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「……引っ越しってここかよ」
「そうだけど、それがどうかした?」
永久之のお願いというのは、引越しの手伝いのことであった。
俺は渋々そのお願いを聞き入れることにして、放課後、永久之の家の前までやってきたのだが。
「隣は俺の家だ」
そう、彼女の引越し先とは俺の家の隣、とうとう危惧していた状況が訪れたのである。
「えっほんとに!? なんかすごい偶然だね!」
永久之は一人でこの奇跡のような偶然に、テンションを上げている。
俺からしてみれば最悪以外の何者でもない、明日からカーテンは常に閉めておかなければいけないではないか。
ただの他人ならまだしもクラスメートがそこにいるとなると余計気になる。
「じゃあこれから一緒に戦うんだし、都合がいいね」
それはお前の都合だろう、俺にはまったくメリットがない。
「だいたいあの男がどこに住んでるのか調べなかったのか? そうすれば、俺から情報を聞くなんて遠回りをしなくても、家に直接行けば本人に会えるかもしれないのに」
学園でただ一人の生徒を見つけつより、火守家を見つける方が簡単な気がするのだが。
この家は特に何の結界も情報規制もされてないから、すぐ見つかるだろうに。
「いや~そこまで頭が回らなかったよ」
こいつ本当にやる気があるのだろうか。
「てことは今、私のすぐそばに火守ヤトはいるの?」
「いや、いない」
あの男は今どこで何をしているのかさっぱりわからない。
月に一度手紙が届くので、生きていることだけは確かだ。
母さんは、これでも手紙が来るだけ昔よりマシだといっている。
それでもやっぱり許せない。
「な~んだ」
永久之はあからさまに落胆したように肩をだらんと垂らす。
「なんでもいいが早く用事を済ませたいんだが」
「ごめんごめん、そうだね」
荷物は既に運び入れてもらっているらしく、後はそれを指定の位置に動かしたり、片付けたりするだけだという。
「なんだこれは」
中に入ると、廊下や部屋に所狭しと並べられた箱があった。
これではどこから片付けていいのやらわかったもんじゃない。
「すごいでしょ……とりあえずフーガ君には重たいものの移動をお願いしてもいいかな?」
「ああ、もう好きにしてくれ」
そうして俺は、永久之に指示を受けながら主に電化製品なんかを片付け始めた。
「ねぇ」
「よっと……なんだ」
俺は重たいものを運んでいるというのに、涼しい顔で声をかけてくる彼女。
「あ、それはあっち。私が火守ヤトをたおしたい理由知りたい?」
「別に……」
本当にどうでもよかったのでそう答えたのだが。
「知りたい?」
どうやら、話したいらしい。
「ああ、知りたい」
とにかく話だけ聞いてやろう。
「私はね、世界ランカーになりたいの!」
まぁそれくらいの夢を持ったやつなら学園にいくらでもいるので驚きもしない。
「それでどうしてあの男なんだ?」
「一番強い火守ヤトをたおせばなれるかなって!」
永久之はぐっとガッツポーズをしながら力強く宣言した。
俺は思わず持ち上げていたテレビを落としてしまいそうになった。
何て単純な女なんだ、どうやったらそんな考えに至るんだ。
単純というか……バカなのか?
