秋月朔夜の場合
部活を終えて外に出ると、辺りはもう暗くなってしまっていた。
もうすぐ本格的な冬がやってくる。この時刻はもう肌寒い。
ふと、正門の辺りに見知った背中を見つけてうれしくなった。柚羽だ。
「柚羽、お疲「お疲れ、瀬戸」
背の高い人影が、俺を追い抜いて正門に向かっていく。
見知った背中は、振り返って背の高い人影に笑いかけた。
「お疲れ様です」
そのまま2人は俺に気づくことなく話し続ける。
――またアイツかよ。
あの背の高い人影は、柚羽と同じ部活の先輩だ。
名前は、吉沢梨壱。
最近この2人が一緒にいるところばかりに遭遇する気がする。
気に入らない。
柚羽のことは、中学のころから知っている。
中1から中3まで同じクラスで、元彼女だった。
俺が一目惚れして、俺が告白した。
付き合ったのは、中2の秋から中3の春までのたった半年。
それでも、俺は本当に幸せだった。俺なりに彼女を大切にした、と思う。
別れたきっかけは『受験に集中したい』と彼女が言ったから。
関係の名前が変わってしまったことはショックだったけれど、柚羽はそれからも俺を避けずに友達として付き合ってくれている。
もう少し時がたったら、もう一度告白してみよう。
よりを戻せる日も、きっとそう遠くはないだろう。
だって嫌い合って別れたわけじゃない。
それに、俺はまだ柚羽を愛しているのだ。
「おーい。さく、居る?」
「ゆず? どうかした?」
次の日の昼休み。
所属する放送部の部室で、次の大会用の台本読みをしていると柚羽がひょっこりと姿を現した。
「今いい? 数学教えてほしいんだけど」
「いいよ、どうせ暇だったんだ」
台本読みの期限は明日だったけど、まあいっか。今日の夜読めば間に合う。
柚羽のノートを覗き込むと、印が付いている大問が3つ。少々複雑だったが、数学は得意科目だから問題はないだろう。
「えーっと、まず大問1は……」
「瀬戸ー、そこにいるー?」
説明を始めようとした矢先、またあの憎らしい男の声がした。
次いで、長身の男子生徒が姿を現す。
「吉沢先輩。どうかしたんですか?」
「悪い、瀬戸。今日が納期の定期演奏会用ポスターレイアウトのデータ原本持ってる? 瀬戸と俺の2人で作ったやつ。間違って提出用のコピーデータ消しちゃったみたいで」
申し訳なさそうに、奴は手をすり合わせる。柚羽は呆れかえっているようだ。
「持ってますけど、先輩迂闊すぎませんか? あんな大事なものどう間違ったら消せるんですか?」
「だから、ついうっかり。悪いんだけどちょっと付き合ってもらっていい? 俺のUSBにデータ移して、そのまま先生に提出しちゃおうと思うんだけど。ごめん、取り込み中だった?」
そこで初めて奴は俺の方を見た。机に頬杖をついている俺は、さぞ不機嫌に見えることだろう。
「……いいですよ、別に。柚羽、この問題どうする? ノート貸してくれれば放課後までには解き方書いとくけど」
「それ数学? なら俺教えるよ、瀬戸。迷惑かけるお詫び」
彼氏クン、忙しそうだし。
吉沢は、俺が脇によけた台本を指さす。
『水曜日までに目を通しておくこと』という赤字がかかれた表紙が目に入った。
しまった。この前部長に書かれたんだった。
「水曜日って、明日じゃん。ごめん、さく、邪魔しちゃってたね。じゃあ、吉沢先輩に甘えちゃおうかな。ごめんね、ありがとう。また今度お願いするね」
「じゃあ、瀬戸お借りしまーす」
柚羽は『がんばってね』と言い残して、奴と一緒に去っていった。
俺の方が、柚羽の近くに居るはずなのに。
――瀬戸
アイツはどこへでも現れて。
――吉沢先輩
その度に柚羽は嬉しそうな顔をする。
それが悔しくてたまらない。
「俺は柚羽のことを本当に愛しているのに」
アイツは柚羽をからかって面白がっているだけなのに。




