瀬戸柚羽の場合
「吉沢先輩、私と付き合ってください」
学校の裏庭の、ゴミ捨て場の影。
校内随一の告白スポットであるここで、似たようなセリフを聞くのは今月13回目だ。
(絶対、無理だって)
私の心の声なんてお構いなく、事態はお決まりのルートをなぞる。
「ごめんね。俺、君とは付き合えない」
同じセリフ、同じトーン。
13回目の背中は、優しくも残酷に13回目の断りの言葉を口にする。
(ほら、やっぱり)
女の子はうつむき加減で去っていく。その姿が完全に見えなくなったところで、私は先輩にそっと声をかけた。
「さっきの子、たぶん泣いてましたよ」
肩をかすかに震わせて、彼は静かに振り返った。
「やっぱり瀬戸か。今日もゴミ捨て当番?」
「そうですよ。毎回誰かさんのせいで余計に時間掛かって大変です」
「俺のせいなの?]
困ったように先輩は笑った。夕日に照らされたその横顔は、今日も変わらず美しい。
吉沢梨壱。その名を聞けば誰もが納得する学校のアイドル。
品行方正、眉目秀麗、成績優秀、人柄良好。
美辞麗句をいくら使っても足りないくらい、先輩は完璧な人だ。
そんな彼を女子生徒が放っておくはずもない。毎日のように呼び出され、告白される。
どんなに美人が告白しようと、先輩はそれを承諾したためしがない。最後まできちんと告白を聞くくせに、必ず最後には同じセリフで断ってしまう。
『ごめんね。俺、君とは付き合えない』
理由も明確にしない断りのセリフはひどく残酷だ。
「どうして断っちゃったんですか?」
「だって、タイプじゃないんだもん」
私に言うお決まりのセリフ。でも、これだって本当かどうか。
「嘘ばっかり」
「手厳しいね、瀬戸は」
先輩の隣をすり抜け、ゴミ袋をゴミ捨て場に投げ入れた。
「早く行きましょう、先輩。部活に遅れます」
「ちょっと、俺を置いていかないでよ」
本当に、先輩は罪深い人だ。
「お疲れ、瀬戸。今日はいつも以上にしごかれてたな、生きてるか?」
「お疲れ様です。生きてますよ、かろうじて自分の足で立ててますし」
ほら、と紺色のハイソックスで包まれた足を示せば、先輩は満足げに目を細めた。
「いいねぇ、生足ハイソックス。女子高生の絶対領域とか、俺大好き」
「変態」
毒づいて顔を背けた。
「明日からタイツ履いてくることにします」
先輩にからかわれたのが癇に障った。
背後で先輩の慌てる気配がする。
「えー、なんてもったいないことするんだよ。せっかく瀬戸の足きれいなのに。俺の目の保養なのに」
「そういうことは、私じゃなくて彼女さんに言ってあげてください」
「だから、俺彼女いないって」
嘘つけ。
そんなセリフ聞きたくもない。私は逃げるように夜空を仰いで、息を吐いた。
白い息が真っ暗な夜空を流れていく。
綺麗。
「……綺麗だな」
先輩がそう言って、息を吐いて遊びだした。
真っ白い吐息は、暗い夜空を踊るように昇っていく。
軽く口を開けて息を吐き続ける先輩はどうしようもなく色っぽくて、不覚にも見とれてしまった。
「柚羽」
肩を叩かれて我に返る。ラケットを持った私の友人が怪訝そうに顔を覗き込んでいた。
「ごめん。ボーっとしてた。……お疲れさまでした、吉沢先輩」
「おー。お疲れ、気をつけて帰れよ」
先輩は手をひらひらと振って、ヘラりと笑う。
屈託のないその笑みで、一体何人を虜にしてきたのだろう。
「…いいの? 先輩と一緒に帰らなくても」
「いい。向こうも待ってる人いたみたいだし」
友人は後ろを振り返り、すぐに前に向き直った。
「なるほど。……少し早歩きで帰ろうか」
「そうだね」
後ろからは楽しそうな笑い声がする。
甲高い女性の声と、低い男性特有の声。私が大好きな、甘く低く響くあの声。
本当に先輩は、罪深い人だ。
――だから、俺彼女いないって
そうやって、無意識にかばうように嘘をついて私を期待させて。
「梨壱ー、肉まんおごってー!」
「わかったって。本当に梨依乃は仕方ないな」
……最後の最後で期待を打ち砕く。
どうせなら、嘘をつかれたくなかった。
私の好きな先輩には、恋人がいる。




