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「フーちゃんそろそろ起きなよー」

 俺はそんな母の声で目を覚ました。


 いつもなら目覚まし時計のアラームに叩き起こされるのに、今日は違った。

 ベッドの上に置かれた目覚まし時計を見ると、どうやらタイマーのセットを忘れていたらしい。


 でも時間はいつも起きる時間と5分しか変わらない。

 さすが母さんだ、寝ぼけていなければ頼りになる。


「でも朝の5分は大きいな」

 俺は立ち上がると、部屋のカーテンを開ける。

 これは毎日の日課だ、朝起きたらまず陽の光をたっぷりと浴びて、グーっとのびをする。


 窓の外に見えるのは隣の人の家……の窓だ、同じ高さ同じ場所に窓がある。

 引っ付き過ぎているわけではないので、日の光は入って来るのだが、少しばかり遮られているのは確かだ。


 まあ長い棒でも持ってくれば、窓を叩くことぐらいはできるだろう、それくらいの近さだ。

 俺が生まれてからしばらくは誰かが住んでいたそうだが、今は誰も住んでいない。

 もし誰かが引っ越してくるようなことがあれば、この日課も終わりかもしれない。


 窓を開けてだらしなく伸びているところを、たまたまカーテンを開けた隣人に目撃されるかもしれないからだ。


 日中カーテンを開けるのでさえ微妙だ、部屋の中が丸見えになる。

 いくら部屋を綺麗にしていたところで、視線が気になって仕方がない。



 そんなことを思いながら、身支度を終え朝食を食べていた。

 朝はトーストにバターを塗って食べる。

 朝起きてすぐ何かを食べるのは苦手だ、最低でも1時間は開けたいところである。


「わー見て見て夜彦さん、今日占い2位だよ」

 もそもそと朝食を食べていると母が飼っている猫に話しかけている。


「にゃ~」

「探し物が見つかりますだって」


「にゃ~」

 夜彦さんとはうちで飼っている黒猫。

 とても賢い猫だ、人の言うことをよく聞き、いたずらなど絶対にしない。


 そんな母と夜彦さんの姿をしばらく見ていた俺だったが、ふと重要なことに気が付いた。


「母さん今何てった?」

「探し物が見つかる?」

 母さんは突然俺に声をかけられ不思議そうに小首をかしげる。


 この人の顔を見ていると、本当に俺が母の子か疑問に思ってくる。

 いくつなんだ……俺のクラスにいても全く違和感がないんじゃないだろうか。


「違うその前!」

「ああ、占いだねってフーちゃん、占いがやってるってことは遅刻寸前じゃない?」

 そう、それだ、時計を見るまでもない。


 俺は慌ててトーストを牛乳で喉に流し込むと、カバンを引っ掴み家を飛び出る。

「行ってらっしゃーい」

「にゃ~」


 季節は夏、耳が麻痺しそうなくらいセミの鳴き声がそこらじゅうから聞こえる。  


 登校までの数分をゆっくり歩くだけでも汗だくになる暑さだ。

 それなのに俺は今全力疾走をしている、となるとこの後どうなるかは目に見えている。


 これなら傘をささずに雨の中を走った方がましだ。


 すぐに見えてきた学園、父も母も通っていたという日本中央魔術学園セントラル


 家から徒歩十分圏内という近さだ、しかし今は暑さのせいでとても遠く感じた――




「よう風雅遅かったな~」

 案の定汗でずぶ濡れになった俺に、話しかける奴が一人。


「ちょっと聞いてくれよ~」

 こいつはたに 鉄太てった、今は気持ち悪く鼻の下を伸しているがこれはよくあることだ。

 そういう点では今はじゃなく、今もと言うべきかもしれない。


「なんだよ」

 俺は暑さと全力疾走のせいでだるい身体を椅子にぐたっと預け、少しでも暑さを軽減しようと襟元をパタパタとしながら、テッタの話に耳を傾けた。

 どうせいつもの話だろう。


「2組の綾ちゃんて知ってるか?」

「知らないよ」

 俺は人の名前を覚えるのが苦手だ、それに女はあまり好きじゃない。


「ダメだな、お前は」

「で、その子がどうした?」

「めちゃくちゃ可愛いんだよ! 俺惚れちまった、これは永遠の愛だ!」

 やっぱりそんな話か。


「お前の永遠はいくつあるんだ? この前のなんとかちゃんはどうした?」

 そうなのだ、こいつはとても惚れやすく、しかもその度に永遠の愛などとほざく。