「世界ランカーになりたいなら他に方法はたくさんあるだろう」
「んー大会とかって何か難しくってよくわからない」
年一回の教会主催の出場して勝ち上がればいいだけなんだが。
「だいたいあいつをたおしたからといって、ランカーになれるわけじゃないぞ」
結局は大会で勝ち上がるしかないのだ。
「……っ!? そうなの?」
「そうだよ!」
俺は確信したこいつは馬鹿だ。
「というかまず、見つけるだけでも不可能に近い」
「そうなんだよ、あの人全然見つけられないんだよ。世界中探し回ってるんだけどね」
そうかそれで学園に登校できてなかったのか。
探し回ったが見つからない、ということで今回俺を探しに学園に戻ってきたと。
まあこいつが本当の馬鹿じゃなければ、真っ先に俺のところ、もしくは家に直接に来るのが当たり前なのだろうが。
やっぱりこいつはバカだ、それも救いようのない。
「当たり前だ、息子の俺だってまったく出会わないんだ」
「そうなの?」
そう、あいつはなかなか出会うことのできないゲームの超高経験値保持モンスターと一緒だ。
それ以上に遭遇率が低く、さらに出会えてもたおせる確率が著しく低いときている。
「そうだ、だからたおしたかったらまず<教会>にでも行ってこい」
あいつが表舞台に現れるのは年に一度の大会の日だけだ。
「でもよくわかんないし、やっぱりここにいるよ」
「確かに大会に出ても勝ち上がれるとは限らないからな」
結局大会で勝てないようじゃ、あいつに出会ったところで結果は目に見えてるが。
「失礼だね、勝てるよーだ」
そう言って彼女はべーっと舌を出した。
「ああ、ごめん少し言い過ぎた……」
ほんとに、俺なんかが言えた立場じゃない。
「どうしたの、急にそんな暗い顔して……私そんなきつく言っちゃったかな?」
「いやそういうわけじゃないんだ、気にしないでくれ」
「そう? じゃあ厚かましいけど小物類の片付けも手伝ってもらえる?」
話している間に、重たいものは一通り片付いた、あとはダンボールに入った食器や衣類だ。
「分かった」
そうして二人無言で手分けして箱の中身を一つ一つ棚にしまってゆく。
ひとつの箱の中身を片付け終え、新しい箱に取り掛かろうと、蓋を開ける。
中にはぬいぐるみや、可愛らしい置物などが入っていた。
やっぱり女の子なんだなと思いつつクマの人形を持ち上げると、その足に引っかかっていた何かが落ちた。
「なんだこれ」
拾い上げると、何やら青と白の縞々で、とても触り心地がいい生地、そして三角の形をした……
「パ、パンツ!?」
俺は突然後ろから凄まじい殺気を感じ振り向いた。
するとそこには、今まで姿が見えなかった永久之が毛を逆立て、赤い魔力を迸らせながら立っていた。
「何やってるのかな、フーガ君」
「いや……これは」
俺は必死に説明をしようとするのだが、その手にパンツが握り締められていれば説得力は毛ほどもなかった。
「ここはいいから、向こう行っててっ!!」
「はいっ!」
そうして俺は一人、あらぬ誤解を受けたまま、違う部屋の片付けをした。
ダンボールの山をすべてて片付け終わり、休憩しているとどこからかいい匂いがしてきた。
見るともう、いつも夕飯を食べ終わっている頃だ。
母には、一応帰りが遅くなると連絡を入れてあるので心配はないのだが、俺のお腹は心配だ。そろそろ本当に帰りたい。
「じゃじゃーん」
そんなことを思っていると、永久之が何かを持って現れた。
「お腹すいたでしょ、手伝ってくれたお礼にどうぞ」
そう言って差し出されたのは、おにぎりだった。
そのおにぎりは手が小さいからだろう、一つ一つが一口サイズだ。
「ありがとう、でも悪いけど家に帰ったら飯があるからもう帰るよ」
「えーせっかく作ったのに」
永久之は残念そうに口を尖らせる。
「じゃあラップに包むから、持って帰って食べて」
そう言って台所の方へかけて行く。
「いらないって」
ご飯があるから食べないと言っているのに。
「いいじゃん、なんかお礼しないと悪いし、ね?」
どうしてもこれをお礼にしたいらしい。
「分かった、貰っていくよ」
俺も礼を期待して手伝ったわけじゃない、おにぎりを一つポケットの中にしまう。
これ以上長居は無用なので、足早に玄関へ行き靴を履く。
「じゃあまた明日ね」
永久之は笑顔で、小さく手を振る。
また明日、か。
母は”さようなら”という言葉を極端に嫌うので、小さい頃からさようならは使ってはいけないと躾けられてきた。
「またな」
だから俺は別に明日も永久之に会いとは思わなかったが、そう挨拶をして扉を開けた。




