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『また逃げるのか?』

 恐怖に戦き尻尾を巻いて逃げて間もなく、どこからともなく声が聞こえた。

 地面に貼り付けた視線を上げると、俺の行く先をさえぎるように1つの人影が。


「誰だ?」

『また逃げるのか?』

 そこにあったのは真っ黒な炎でその身を包んだ……


「俺?」

 自分の姿であった。


「何を言っているんだ」

 だいたいこいつは何者だ? 俺とまったく同じ姿をしている。


『何度同じことを繰り返すんだ』

 いつの間にか視界から景色は失われ真っ白な世界の中、この目に映るものは真っ黒な自分ただひとつ。

 後ろでは永久之とわのが戦っている音が聞こえる。


『彼女はやっと見つけたかもしれない、手に入れられたかもしれない光だろ?』

「光?」

『そうだ、自分では見つけられなかったお前を、隠して押し込めていた”火守風雅ひのもりふうが”を見つけてくれた、そんなあいつからお前は逃げ出すのか?』


 ――戦うことが強さじゃないよ。


 ――泣くことは情けないことなんかじゃないよ、それはフーガ君のいいところ。


 俺を、見つけてくれた……


『アザカを見てみろ』

 そう言われ俺は後ろを振り返る。


 戦況はさっきと変わらず、押され気味。

 いや少しずつ傷を負い、体力を奪われさっきよりひどくなっている。


『こうしてる間にも、あいつはどんどん傷を負ってるぞ』

 そんなことは分かってる。


『あいつは気がつけばお前の中にいただろ? 流れ出した悲しみの隙間にそっと、でも図々しく居座っていただろ? ”永久之鮮花とわのあざか”はお前の何なんだ?』


「永久之は俺の……」

 気がつけば心の中にいて、最初はそれが嫌だったし怖かった。

 でも今では永久之が中心の生活を送っている。

 朝も昼も夜も。

 永久之が笑えばあたたかくて、永久之が喜べば嬉しくて、永久之が泣けば苦しくて。


 もう……俺に彼女がいない日常なんて考えられない。

 ならもう彼女は、永久之鮮花は……


「あいつは、俺の一部だ」

 でも。


『そうだ。だったらなぜ逃げるんだ、今傷ついているのはお前の一部だ、なら傷ついているのはお前自身だ』

 でも。


『なぜ迷う必要がある。大切なものに気付いたのならもう逃げるな、目をつむるな、をそらすな。

目の前にある光を一心に見つめ、求めろ。

光へとつながるその道を突き進め、立ち止まるな、振り返るな。

そしてたどり着いたその先で叫ぶんだ、己が名を』

「でも俺に何ができるっていうんだ!」

 何も力がなく、目の前の敵に恐怖し震えることしかできないこの俺に。

 ただの一般人のこの俺に……


『何ができるか、じゃない。何がしたいか、だ。今お前はどうしたい?』

 どう……


『アザカを見つめて、胸に手を当てて考えてみろ』

 俺は再び永久之のほうを振り返る。


「きゃぁっ!」

 その瞬間永久之はアンクルの長い長い足から放たれた一撃を、もろにくらい吹っ飛び、そして壁に叩きつけられる。

 アンクルは意識を失った彼女を軽々と片手で拾い上げると、自分の頭の上に掲げなめ回すような笑みを浮かべた。

 そんな光景を見て、俺の頭は再び怖いという感情で埋め尽くされる。


 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。


 魔力をもってしてもかなわない相手。

 相当数の経験を積んできたであろう永久之でさえかなわない相手。

 そんな敵に何の魔力も特殊な能力も持っていない俺が立ち向かったところで、何ができる。


 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。


 何もできないじゃないか、ただの一般人だ。

 一瞬で殺されるに違いない。


 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。


 体は震え動かない。


 呼吸も荒くなってうまく息ができない。


 意識はだんだん遠くなってうまく考えが回らない。


 あるのは、分かるのはやっぱりただひとつ”怖い”それだけ。


 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。


 どんどん暗くなって行く、音も匂いも消えていく、沈んでいく、飲み込まれていく。


 ――お前はどうしたい?


 俺は永久之を……どうしたい?


 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。


 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、助けたい。


 助けたい?


 助けたい……

 俺は永久之を助けたい。


「俺は永久之を助けたい!」

 そう叫びながら俺は真っ黒に燃え上がる自分を見つめた。


『分かってるじゃねえか』

 その黒い俺はそう言うとニヤッと笑って消えていった。


 その瞬間、俺に世界がよみがえる。

 目は景色を鮮明に映し出し、鼻は匂いを捕らえ、耳は音を拾い集め、脳はクリアだ。


 ――何ができるか、じゃない。何がしたいか、だ。


 そう、俺は永久之を助けたい。

 永久之を守りたい、永久之には傷ついて欲しくない、永久之には笑っていて欲しい。


 何もできないかもしれない、でも何かできるかもしれない。

 まだ怖い、でもそんなことよりもっと……

 もっともっと、怖いことが1つ。


 永久之、永久之、永久之、永久之、永久之、永久之、永久之、永久之、永久之。


 俺の中の恐怖を彼女がすべて塗り替えてくれる。


 永久之、永久之、永久之、永久之…………


「アザカァァァァァァァ!」

 俺は地面を思いっきり蹴り、永久之目がけて走り出した。

 アンクルはそののこぎりのような歯を永久之に突きたてようとしている。


 今なら何でもできるような気がした。

 体の奥底から湧き上がってくる得体の知れないパワー。

 きっと君のおかげだ永久之。


「うぉぉぉぉ!」

 俺はアンクルまで近づくと、永久之を掴んでいる手の逆の手を、両腕で抱きかかえる。


 ――何でもできる気がした。

 しかしそれは本当に気がしただけだった。


 アンクルは俺に腕を掴まれても気にもせず。

 まるで赤ちゃんを相手にしているかのように、いやそれ以下だ、ただそこにある空気を切っただけのように軽々しく俺を振り払った。

 アンクルの腕は一瞬止まっただけ。

 俺はその一瞬動きを止めただけで、後は何もできず吹っ飛ばされる。


「ガァッ……ハッ」

 壁に背中を強く打ち付けられ、肺から空気が漏れ出した。


「クッ……ソ」

 苦しさに身を抱えうずくまる。


「とわ……の」

 必死で顔を上げアンクルと永久之を見上げる。

 アンクルは俺など始めからいなかったように、気にも留めることなく永久之を睨みつける。

 そして大きな口を開けたかと思うと、永久之の体を空高く放り投げた。


「とわのぉぉぉぉ!」

 俺の体は動かない。

 痛みで何も動かない。


 永久之の小さな体は重力に逆らうことなく落下し、みるみるアンクルの口に近づいていく。


「やめろ! やめてくれ!」

 もう無理だ。

 そう思った瞬間だった。

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