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「あ~おいしかった」
ケーキを食べ終え、店を出た。
永久之はお腹いっぱい食べて非常に満足そうな顔をしている。
俺達が店を出る頃には、他の店も少しずつ開店し始めていた。
人の姿も大分増え、休日の町はたくさんの人で賑わい、往来には家族連れやカップルが所狭しと歩いている。
「これで私のお願いは終わり、これからどうする?」
そう言って首を軽くかしげながら俺に問いかける永久之を見つめ、お願いなんて聞いてやらなければよかったと思った。
もしこれであの男についてのあれやこれが片付いてしまえば、永久之がここにい続ける理由が本当になくなってしまう。
もしそうなれば永久之は俺の前からいなくなってしまうだろう……
そんなことを考えていると、なぜだかたまらなく胸が苦しくなった。
人の流れはなおも勢いを増す、気を抜けば流されて、埋もれて見失ってしまうかもしれない……どこかへ行ってしまうかもしれない……
人々は流れをせき止めるように立ち止まる俺と永久之の間を、容赦なく抜けてゆく
「と、永久之!」
通行人に一瞬さえぎられ、永久之の姿が見えなくなる。
体の小さな永久之は簡単に人ごみに飲み込まれ、雑踏の中に溶け込み見えなくなる。
まるで俺の前から消えてしまったかのように。
俺はとてつもなく心配になり、思わず彼女の名前を叫んだ。
「どうしたの?」
でも彼女は、変わらずそこで俺を見上げている。
「いや、その、せっかく来たんだし、もう少しいろいろ見ていかないか?」
「うん、そうしよう!」
腕を掴んで歩くカップル、手をつないで歩く親子。
俺は永久之の姿を視線でしっかり掴み、見失わないよう必死になりながら、流れに身を任せ歩き出した。
俺達は人に押し流されるように町を歩きまわり、いろいろな店に入った。
永久之がいなければ行かないような場所、永久之が言わなければ気にならないようなもの。
よく分からない店や意味不明な物、風に流される葉や道の端に咲く花、そんな何気ないものにまで彼女は飛び付くのである。
そして最終的に辿り着いたのが、道の端に植えられた街路樹がずっと先まで立ち並ぶそんな道だった。
人気はいっきに減り、店の数もほとんど見られなくなった。
この道は木に囲まれている。
その木々が真昼の太陽をさえぎってくれて影ができる、歩き回って少々疲れた体には非常にありがたかった。
「ねぇフーガ君あのお店行ってみよう」
「ん、ああ」
そうして永久之が指をさしたのは、ひっそりとたたずんだログハウスのような店だった。
「手作りアクセサリー?」
店の前に立てられた看板にはそう書いてあった、そしてその看板も木でできていて手作り感がある。
ドアを開けカランカランという音と一緒に中に入ると、外とは打って変わってとても涼しく、しんとしていた。
そして店の中にいた眼鏡をかけた白髪のご老人の「いらっしゃいませ」という優しい声とともに、森の中にいるような”木”の香りがいっきに体を駆け抜ける。
「わぁ~すごい! これ全部手作りなんですか?」
「ええ、そうです」
店の中に所狭しと置かれた、アクセサリーや置物、家具。
それらはすべて木が使われていて、手作りだという。
「すごいねフーガ君」
「おぉ……」
その商品はどれも、素人目からみてもはっきりと分かるくらいすばらしいものだった。
「ほっほっほ、ただの趣味ですよ」
静かな店にコツンコツンと、歩くたびに奏でられる床の音が響く。
そして俺達を笑顔で見守るおじいさん。
「これ可愛い、見て見てフーガ君」
そう言って永久之は突然はしゃぎだす。
その手に握られていたのはもちろん。
「ニャンニャンだよ」
猫の形に削られた木があしらわれた髪留めだった。
そういえば永久之は前に、こんな感じのピンで髪を留めていたような気がする。
「欲しい!」
しかし値段を見てがっかり、手作りだけに少し値段が張った。
