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「ここだ」
俺は丁寧に職員室のドアの前まで、女を連れてきてやった。
しかし女はドアを開けようともせず、何か言いたげな顔をしている。
「どうした」
「いやぁ、どの先生に聞けばいいのかなって」
そういうことか。
「担任に聞けば分かるだろう」
しかし女は立っている場所から一歩も動こうとしない。
やはり俺をからかっているのだろうか。
「じゃあ俺は戻るからな」
俺はそんな彼女の態度に苛立ちを覚え、女に背を向け歩き出す。
「ち、ちょっと待って」
そんな俺を女は慌てて呼び止める。
「なんだ」
「担任の先生ってどれだっけ」
女はまた、えへへと苦笑している。
こいつ担任の顔さえ覚えていないのか、大体ホームルームの時顔を見ているはずなのだが。
俺は呆れて毒気を抜かれてしまった。
しょうがないここまで来たら一緒だろう、俺は職員室のドアを横に滑らせる。
「あれだよ」
そして担任を見つけると、指をさして示した。
「分かった、ありがと。ここで待っててね」
女はそう言って職員室に足を踏み入れた。
なぜ待たなくてはいけないのか、冗談ではない、俺の役目は職員室に連れてくることだ。
用事が済むまで待っているような関係でもない、名前も知らないただの他人だ。
そう思い、俺は言われた通りに待つことなく、教室を目指し歩き始めた。
廊下は教室のこもりきった暑さと違って、少しひんやりしている。
さらに階段は窓の少ないぶん、日が当たらなければとても心地よい冷たさだ。
「待っててって言ったのに、先行っちゃうなんてひどいよ」
俺が階段を上っていると女が追いついてきた。
教室に戻ってまた暑苦しいのが嫌だったので、心持ちゆっくり歩いたのがいけなかったらしい。
「別に待つとは一言も言っていない」
俺は止まることなく、言葉だけを女に向ける。
すると女は俺の横に並んで歩き始めた。
さっきは気づかなかったが、身長差がかなりある、俺から見れば女のつむじが見えるほどだ。
「この学園に来るの初めてだったから助かったよ。ずっと籍は置いててんだけどね」
やっぱり何か事情があったのか。
俺は特に何も答えるでもなくただただ教室に向かって歩き続けた。
すると女が俺の進行方向を遮るように前に立ち、俺が立ち止まると一歩近づいてくる。
「私は永久之 鮮花よろしくね」
この流れからすると、自分も名前を言わなければならないのだろうか。
あまり気が進まない、でも言うまでこの女は見逃してくれる気がしない。
「……風雅だ」
「フーガ? それは苗字?」
とりあえず名前だけ言ってみたのだがやはりそれじゃあ乗り切れないか、仕方ない名前などいずれ分かることだそれが遅いか、早いかの違いだ。
もうどうにでもなれ。
「火守 風雅だ」
「ひのもり?」
ほらこの反応だ、苗字を言った瞬間にこの女の表情は一変した。
他の奴らとは反応が少し違うような気もするが、たいして変わらない。
「あなたが火守 夜帷の子供なの?」
だから苗字は言いたくなかったんだ。
俺に近づいてくる奴は皆、あの男、父に近づきたい、会ってみたい、つながりを持ちたいと言う輩ばかりだ。
女などは特にその傾向が強い。
今となっては、既に俺がどういう人間か知られてしまっているので、この学園で俺に近づいてくるものは少なくなっているがそれまでは、すごかった。
毎日のように俺に告白するものや、近づいてくるものが絶えなかったのだ。
だが俺に近寄る奴は今まで全員が己のステータスのため、<世界最強>である父の子を彼氏に持っているという自己満足のためだった。
俺が女嫌いなのも、永遠の愛など信じないのもそれが所以だ。
「火守ヤトの子がいるって聞いて、この学校に戻ってきたけど、どの子かわからなかったんだ。いきなりあなたに会えて嬉しいよ。いきなりだけどあの男はどこ?」
やっぱりこの女もその一人か、もうこれでこいつとの関係も終わりだ。
それでいい、最初からそのつもりだ。
「あんな奴の居場所なんて俺は知らない」
「自分の父親に向かってあんな奴なんて、随分な言い方だね」
俺はあの男が大嫌いだ、母さんを一人にしてもう何年もろくに家にいない。
たまにふらっと帰ってきたかと思うと、いつの間にかいなくなっている。
その度に母さんは寂しそうな顔をするんだ、隠してはいるけど俺にはわかる。
だから俺はあいつを許さない。
「俺はあいつをたおしたいと思ってるからな」
「今なんて言った?」
なんだこいつ人の話を聞いてなかったのか。
「だから火守ヤトをたおしたいって言ったんだ」
そう言った瞬間女の目はひときわ大きく開かれ、きらきらという効果音が出るんじゃないかというくらい輝いていた。
そして俺の手を強引に掴み上下に振り回してくる、握手のつもりだろうか。
「たおしたい!? ほんとに?」
父に対する怒りは本当だ、しかしだからといってこの女にどう関係があるのか。
「ああ本当だ、だからその手を話せ」
俺は無理やりその手を話そうとしたが、女の力は見かけによらず強くなかなか離れない。
女は俺の手を両手で包むと、自分の胸の前までもてくる。
「じゃあ一緒に戦おう!」
「はぁ?」
俺は女の言葉に、引き剥がそうと抵抗していた手を止め、大口を開け固まってしまった。
「私も火守ヤトをたおしたいの!」
この女、今なんて言った……
確かにあの男を倒したいと言った、あいつに近づきたいと言う奴は今まで腐る程いた、だがそのどれもが好意的な感情だったのは確かだ。
あの男に近づきたいのには変わりがないが、事情が今までの奴らと全く違うではないか。
「だめ?」
「……え、ああ、べつに――」
「やったー!」
俺の周りには今まであの男、黒の<絶対>を倒そうなどというものは俺以外一人もいなかった。
だから俺はその言葉に少し好感を持った。
そしてそんな大それた発言に呆気にとられたというのもあるが、なんとなく了承をしてしまったのである。
「それじゃあよろしくね」
女は俺の手を離すと、もう一度握手を求めてきた。
俺は握手などする気はなかったのだが、何故か体が勝手にその小さな手を握っていた。
結局利用されているのには変わりがないような気もするが……
なぜだろう、この女といても俺が普段感じる胸のドス黒い渦はやって来ない。
きっと父を倒すという自分と同じ考えの者が現れたのが嬉しかったのだろう。
「それともう一つお願いがあるんだけど」
永久之と俺は二人並んで、話しながら教室へ歩き始めた――




