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「永久之」
俺は今日こそ借りていたハンカチを返そうと、前を歩く彼女の背中に声をかける。
「は、あ、い」
すると永久之は片足でくるっと回転しながら、俺の方に振り返り、後ろ歩きで道を行く。
「これ、返そうと思って」
そう言ってポケットの中で握りしめていた、小さな猫模様の水色のハンカチを永久之の前に突き出した。
「あ、それ」
「悪い、返すの遅くなった」
そう、結局返そうと思っていた次の日にもなんだかんだで返せず2日たった今日、放課後、学園からの帰り道でようやく返すことができたのだ。
「んーん、大丈夫だよ。すっかり貸したこと忘れてたよ、探してたんだけどどこにあるか分からなくて、半分諦めてたんだけど、見つかってよかった」
永久之は大切そうにそのハンカチを見つめた。
猫好きの永久之のことだ、きっとお気に入りのハンカチだったに違いない。
「わざわざ洗ってくれたんだね、ありがと」
当たり前だ、借りてから何日経ったと思っている、そもそも汗を拭くために貸してもらったハンカチだ、それをそのまま返すなんてことができるほど、俺は無神経ではない。
でも『ありがとう』って笑顔で言われると悪い気はまったくしない、たったそれだけのことで、その一言だけで俺の心はすごく暖かい気持ちになった。
そういえば昨日席替えがあった。
テッタとは同じ列だが俺が一番後ろでテッタが一番前、だいぶ遠くなってしまった。
永久之は俺の列の二つ隣の列で右斜め前、そんなに遠くもないが話すのには少し距離がある。
そのおかげで、少し会話が減ってしまったかもしれない。
俺はとにかく永久之が気になった。
気付けば視線は永久之の姿を追いかけているし、声が少しでも聞こえたら耳が勝手に彼女の声を拾い集めてくる。
なぜだか分からないが、とにかく気になって仕方がないのである。
授業中、俺が知らず知らずのうちに永久之を見ていると、彼女はその視線に気付いて俺の方を向く。
そして目が合うと、にこっと笑うのだ。
そのたびに俺の体はびくっと跳ねて熱くなる、そうなればあせって目をそらしたって手遅れだ。
授業が終わって小休憩になると、永久之は『どうかしたの?』って俺に近づいてくる。
そこから会話が始まる、特に意味のない無駄話。
でも俺はそんなやり取りが、その時間が、うまく言葉にできないがたまらなく心地よかった。
「ねぇフーガ君?」
後ろ歩きのままで、永久之は俺を呼んだ。
よくもまあ何にも当たらず、まっすぐ歩けるものだ。
「ん?」
「この前言ってたお願い、決まったよ」
今では消えているが、俺が強く握りすぎたせいで永久之の腕は赤くなった、その謝罪の代わりのお願いを聞く約束。
「なんだ?」
俺がそう聞くと、永久之は目をキラキラと輝かせ始めた、それはもう星も顔負けの輝きで。
「今日クラスの女の子に教えてもらったんだけど、今週隣町の駅前に新しいケーキ屋さんがオープンするんだって! そこに連れて行って欲しいの」
「そんなことでいいのか?」
確かに永久之は甘い物好きでケーキは大好物だろう、でも隣町は駅二つしか離れていないし、駅前のケーキ屋でオープンしたてなら、一人で行っても迷わないだろう。
それかその女の子と一緒に行けば、俺に他の事をやらすこともできるのに。
そこまで頭が回らなかったのだろうか……
「うん! そんなことがいいの」
まあいい本人がそれで言いというのだからいいのだろう。
「だから、今週の土曜日空けといてね!」
休日はほとんど家で寝てるだけだから開いてるとして、ケーキか……
「もしかして、何か用事あった……?」
一瞬返事に間を作ってしまった俺を見て、永久之すごく残念そうな顔をした。
いや残念”そう”なではない、あからさまに残念がっている、顔に”残念”って書いてある。
「え、いや、空いてる空いてる、大丈夫だ」
「ほんとに?」
「ほんとだよ」
本当だ、だから……そんな顔しないでくれ。
「よかった」
そう言って永久之はひまわりのような、笑顔の花をその顔に咲かせた。
「じゃあまた明日ね」
「おう、また明日」
気付けばいつもいつの間にか家の前、そして俺はここで永久之の小さな背中を見送る。
今日もセミの鳴き声は、きれいで心地よい音色を奏でていた。