ケーキでほとんどのお金を使った彼女では、買うのに大分無理があったようだ。
永久之はそっと手に持ったピンをもとあった場所へと返した。
「そろそろ行こっか」
落ち込みながらも店の中を一周、一通り見た永久之はそう言った。
「ん、もういいのか?」
「うん、お昼ご飯も食べなきゃだし」
腕時計を見ると時計は1時を過ぎていた。
俺は特にお腹がすかなかったし、永久之も朝からあれだけケーキを食べたので、お昼ご飯のことなどすっかり忘れていたのだ。
再びベルの音を鳴らし「ありがとうございました」というおじいさんの声を後ろに、店を出た。
「お昼、どこで食べる?」
永久之にはまだ食欲があるらしい。
「……」
「どうしたの」
「んー……ちょっとトイレ借りてくるから、ここで待っててくれ」
「はーい」
そうして俺はもう一度、ログハウスのような店の中に入る。
勢いよくドアを開けると、おじいさんは少し驚いたように俺の方を向いた。
「いらっしゃい」
俺は木の床を踏み鳴らし、永久之が気にしていた猫のピンを手にとって、レジのあるカウンターまで持っていった。
「これ、ください」
「ありがとうございます、先ほどの女性にプレゼントで?」
袋にピンを包みながら、そう言ってやさしく微笑むおじいさん。
彼はなんだか独特の、包まれるような不思議な空気を醸し出していた。
「あ……ええ……そうです、多分」
「どうかされました?」
「いや、分からないんですよ俺どうしてこれあげようとしたのか」
永久之にあげようと思ったのは確かだ、でもなぜそう思ったのかは分からない。
マグカップのときも。
あの時は喜んでくれるならと、そう思った。
なら今回もそうなのだろうか、でも、もしそうだとしてもどうして喜んで欲しいんだ?
「ほっほっほそうですかそうですか。人間そんなものですよ、自分のことは自分が一番よく分からない」
「おじいさんでも、ですか?」
「ええ、どれだけ年を重ねてもそれは変わりません」
年をとっても変わらない、分からない、なら答えはどこにあるんだ。
「木はいい、木は人に安らぎをあたえる、そして人と人とをつなぐ。はい、どうぞ」
おじいさんから袋に包まれた髪留めを受け取る。
「どうも」
「また来てください、今度も二人で。そしてそのときはあれを買っていくといい」
おじいさんはニヤッと笑いながら指をさした。
その先にあったのは、1つの大きな食器棚。
「きっとまた来ます」
俺はなぜおじいさんが”食器棚”を指さしたのか、分からなかった。
「悪い待たせたな」
店を出て、木の根元にしゃがむ永久之に声をかける。
「んーん、それじゃあご飯食べに行こう」
永久之は立ち上がり駅のあった方へと歩き出す。
「待て永久之……」
「ん?」
「あ、あー……これやるよ」
俺は永久之のから目をそらしながら、ピンの入った袋を突き出した。
「何これ?」
「いいから、やるよ。開けてみろ」
永久之は俺から袋を受け取ると、貼られたセロファンテープをゆっくりはずした。
「わぁ~これさっきのニャンニャンだ! どうしたの?」
「だから永久之にあげるって」
何回も言わさないで欲しい……
俺の体は気温がいっきに上昇したかのように熱を発し始める。
「ほんとに? いいの? 」
「ああ」
「う~ごめんねフーガ君、さっきのマグカップといい。いつかちゃんとお返しするよ」
「お返しなんて別にいい、つけて……」
そして喜んで
「くれるなら」
「うん、ありがとう。大切にするよ」
そして永久之はカバンに手を突っ込んだかと思うと、その中から手鏡を取り出し俺に背を向けた。
ピンをつけているのだろう、鏡を持ち歩いているとわさすが女の子だ。
「どう?」
そう言って振り返った永久之の顔に、木漏れ日が当たって揺れ、そのまぶしさに少し目を細める。
俺はこのとき、目に映るすべてのものが輝いて見え、そのすべてが愛おしいと思った。
「きれいだ」
「えへへ、ありがとう」
しかしそんな輝きも束の間、俺は目の前に映る光景に目を疑った。




