表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/32

24

永久之とわの

 俺は今日こそ借りていたハンカチを返そうと、前を歩く彼女の背中に声をかける。


「は、あ、い」

 すると永久之は片足でくるっと回転しながら、俺の方に振り返り、後ろ歩きで道を行く。


「これ、返そうと思って」

 そう言ってポケットの中で握りしめていた、小さな猫模様の水色のハンカチを永久之の前に突き出した。


「あ、それ」

「悪い、返すの遅くなった」

 そう、結局返そうと思っていた次の日にもなんだかんだで返せず2日たった今日、放課後、学園からの帰り道でようやく返すことができたのだ。


「んーん、大丈夫だよ。すっかり貸したこと忘れてたよ、探してたんだけどどこにあるか分からなくて、半分諦めてたんだけど、見つかってよかった」

 永久之は大切そうにそのハンカチを見つめた。

 猫好きの永久之のことだ、きっとお気に入りのハンカチだったに違いない。


「わざわざ洗ってくれたんだね、ありがと」

 当たり前だ、借りてから何日経ったと思っている、そもそも汗を拭くために貸してもらったハンカチだ、それをそのまま返すなんてことができるほど、俺は無神経ではない。

 でも『ありがとう』って笑顔で言われると悪い気はまったくしない、たったそれだけのことで、その一言だけで俺の心はすごく暖かい気持ちになった。

 



 そういえば昨日席替えがあった。

 テッタとは同じ列だが俺が一番後ろでテッタが一番前、だいぶ遠くなってしまった。

 永久之は俺の列の二つ隣の列で右斜め前、そんなに遠くもないが話すのには少し距離がある。

 そのおかげで、少し会話が減ってしまったかもしれない。


 俺はとにかく永久之が気になった。

 気付けば視線は永久之の姿を追いかけているし、声が少しでも聞こえたら耳が勝手に彼女の声を拾い集めてくる。

 なぜだか分からないが、とにかく気になって仕方がないのである。


 授業中、俺が知らず知らずのうちに永久之を見ていると、彼女はその視線に気付いて俺の方を向く。

 そして目が合うと、にこっと笑うのだ。

 そのたびに俺の体はびくっと跳ねて熱くなる、そうなればあせって目をそらしたって手遅れだ。


 授業が終わって小休憩になると、永久之は『どうかしたの?』って俺に近づいてくる。

 そこから会話が始まる、特に意味のない無駄話。

 でも俺はそんなやり取りが、その時間が、うまく言葉にできないがたまらなく心地よかった。


「ねぇフーガ君?」

 後ろ歩きのままで、永久之は俺を呼んだ。

 よくもまあ何にも当たらず、まっすぐ歩けるものだ。


「ん?」

「この前言ってたお願い、決まったよ」

 今では消えているが、俺が強く握りすぎたせいで永久之の腕は赤くなった、その謝罪の代わりのお願いを聞く約束。


「なんだ?」

 俺がそう聞くと、永久之は目をキラキラと輝かせ始めた、それはもう星も顔負けの輝きで。


「今日クラスの女の子に教えてもらったんだけど、今週隣町の駅前に新しいケーキ屋さんがオープンするんだって! そこに連れて行って欲しいの」


「そんなことでいいのか?」

 確かに永久之は甘い物好きでケーキは大好物だろう、でも隣町は駅二つしか離れていないし、駅前のケーキ屋でオープンしたてなら、一人で行っても迷わないだろう。

 それかその女の子と一緒に行けば、俺に他の事をやらすこともできるのに。

 そこまで頭が回らなかったのだろうか……


「うん! そんなことがいいの」

 まあいい本人がそれで言いというのだからいいのだろう。


「だから、今週の土曜日空けといてね!」

 休日はほとんど家で寝てるだけだから開いてるとして、ケーキか……


「もしかして、何か用事あった……?」

 一瞬返事に間を作ってしまった俺を見て、永久之すごく残念そうな顔をした。

 いや残念”そう”なではない、あからさまに残念がっている、顔に”残念”って書いてある。


「え、いや、空いてる空いてる、大丈夫だ」

「ほんとに?」

「ほんとだよ」

 本当だ、だから……そんな顔しないでくれ。


「よかった」

 そう言って永久之はひまわりのような、笑顔の花をその顔に咲かせた。


「じゃあまた明日ね」

「おう、また明日」

 気付けばいつもいつの間にか家の前、そして俺はここで永久之の小さな背中を見送る。


 今日もセミの鳴き声は、きれいで心地よい音色を奏でていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