25
帰宅後夕食を食べ、風呂に入り俺は自分の部屋に戻った。
夜になってもおさまることのない暑さに嫌気が差し、俺は電気も点けずに窓を開け外へ顔を出した。
遠くでかすかに聞こえる虫たちの鳴き声の中、ほのかに吹き込む風が俺のほてった体をそっと癒してゆく。
そのあまりの気持ちよさに睡魔に襲われそうになり、俺は上を向いた。
雲ひとつない澄み切った夜空。
そんなどこまでも無限にのびる夜空を見ていると、まるで吸い込まれてゆくかのような感覚にとらわれる。
”夜空”それは俺にとって何か懐かしいようなものでもあったが、同時に腹立たしいものでもあった。
真っ暗な空、ただでさえどこまで続いているのか、どれだけ広いのか得たいの知れない空が、闇に包まれさらにその正体を隠そうというのだ。
それはもう、恐怖、畏怖、絶対的な何か、圧倒的な何かになる。
そんなものを見上げていると、己の小ささを、無力さを実感させられてしまう。
そう、まるであの男、世界最強の父の前に立っているときのように……
俺と永久之は、黒くて、強くて、届かない、そんな天のような男を敵に回そうとしているのだ。
空に唾を吐いたところで傷を負うのはどちらか、そんなこと考えなくても答えは明白。
それでも……
とりとめもなくそんなことを、あれやこれやと考えていると、永久之の部屋のカーテンが開かれ、窓からこぼれた光で辺り少し明るくなる。
そしてガラッという音を立て、窓が開かれた。
「おう永久之」
「ひゃっ! フフフ、フーガ君!?」
俺が声をかけると、永久之は身をびくっと震わせ軽く飛び上がった。
「びっくりした、気付かなかったよ~」
永久之は多きく深呼吸をして、胸をなでおろした。
「悪い。こんな時間にどうしたんだ?」
「え……フーガ君こそこんな時間にどうしたの?」
永久之はまだ何か落ち着かない様子であった。
そんなに驚かせてしまったのだろうか。
「俺は暑かったのとちょっと考え事してて、空見てた。お前もか?」
「え、うん、そうそう私もフーガ君の部屋を……っじゃなくって、夜空でも見よっかなーって。日課なんだよ日課」
永久之にそんな趣味があったのか、知らなかった。
「夜空好きなのか?」
「そっ、そうなの、最近満月が綺麗だなーって思って見てたの」
満月? 俺は少し引っかかることがあったので、空を見上げた。
そしてそこに浮かんでいたのは煌くたくさんの星たちと満月……ではなく。
「最近はずっと三日月だったと思うぞ?」
「そう、だったかな……じゃあ三日月で」
じゃあって何だよじゃあって。
「そんなことよりフーガ君!」
「どうした?」
「明日言おうと思ってたんだけど、土曜日空けといてって言ったけど、やっぱり日曜日じゃだめ?」
別に土、日ともに用事はない、用事はないが……
「別にいいけど、土曜にオープンするから行きたかったんじゃないのか?」
俺がそう言うと、永久之は目をぎゅっとつむり、両手の指先をウネウネと動かし始めた。
まるで何かに必死に耐えているような。
「うー……そうなんだけど、ちょっと用事ができちゃって」
「まあ時間は空いてる」
「よかった、じゃあ日曜日で!」
俺としてはオープン初日に行こうが、数年後に行こうが構わない、それこそ最悪行かなくたって構わない。
でも永久之が甘いものより優先する用事といえば。
「あの男のことか?」
「え? 何が?」
永久之は俺の問いに対して、何を問われているのかまったく微塵も分からないといったように、ぽかんと口を開けた。
「だから、その用事ってやつのこと」
「あっあぁあぁ、そう、そんなところだよ」
「それなら、俺も手伝おうか?」
そもそもそう言って一緒に行動をともにするようになったのだ、戦えない俺からしたらその他のことは任せてくれないと仕事が何もなくなるではないか。
せめて一緒にやらせてくれるくらい、手伝わせてくれるくらいして欲しい。
「いいよ、いいよ大した事じゃないから、悪いし、ね?」
どうにもすんなり首を縦に振る気にはなれないが、そこまで言うなら仕方がない。
「分かった」
「それじゃあ、詳しい時間とかはまた明日にでも決めよっか」
そう言って永久之はぽんっと一回手を叩いた。
「あ~楽しみだな、今日から眠れそうにないよ」
そんなことをつぶやきながら、少し苦笑いをする永久之。
「気が早すぎる。しっかり寝ないと、当日体調壊して行けなくなるぞ」
「そうだね。あ、そういえば今日持っていったコロッケ食べてくれた?」
コロッケ? そういえば母さんが食後のデザートとか言って何か食ってたような気がする。
あれだ、絶対そうだ、あれコロッケだったのか。
「あ、ああ食べた」
母さんが。
「おいしかったよ」
って母さんが言ってた。
「そう、よかった。じゃあもう寝るね。フーガ君も早く寝てよ? 当日風邪引いたとかはなしだからね?」
「ああ、分かってる」
「それじゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
窓を閉じた永久之は、その向こう側で一度小さく手を振って、カーテンを閉めた。
辺りは再び暗くなり、頼りなくも綺麗な星と三日月の光が、ほてりを鎮められない俺の体をそっと包み込んだ。
あと少しお付き合いください。
よろしくお願いします。




