話を思い出す。


『うん。初デートなんでしょう? いいよ、代わってあげる』

『ありがとう』


 ついさっき、笑顔で去っていった彼女は、今どうしているだろう。


 彼氏とうまくいっているといいけれど。


 開け放された窓からは、絶えず楽器の音が流れ込んでいた。この教室の真上に音楽室があって、この時間は吹奏楽部が練習をしているはずだ。

 たしか、演奏会はもうすぐだった。予定を空けておこう。花束は何色がいいだろうか。


『果歩、来てくれたのね。ありがとう、嬉しい』


 柚羽は笑ってくれるだろうか。

 あんなことがあった、今でも。



『7年続いた友情は本物』


 SNSでよく聞くその噂を信じるなら、私と柚羽の友情は『本物』だ。


 柚羽との付き合いは今年で7年目になる。

 最初に出会ったのは小学校3年生の時。始業式で1つ前の席に座っていたのが柚羽だった。


 彼女はよく笑い、よく喋る人だった。無口で無表情な自分とは正反対の性格をしていた。

 普通だったら接点など無かっただろう。だけど、私たちは不思議と気が合った。


 違うクラスになっても、中学に進学して違う部活動に入っても、交流は途切れることが無かった。

 誕生日にはプレゼントを交換し、お互いに祝いあった。


 悩みがあれば電話をして、夜遅くまでお喋りをした。

 柚羽が所属する吹奏楽部の演奏会には、毎年花束を携えて聴きに行った。その度に彼女は忙しい合間を縫って、楽屋から会いに来てくれた。


『果歩、来てくれたのね。ありがとう、嬉しい』


 彼女はいつでも笑顔だった。

 柚羽と出会ってから6年目の春、私たちはまた同じクラスになった。


『果歩と一緒のクラスで卒業できるなんて、幸せ』


 その時も彼女は、楽しそうに笑っていた。


『よろしく、千咲』


 秋月くんと出会ったのもこの時だ。

 2人はとてもお似合いだった。私は2人はいつか幸せな恋をするだろうと思っていた。

 やがて季節は巡り夏となって、柚羽が部活を引退するころ。私の予感通り、2人は恋人となった。


『果歩。私、今すごく幸せ』


 その時の彼女の笑顔は、今でも忘れられない。



「失礼しました」


 たてつけの悪い扉を開けて職員室から一歩踏み出すと、見知った顔とはちあった。


「っと、千咲か」

「ああ、秋月くん」


 彼とこうして対面するのは『あの日』以来だ。努めて自然に会話しようとするが、私の動作はたぶんぎこちない。

 うまく笑えているのかな。自信がない。


「久しぶり、だな。元気か」

「うん。秋月くんも元気そうだね」


 扉に向かう彼と、扉に背を向ける私。すれ違う瞬間、耳元でささやかれた。


「『あの日』のことは、忘れて」


 ハッとして、振り返る。

 彼はもう、扉を開けて職員室へと消えた後だった。


「……うん。私は、忘れてあげる」


 だけどね、秋月くん。柚羽は全部見てたんだよ。



『ねえ、千咲。ちょっと試させてよ』


 そう言って秋月くんに迫られたのは、ちょうど今日みたいな夕暮れの教室だった。

 見上げれば彼の顔があって、後ろには硬い壁。私は彼の両腕にとらわれてしまっていた。


『柚羽が、最近よそよそしいんだ。学校以外で全然会えてない。浮気されてるのかと思うと苦しくて仕方ないんだ。だから試させてよ。恋人以外の人とするキスがどんなものなのか』

『何言ってるの、秋月くん。やめてよ、やめて。柚羽が悲しむよ。柚羽が好きなのは』


 ――秋月くんだけなのに。


 言葉は秋月くんの唇に飲み込まれてしまった。


 じたばたと暴れて抵抗するけれど、男の力には勝てない。酸素が取り込めずにもうろうとする意識の中で、教室の扉に目を向ける。


 ――背筋が凍るような思いがした。


 わずかに開いた扉の隙間から、誰かが覗いていた。


 『誰か』は鞄を両手でぎゅっと抱きかかえ、踵を返して帰っていく。


 いっぱいに涙をたたえたきれいな瞳は、見紛うはずがない。柚羽の瞳だった。

 なんとか彼から逃れて逃げ帰った翌日、2人が別れてしまったと知った。


『果歩、一緒に帰ろうか』


 柚羽は何も変わらなかったけれど、かえってそれが残酷な仕打ちのように思えてならなかった。



 彼は一時のあやまちだと忘れたがっていた。

 私は忘れようとしていた。


 でも、彼女はきっと覚えている。

 ――そして、私のことを恨んでいる。絶対に。



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