「あの子との永遠は終わったのさ」

 髪をかきあげながら、ふっとすかした笑顔を浮かべるテッタ。


「永遠の名が聞いて呆れるな……」

 俺は永遠の愛など信じない、終わってしまうくらいならいっそ初めから恋などに落なければいい、そう思う。

 それにもとより愛だの恋だのは好きじゃない、そんなことで心の中を掻き回されるのはごめんだ。


 そして女はみんな醜い生き物だ表に笑顔の仮面をかぶり、みな裏では何を思っているのか分かったもんじゃない。

 そんなことを考えているだけでも、胸に黒いものが渦巻いてくる。


 暑さと、汗とも相まってよけいイライラしてきた。

 ため息をつきながら、天井を見上げていると教室が何やら騒がしくなった。


「おいフーガ見てみろよ」

 うるさいセミが増えたなと思っていると、隣のテッタまでが俺の肩を叩き何か言っている。


「なんだよ、うるさいな」

「いいからあれ見てみろって」

 そう言われて視線をテッタの示す方向へ向ける。


「誰だ?」

 そこにいたのは、見たことのない女子生徒だ。

 さすがの俺でも、クラスにどんな奴がいたかくらいは、覚えている。

 だがこんなやつは見たことはない、周りの反応からしても、俺の記憶違いではなさそうだ。


「転校生か?」

 テッタは顎に手を当て値踏みをするように少女を見つめる。


「いやそれはないだろう」

 転校生なら、朝のホームルームでの紹介があるはず。

 まだ担任も来ていないのに転校生だけ来るものだろうか。


 しかしここの生徒であることは間違いないだろう。

 白いシャツに、薄いチェック柄のグリーンのスカート、それと同じ柄のリボン、この学園の制服をまとっている。


「フーガ!」

 テッタは急に俺の方を持って強引にい目を合わせた。


「なんだよ」

 テッタの目を見ると嫌な予感しかしない、予感というか経験則だろうか。

 テッタは大きく深呼吸したと思うと、真剣な顔をし俺にこう告げた。



「恋だ」

「ほざけ」

 俺はテッタの頭部に平手をくれてやった。


 やっぱりこうなったか、永遠がまた一つ終わた。

 終わらないから永遠ではないのか。


 確かにその少女は、客観的に見れば可愛いと言えるのだろう。

 身長は低い、母さんと同じくらいだろうか、150センチ前後。

 ブラウンの、腰まで伸ばした髪、それを三つ編みにしてカチューシャのようにしている。


 そして、小さな顔に付けられた目は、黒目が大きく、犬みたいでとても愛嬌がある。

 胸部には適度な膨らみがあり、身長が小さいながらもキレイと呼べる体型をしている。


 だが心の中では何を考えているかわからない。

 また俺の胸に嫌な気持ちが舞い込んできて、ため息をついた。


「おいフーガ知り合いか?」

 そう言われ再び謎の少女の方を見ると、クラス中の視線を浴びながら、俺の方にまっすぐ歩いてくる。


「いや、あんな奴知らない」

 知らないはずだ。

 そして俺の席の前まで来ると、空席になっていたその席にそっと腰を下ろした。


 よかった知り合いではなかったみたいだ。

 俺はずっとおかしいと思っていたのだ、新学期が始まった時から俺の前の席には誰もいなかった。


 席はあるのに生徒は来ない、俺に対する嫌がらせかと思ったくらいだ。

 しかし今、空席はとうとう埋まった、きっと何かの事情で登校できなかったのだろう。

 俺にはそんなことどうでもいいし、気にもならない。


 少女は椅子に固まっているとも取れるような、とてもいい姿勢で腰掛け、まっすぐ前を見つめている。


「は~いみんな座ってね~」

 少女に視線が集まる中、妙に間延びした声で担任の女教師が教室へ入ってくる。


 教室の中は謎の少女のせいで依然として騒がしかったが、ホームルームで何かしら説明があると踏んだ生徒たちはいつもより素早く席に着いた。

 いつもはうるさいテッタでさえ、目を血走らせながらだが、急いで席に着いた。


 しかしそんな生徒たちの期待を裏切るかのように、ホームルームは一瞬で終わってしまい、何も説明もないまま、担任は教室から出て行ってしまう。



 こうして謎の少女の謎は、謎のまま、俺を含める3年A組の一日がスタートした。


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