22
翌日の放課後、俺はテッタに話したいことがあるから屋上に行こうと誘われた。
何でも昨日話そうと思っていたことらしいのだが、呼び止めたにも関わらず俺は無視して教室を飛び出してしまったらしい。
俺はそのことをいまいち覚えていないのだが、朝登校するとテッタにしつこく責められた。
「おいフーガ早く行こうぜ」
テッタは教室のドアにもたれながら、俺を急かす。
「分かってるって」
「じゃあ待ってるね」
昨日とは違い、きれいに整えられた髪を揺らし微笑む永久之。
「いや、先に帰ってていいぞ、雨降りそうだし」
窓の外を見ると、真っ黒で分厚い雲が少しずつこちらに近づいてくるのが分かる。
あと少しすれば、雨が降るのは確実だろう。
俺も早く話を済まして、雨が降る前に帰りたい。
「んーん、待ってるよ」
まぁ彼女がそう言うのなら仕方がない、無理に帰す理由もないのだ。
幸い今朝のニュースで降水確率は90%の予報だった、折り畳み傘くらい持っているだろう。
「分かった、その代わり雨が降ってきても俺は知らないからな」
俺はそれだけ永久之に言って、テッタの方へ歩き出した。
「で、話って何だよ」
「まあそう急かすなって」
屋上について間もなく、今度は俺がテッタを急かす側になっていた。
何せ目に見える速度で黒雲が近づいてきているのである、いつ雨が降り出すのかと気が気でない。
「ちょっと言いにくいんだけどよ……」
テッタは屋上のフェンスに背中をあずけ、少しうつむきながら話を始めた。
「何だよ」
「そのだな」
前に屋上で話したときと同じく、いまいち煮え切らない態度だった。
「トワちゃんのことなんだけどさ」
テッタは少し間をおいて、視線を俺の方へ向けた。
「告白するの、やめるわ」
気まずそうに顔をゆがめ、ひとさし指で頬を掻くテッタ。
その言葉を聞いた瞬間、体の奥底にあった言いようもない緊張感みたいなものが、なぜだかサッと緩んでいったような気がした。
「どうしてだよ」
あれだけ意気込んでたくせに、珍しく俺に宣言までしたくせに。
しつこく『いいのか?』と俺に問いかけてきたにも関わらず。
まさか、また新しい永遠でも始まったのだろうか。
「あの時、パレードの日な」
テッタは俺に背中を向け、フェンスを片手で掴みながら訥々と語り始めた。
「トワちゃんは、お前がしっかりパレード見てくれるか、どこで見ているのか、喜んでくれるか、楽しんでくれるかすごく気にしてそんな話ばっかしてたんだよ。
そしたら俺らの隣にいたクラスのやつが、フーガが帰るのを見たって言い出したんだ。
それを聞いてトワちゃん急に言葉数減ってな、今思えばあれは見てくれないことにがっかりしていたと言うより、お前のことが心配で堪らないって顔だったと思う。
それで、いよいよパレードが始まるって時、トワちゃんは急に『ごめん、行かなくちゃいけないところがあるの』って並んでた列から走りだそうとしたんだ。
俺はトワちゃんの腕を掴んで、分かってたけど『どこに行くんだよ』って聞いた。
そしたら『ごめん』って言うだけでさ、挙句の果てに頭まで下げられて、俺は思わず手を離したよ。
まあ今の話で分かるように、トワちゃんの目は俺の方には向いてない、これで告白ができるほど俺も馬鹿じゃない」
そんなものなのだろうか。
永久之はただ心配になって、俺のところに来ただけだ。
それだけで、彼女の目がテッタに向いていないと言えるのだろうか。
「で、お前は気付いたのか?」
テッタは振り返ることなく、フェンス越しに景色を眺めたままそう言った。
「ああ、気付いた。まあ、気付いたと言うか、受け入れたというか」
「受け入れたのか!?」
テッタはガッと振り返ると、目をおもいっきり開きながら俺に近づいてくる。
そして俺の肩を両手でしっかりと掴んだ。
「ん? ああ、俺は辛いことや苦しいこと、悲しいことから逃げて、自分から目をそらしてた。永久之のおかげでそれに気付くことができたし、何とか受け入れることもできた」
「それじゃねぇよ!!」
テッタは掴んでいた俺の肩から手を離し、地面に四つん這いに倒れこんだ。
「俺はこんなやつに負けたのか……」
そしてなにやらぶつぶつと独り言をつぶやいている。
「おいテッ――」
「あのなぁフーガ!」
俺の声をさえぎるように、テッタは大きな声で俺の名前を呼んだ。
「何だよ」
「とりあえずここに座れ」
テッタはそう言って手のひらで地面を叩く。
屋上には、あぐらをかきながら対面して座る男達の姿。
ふと目をそらせば、雨雲はもう目の前まで迫ってきていた。
「フーガ、お前は人を愛する気持ちとかって分かるか?」
「分からん」
俺は即答できっぱりとそう言った。
そんなものは信じないし、信じたくもないと昔から思っていた。
そしたらそのうちに、それがどんなものだったか本当に分からなくなった。
まあ最初から分かっていたかどうかも、定かではないのだが。
物が大切だとか、食べ物に好みがあるとかそういったことは分かる、でもそれを人に当てはめて、好きだとか愛するというのがよく分からないのだ。
かろうじて、母さんが大切だと思うくらいだろうか。
異性が好きという、愛だの恋だのはよく分からないし、分かりたくもない。
だからテッタの言う永遠の愛とやらも信じることはできないのだ。
「やっぱりフーガには難しいか……こりゃあトワちゃんかわいそうだな」
また一人で何かをぼやき始めるテッタ。
「何がかわいそうなんだよ、俺があいつに何かしたか?」
「何もしないから言ってんだろ!」
「何もしてないなら何でかわいそうなんだよ!」
「お前にはわかんねぇことだよ!」
そんな言い合いをしている俺達の頭を静めるかのように、突然冷たいものが顔にぽつりと降りかかる。
空を見上げると、いつの間にか太陽は雲に完全にさえぎられ、辺りは真っ暗になっていた。
そしてぽつぽつと雨が降り出したかと思った瞬間、雨はバケツをひっくり返したような勢いで、俺とテッタの体をぬらし始めた。
「わぁぁぁぁ! フーガ話は終わりだ! 中入るぞ!」
そう言って校舎の入り口へ走ってゆくテッタ。
「言われなくても分かってる!」
俺もテッタの後を追うように、立ち上がり建物の中へと急いだ。
外では雨粒が地面を叩きつける音が、よりいっそう大きくなっていった。




