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「永久之危ない!」
太陽の光をさえぎるように突如として現れた黒い渦。
永久之の後ろに出現した黒いそれは、瞬く間に大きさを増してゆく。
「アンクル!?」
永久之は咄嗟に距離をとり魔力の炎を上げる。
そして俺達が見つめる中、黒い渦からは異界の生物アンクルが徐々にその姿をあらわとしてゆく。
穴から出てきたのは獣のようなアンクル。
まるで狼が二足歩行をしているかのような姿で、大きさは3メートルほどだろうか。
そして手足が異常に長い。
アンクルは永久之を見つけると、その長い手をめいいっぱい振り上げ永久之めがけて振りぬいた。
「きゃぁぁっ!」
「永久之!」
永久之は何とか出来損ないの短刀のようなものを形成し、その鋭く尖った鍵爪の軌道を逸らした。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い――
俺は恐怖でその場から一歩も動き出せずにいた。
体育祭のときと同じく、体は恐怖で震え言うことを聞かず、ただただその場に立ち止まるだけ。
怖い、怖い、怖い……
頭にあるのは恐怖のみ、怖いという感情が頭の中を埋め尽くす。
怖い。
「はぁ、はぁはぁ……はぁ」
どんどん息は荒くなり、頭の中はしだいに真っ白になり、意識が遠のいてゆく。
永久之は武器を形成し、アンクルに応戦している。
しかしアンクルはなかなか強いらしく、戦況は芳しくない。
防戦一方、その防御も防ぎきれず、髪は乱れ、服は破れ、体は傷つき。
それでも俺は何もできない。
俺には何の力もない。
人のことなんて考えてられない。
怖い。
ただ怖い。
情けない。
でも怖い。
それだけ。
そんな俺に気付いたアンクル。
今度はその腕を、俺に向かって振りかざす。
「フーガ君! よけて!」
それでも俺は動けない、体はもう自分のものではなくなってしまっている。
敵の一撃が俺に向かって放たれる。
鍵爪が俺の体に届こうとした刹那、金属と金属を打ち付けたような音が辺りにほとばしる。
「ぐっ……フーガ君、逃げ……て」
その攻撃を永久之が受け止め、何とか俺は傷を負わずに済んだ。
しかし永久之は傷つけられ、そのきれいな顔からは一筋の血が。
「早く逃げて!!」
そう言われた瞬間、俺は何も疑問に思うことなく振り返り、なりふり構わず走って逃げた。
逃げたいという、本能のままに、欲望のままに。
逆らうことなく逃げた。
心にあるのはただひとつ、心を埋め尽くすのはただひとつ。
「怖い」
それだけだ。




